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事務所の中に入れられた柚乃は、古びたソファに座らされていた。そのまま待っていると、二階からさっきの男が若い男と水色髪の若い女を連れて降りて来た。
「悪い、待たせたな」
「こんにちは! どうしました~?」
厳つい顔の男と若い女が言うと、柚乃は俯いていた顔を跳ね上げてそちらに向けた。
「は、はい! こんにちは! 宇尾根 柚乃です!」
「瑞樹です! よろしくね~!」
「あー、黒崎です」
「御岳だ」
緊張した様子で挨拶を返した柚乃に瑞樹はにこにこと笑って答え、黒崎は視線を合わせずに答えた。
「それで、相談ってのは何だ?」
「あの、私……一番仲良い友達が居るんですけど」
話し始めた内容は、柚乃が元から用意していたものでは無かった。元々、柚乃は相談事務所の名前からもっと内面的な話を用意していたのだが、直前で予定を変えた。
「限定品の大事なバッジを落としちゃったみたいで……私と友達で一日中探して回ってもみつからなくて、最近はずっと凹んでるんです。良かったら、それを探して貰えたりしませんか?」
「探し物か。例え見つからなくてもある程度は報酬を貰うことになるが、構わないか?」
「はい、それで大丈夫です!」
快く返事を返しながら、柚乃は周囲をちらちらと見て、茜がどこに行ったのか探していた。確かに、この建物に茜は居た筈だが、どこかに出掛けてしまったのか、それとも……
「おい、お前……さっき、うちの前に居た奴だろ」
二階から階段で下りて来る途中で、茜は柚乃を睨み付けた。
「人を待ってるのかと思ったが、やけにうちの事務所の方を見てやがると思ったんだよ」
「い、いゃ、あの……」
柚乃は恐怖と同時に湧き上がる喜びに、顔が笑ってしまいそうになるのを堪えながら弁明の言葉を考えた。
「落ち着きなさいよ、茜。きっと、うちに入ろうかどうか凄く悩んでたんでしょ。うちの事務所って、見た目が薄汚れてるから入るのを躊躇する気持ちも分かるわ。特に、女子高生なら」
「……確かにな。見たところ、同業者には見えねぇ。ビビらせちまって悪かった」
「え、えへ、ごめんなさい……」
茜本人と話せて遂に笑みが表に出てしまった柚乃だが、不審がられることは無く茜は申し訳なさそうに謝った。
そこで、柚乃は茜の言葉の一部に疑問を浮かべた。
「そういえば、同業者ってなんですか?」
「あ? 気にしねぇで良いぞ」
「あー、アレよ。同業者が悪い噂を流したり弱点を探る為に偵察に来てたんじゃないかと疑ってただけ。前にもそういうことがあったから」
「なるほど、そういうことなんですねっ!」
瑞樹の説明に納得したように頷いた柚乃だったが、茜の態度と合わせてそれが単なる誤魔化しであることは察していた。但し、それ以上を踏み込む勇気は無かった。
「まぁ良い、取り敢えず話を進めるぞ。依頼は物探しで、報酬は学生料金がどうとか言ってたが……」
「は、はい! 二万円しか持ってないです!」
「……まぁ、十分だ。それで、場所はどこだ?」
仕事の話を進める御岳に、柚乃も茜から視線を外し、話に集中した。
♦……side:宇尾根 治
魔術、使いたーい! 魔術、魔術魔術魔術使いたーい!!!
「魔術、使いたいねぇ」
ベッドの上で、僕は呟いた。そう、魔術が使いたいのである。茜さんのことがあって、ちょっと魔術を使うのが怖くなっている僕だが、魔術使いたい欲が満ち満ちてしまっているのだ。ベッドの上で呟いてしまう程に。
魔術、使いたい。魔術、使いたいのである。
全知全能の力であれば、今度こそ絶対的に安全な場所を見つけることも出来るけど、前みたいに必死こいてチャリ漕いでいくのも面倒臭い。
それに何より、規模の大きい魔術なんて使えっこないのである。一応、全知全能パワーで外から見えなくしたり認識を歪めたりして使うことも出来はするけど、魔術の影響で何らかの被害が出てしまうのも忍びない。まぁ、それすらどうにでも出来てしまうのが僕なんだけどさ……不自然に世界を歪ませ過ぎてしまうことを僕は望んでない。なんていうか、風情が無いじゃん?
「うーん……」
とは言え、いい方法は思いつかない。何か無いものか。全知全能に頼る? いやぁ、ここで頼ったらちょっと自分が無いよね。
僕は何かしらのアイデアが落ちていないかとスマホを開いた。ネットニュースやらツイックスやらを眺めていくと、一つの広告が目に入った。
「異世界……」
いや、異世界なら魔術を撃ちまくっても良いって訳じゃない。でも、その広告は確かに僕に一つのアイデアを齎した。
異世界、行ったって良いし……好きな魔術を全部使う為には、寧ろ自分で世界を創るべきだ。
「……良し、やっちゃおう」
僕はベッドに座り込んだままゆったりと腕を伸ばし、目を細めて新たな世界を見た。