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ヒカリが距離を取るようになってから、店の空気が変わったわけではなかった。忙しさも、客層も、いつも通りだ。ただ、私の動きだけが少し遅れるようになった。
注文を取りながら、ふと視線を上げてしまう。 ヒカリは、遠くで他のバイト仲間と話していた。
それだけのことなのに、手が止まる。
ヒカリに話しかければ、返事は返ってくる。業務連絡も、必要最低限の雑談も、問題なく成立する。ただ、前みたいに笑わない。笑っても、短い。目も合わない。距離を測るみたいな間が、必ず挟まる。
その距離感は友達、とは言えなかった。
前よりも、線が引かれている。
私は、その理由を考えなかった。考えたところで、正解が出る気がしなかった。ただ、以前と同じ位置にヒカリがいないことだけが、やけに気になった。
休憩中、無意識にヒカリの名前を呼びかけそうになって、やめる。
帰り際、並ぶ流れが自然に消えていることに気づく。
――前は、こうじゃなかった。
それを「寂しい」と名付けるほど、私は自分の感情に正直じゃない。ただ、落ち着かない。居心地が悪い。戻せるなら、戻したい。それだけだった。
だから、その言葉は、衝動だった。
裏口で二人きりになったとき、私はつい言ってしまった。
「……付き合ってもいいけど?」
自分でも、何を差し出しているのか分からない言い方だった。条件でも、告白でもない。提案に近い。
ヒカリは一瞬、固まった。
「それ、どういう意味ですか」
責めるでも、期待するでもない声だった。私は少しだけ視線を逸らす。
「そのままの意味。別に……ヒカリのこと嫌ってわけじゃないし」
本当の理由は言わなかった。
言えなかった。
ヒカリは、少し考える間を置いてから、ゆっくり息を吸った。
「じゃあ、付き合います」
即答ではなかったことが、逆に重く感じた。
私は軽く頷いた。それ以上は、何も言わなかった。
その瞬間、何かが元に戻った気がした。