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「オーカルン!今から帰るとこ?一緒に帰ろ! 」
駄箱で靴を履き替えていたところ、いつものように綾瀬さんに声をかけられる。
「綾瀬さん…はい、帰りましょうか」
この前こんなことがあったとか、オカルトの話、他愛のない会話を交わしながら帰路につく。
この他愛のない会話が、この日常が、たまらなく幸せで心地よい。
自分にとって綾瀬さんと過ごす時間は何よりも大切で尊く感じる。
そして、最近はあることに気づき始めた。
『綾瀬さんのことが好きかもしれない』
けれど、この恋は実らないし、実ってはいけない恋なのだ。
綾瀬さんの朗らかで暖かい性格とは反対に、彼女の体はおどろくほど冷たい。
そう、綾瀬さんはアイスだ。
この世には男女とはまた別で「アイス」と「ジュース」の特殊体質をもつ人種がいる。
一般的な人よりも体温が低い特徴があり、ジュースと結ばれると溶けて水になってしまうアイス。
見た目は普通の人となんら変わらないが、アイスを溶かしてしまう力をもつジュース。
そしてさらに厄介なのが、アイスとジュースはお互いに惹かれてしまう、というところ。
けど自分は、綾瀬さんがアイスだからとかいう以前に、人として綾瀬さんのことが好きだ。
もちろんこの気持ちには蓋をしておくつもりだし、この気持ちを伝えるつもりも無い。
何より、自分の勝手で綾瀬さんを傷つけたくなかった。
願わくば、自分と、ジュース以外の人と結ばれて幸せになって欲しい。こんな自分より、それが綾瀬さんにはふさわしいだろう。
「ん?」
ふと、頬に冷たいものが触れた。
2人で顔を見あげると
「「雪だ…」」
はらはら、と小さく白雪が降っていた。初雪だ。
「おお、初雪じゃん。オカルンと見れて良かったわ-」
「そ、そうですか…」
不意につぶやかれた言葉に、ドキッと心臓が跳ねる。
またそんなこと言って、勢いで告白してしまっていたらどうするのだろうか。
「…寒いから、手繋いでも良い?」
「手、?あ、ああ…はい…」
含羞みながら手を差し出すと、綾瀬さんの冷たい手が重なる。
「う〜…オカルンあったかい…」
「…綾瀬さんは冷たいですね。自分の体温半分分けたいくらいです」
自分よりもひとまわり小さい手をぎゅっと、そっと包み込む。
心の奥からじーんと温まるような、そんな感覚に浸った。
数ヶ月後
未だに綾瀬さんとは友達のまま。また、綾瀬さんは誰かと結ばれて溶けることもなく、いつも通りに過ごせている。
「んー…あっつ…」
隣で綾瀬さんが胸元を仰ぎながら言った。
「そうですね…クーラーの温度下げますか?」
「んー…おねがい…」
今は夏の全盛期。さすがの綾瀬さんも、アイスとは言ってもやはり暑いようだ。
そして今日は星子さんが仕事でいないらしく、休日ということもあり綾瀬さんの家にお邪魔させてもらっている。
なのだが、さきほどから綾瀬さんの様子がおかしい。
なんというか、やけに口数が少ないというか暗いというか。ただ単に暑さにやられているということもあるかもしれないけど。
「…ねえ、オカルン」
綾瀬さんは机に伏せていた顔をあげ、まっすぐな目でこちらを見つめる。
「はい、どうしましたか?」
「ウチ、オカルンのことが好き」
シーンとした空気の中、沈黙が続く。
しばらくして、綾瀬さんは再び口を開いた。
「…ウチ、他のアイスと違ってかなり体温が低いらしくて。今年はやけに暑いじゃん、だから…」
『だから、今年の夏を越えられない』
おそらく、そういうことだろう。そう考えざるを得なかった。
「…どうせ死ぬなら好きな人に溶かして欲しい。ねえ、オカルン」
彼女の大きな双眼に、今にも零れ落ちそうな雫をためながら。
「オカルン、オカルンはウチのこと好き…?」
もちろん、好きだ。好きに決まっている。
けど、自分が答えを出してしまったら、彼女は…
「なんで…綾瀬さん…」
誰に対してかわからない怒りと悲しみが込み上げてきて、気づいたら綾瀬さんをぎゅっと抱きしめていた。このまま離したらどこかへ行ってしまいそうで、ぎゅっと、強く。
「綾瀬さんは、自分以外と結ばれて、幸せになって欲しいって…それが綾瀬にとって- 」
「何それ、意味わかんない…ウチの幸せを勝手に決めないでよ…」
「それでも、!」
「ウチにはオカルンしかいないの!」
きゅっ、と胸が締め付けられるような感覚がした。
大きく深呼吸をしてから、再び彼女を抱きしめ直す。
「…自分も、綾瀬さんが好きです」
その途端に、彼女から大きな涙がこぼれ落ちる。
「オカルン…嬉しい…ウチも、ウチも大好き」
「はい、綾瀬さん、大好きです、」
そして、冷たかった体は徐々に人並みの体温へと変わっていく。
「綾瀬さ…」
パシャリ
と水のはじける音がした。
ついさっきまで腕の中にいたはずの彼女はもういなくて。
彼女の匂いだけが、微かに部屋に残っていた。