コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第104話「無に沈む星 ―誘拐された命―」(完全修正版)
暗黒の裂け目が閉じると同時に、星《レファリエ》は再び静寂に包まれた。
だがその空間から、“彼女”の気配は完全に消えていた。
──セレナは、いなかった。
***
そこは、光も重力も時間さえも存在しない、虚無の空間。
《無の世界》。リンネが千年後に築いた、宇宙の果ての果て。
その中心に、セレナは静かに寝かされていた。
柔らかなベッド、外傷はない。だが、そこは“命の通わぬ空間”。
「…ここは…どこ…?」
意識が戻ったセレナは、自分の腹をそっと撫でながら、周囲を見渡した。
そして――彼は現れた。
漆黒のローブを纏った青年、リンネ。
瞳の奥に宿るのは、深い復讐と哀しみの影だった。
「目を覚ましたんだね。驚かせてしまって、ごめん」
セレナの目が細くなる。「あなたは…誰? なぜ私を…?」
リンネは静かに歩み寄りながら答える。
「君の中に“英雄の血”がある。それが今、僕に必要なんだ」
「なにを……したいの? 私に、そしてゲズに…!」
セレナの声が震える。腹部に宿る命を守ろうとする母の直感が、危機を訴えていた。
リンネは微笑んだ。だがその笑みには、酷く冷たい炎が宿っていた。
「僕は――復讐を遂げる」
「……!」
「“星の英雄”たち全員を、僕の手で倒す。そのために、まずはゲズを操る」
セレナは息を呑んだ。
「操る…?そんなこと……!」
「できるさ」リンネの声が低く響く。「ゲズの心の奥には、悔恨と怒りが眠っている。
それを引きずり出せば、彼は“英雄”ではなくなる。ただの――破壊者になる」
「あなたは……っ!」
「千年後の未来を知ってるかい? そこでは、“星の英雄”は人々の憎悪の象徴だった。
世界を滅ぼしたと語られ、祈りも希望も失われた時代。
…僕の村も、家族も…その英雄の手によって焼かれたんだ」
リンネの瞳は真っ黒に染まり、炎のような怒りが揺らめいていた。
「だから正す。君たちの築いた偽りの歴史を、英雄の名に隠された罪を、すべて“元に戻す”」
セレナは歯を食いしばりながら、涙をこらえた。
「ゲズはそんなこと…しない。あなたが見た未来は、何かがおかしいのよ!」
リンネの微笑は崩れなかった。だが、その目だけはどこか揺れていた。
「なら、証明してみせてよ。君たちの愛と理想が、僕の未来より“正しい”って」
そして、リンネは背を向けた。
「君にはしばらく、ここで眠ってもらう。ゲズを堕とすその時まで」
セレナが叫ぶ。
「ゲズは…あなたの思い通りにはならない! 絶対に!」
だがその声も、無の世界に吸い込まれていった。
***
同じ頃、宇宙航行中の艦内――
ゲズは拳を握り、震えていた。
「セレナの気配が…完全に、消えた……!」
リオンが計器を見ながら言う。
「この反応、時空が断絶された空間に引きずられた可能性がある。正確な位置特定は困難だ」
ウカビルが唸る。
「まさか…リンネは“空間跳躍”能力まで…?」
ゲズは言葉を絞り出す。
「それでも行く…!セレナが…俺の家族が、危険な場所にいるなら……!」
リオンがすぐに操縦を切り替える。
「まずはレファリエに戻るぞ。痕跡があるかもしれない。セレナがいた場所、何かが残ってるかもしれない!」
ウカビルも頷いた。
「何も諦めるな、ゲズ。奪われたものは、必ず取り戻す」
ゲズの瞳には、決意の光が宿っていた。
「待っててくれ…セレナ……絶対に、迎えに行く…!」
英雄たちは全速力で星《レファリエ》へと帰還する。
その想いは、まだ見ぬ“黄昏の真実”へと向かっていた――。