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海里が去った後の保健室は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
「あいつに……何がわかるっていうの」
愛梨は震える声で呟き、火照った頬を両手で押さえた。ただの生意気なガキだ。そう思おうとしても、彼が最後に残した「俺なら、追いかける」という言葉が、呪いのように耳にこびりついて離れない。
――ガタガタガタッ。
窓を叩く強い風の音に、愛梨はびくりと肩を揺らした。
落ち着こう。深呼吸をして、愛梨は机の上に置いたままの自分のカバンに手を伸ばした。中から取り出したスマートフォン。画面には、都会にいた頃の友人たちからの連絡は一通もない。みんな、あの騒動で愛梨から離れていった。
けれど、メッセージアプリの通知欄に、赤い数字の「1」が浮かんでいた。
嫌な予感がした。
指先を震わせながら、ロックを解除する。そこに表示された送り主の名前を見た瞬間、愛梨は息をすることさえ忘れた。
『佐藤 佑真』
心臓が、喉から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らされる。
震える指でメッセージをタップした。
『愛梨、新しい学校はどう? 田舎は不便だろ。やっぱり僕がいないとダメだよね。
勝手にいなくなったこと、怒ってないよ。いつでも迎えに行くから、謝って。そうすれば、また僕が守ってあげる』
守ってあげる。
その言葉が、凶器となって愛梨を刺した。自分をどん底に突き落とし、職を奪い、世間の笑いものにした男が、平然と「守る」などと言っている。
吐き気がした。佑真は、愛梨がどこに逃げたのか、もう突き止めている。海里が言った通り、ここは逃げ場なんかじゃなかった。
「……あ」
不意に、背後に人の気配を感じて振り返る。
そこには、忘れ物でもしたのか、戻ってきた海里がドアの淵に寄りかかって立っていた。彼は愛梨の青ざめた顔と、握りしめられたスマホを冷ややかな目で見つめている。
「……言ったでしょ。追いかけてくるって」
海里は一歩、また一歩と愛梨に近づき、彼女の手から震えるスマホをひょいと取り上げた。