テラーノベル
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ゆうき あきや
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第24話:自立記念配信〜1,500円の焼肉弁当と、伝説の夜〜
「……あー、テステス。聞こえてるか、お前ら」
午後九時。
市役所での膨大な手続き地獄と、正面広場での大号泣から数時間後。
すっかり日の落ちた四畳半のボロアパートで、俺はいつものようにポンコツPCの前に座り、配信の『LIVE』ボタンを押した。
画面の端に表示される同接(同時接続者数)は、開始一分で軽々と三万人を突破していた。
昼間にX(旧Twitter)で『完全にナマポを卒業した』とポストしたせいか、待機所の熱気は今までで一番凄まじいことになっていた。
『キターーーー!』
『納税おじさん、爆誕の夜!!』
『おめでとう! マジでおめでとう!』
『市役所前で男泣きしたってマジ?www』
滝のように流れるコメント欄を見つめながら、俺は安物のマイクに向かって、深く、長い息を吐いた。
「……おう。昼間のポストの通りだ。俺は今日、市役所で『生活保護辞退届』を出してきた」
俺はカメラの前に、市民税課で渡された分厚い『青色申告のしおり』と、新しく発行された国民健康保険証を突きつけた。
「今日から俺は、国に養われる『生活保護おじさん』じゃねえ。来年の税金と保険料に怯えながら、自分の稼ぎだけで食っていく『個人事業主おじさん』だ」
『うおおおおおおお!!!!』
『【祝】社会復帰!!』
『俺たちの魔王が、ついに人間界のシステム(税金)に組み込まれたぞ!!』
『よくやったおっさん!! 誇りに思え!!』
ボシュゥゥゥン!!!
チャリンッ! チャチャリンッ!!!
『スーパーチャット:50,000円(独立祝いだ! 税金に回せ!)』
『スーパーチャット:10,000円(初月の国保代!)』
『スーパーチャット:10,000円(開業おめでとう!!)』
宣言と同時に、画面が極彩色のスーパーチャットで完全に埋め尽くされた。
いつもなら「来年の税金が増えるからやめろォォォ!」と絶叫してのたうち回るところだ。
だが、今日の俺は、飛んでくる赤スパを見ても、不思議とパニックにはならなかった。
「……お前ら、本当にバカだな。そんなに金投げたら、また俺が確定申告で泣き叫ぶことになるって分かっててやってんだろ」
俺は優しく、呆れたように笑った。
「でも、今日はもう怒らねえよ。お前らが投げた金は、全部俺の『売上』だ。堂々と受け取って、堂々と税務署に申告してやる。……本当に、ありがとうな」
『おっさんが素直にお礼言ってる……』
『明日は雪か?』
『やばい、なんか泣きそう』
「でな。今日は俺の、四十歳にして初めての『自立記念日』だ。だから、帰りにスーパーに寄って、とびっきりのご馳走を買ってきた」
俺はちゃぶ台の下から、スーパーのレジ袋を取り出した。
中から出てきたのは、透明なフタ越しに茶色い肉が敷き詰められているのが見える、プラスチックの容器。
「……ジャーン。1,500円の、特上焼肉弁当だ」
『1,500円www』
『A5ランクの和牛(5,000円)からランクダウンしてて草』
『いや、でも普段の限界みそラーメン(百五十円)から考えたら超高級品だぞ!』
『半額シール貼ってないの偉い!』
「うるせえ。あの和牛はまぐれ当たりにビビってヤケクソで買っただけだ。これからは毎月の収支を自分で管理しなきゃなんねえんだから、1,500円の弁当でも、俺にとっては清水の舞台から飛び降りるレベルの贅沢なんだよ」
そう悪態をつきながら、俺は弁当のフタを開けた。
電子レンジで温めたわけでもないのに、甘辛いタレと炭火焼きの香ばしい匂いが、狭い四畳半の空気を一瞬で満たした。
割り箸を割り、肉でご飯を巻くようにして、大きく口に放り込む。
「…………っ」
噛み締めた瞬間。
タレの染み込んだご飯の甘みと、肉の旨味が口いっぱいに広がった。
昼間、市役所を駆け回って疲れ果てた体に、塩分と糖分が暴力的なまでに染み渡っていく。
「……うめぇ」
ボソッと、声が漏れた。
気がつけば、俺の視界は、またしてもぐにゃりと歪んでいた。
「うめぇ……。なんだこれ、めちゃくちゃ美味い……ッ」
『おっさん、泣いてる?』
『和牛の時と同じリアクションやんけ!』
「ちげえよ! 泣いてねえよ……ただ、タレが目に染みただけだ……っ」
強がってみたものの、一度決壊した涙腺は、そう簡単には元に戻ってくれなかった。
自分の足で立ち、自分の言葉で稼いだ金で、誰の目も気にせずに食べる1,500円の弁当。
それは、高級レストランのフルコースよりも、確実に俺の魂を満たしていた。
もう、スーパーで半額シールが貼られるのを、柱の陰で一時間も待たなくていいんだ。
「うぅ……っ、ズズッ……お前らぁ……っ」
俺は弁当の容器を握りしめ、嗚咽を漏らしながらマイクに向かって叫んだ。
「ありがとう……っ。俺を見つけてくれて、ありがとう……! 働きたくねえって喚いてるだけのクズに、こんな美味いメシ食わせてくれて、本当に……っ、ありがとう……!!」
もう、面白い返しも、気の利いたツッコミもできなかった。
ただ、泣きながら弁当を頬張り、子供のように「ありがとう」を繰り返すだけ。四十歳のおっさんの、世界で一番みっともなくて、世界で一番美しい食事風景だった。
『ダメだ、もらい泣きした』
『こちらこそ、俺たちの国になってくれてありがとうな』
『おっさんの配信見てると、明日も仕事頑張ろうって思えるんだよ』
『世界一美味そうに弁当食うおっさん』
『おめでとう。これからもよろしくな、魔王!』
同接は五万人を超えていた。
その夜、ただおっさんが泣きながら焼肉弁当を食って感謝を伝えるだけの配信は、VTuber界隈における『伝説の自立記念配信』として、数え切れないほどの切り抜き動画を生み出すことになる。
窓の外では、初夏の虫が鳴いていた。
こうして、俺の長く暗かった底辺生活は、タレの染みたご飯の味と、五万人の温かいコメントと共に、完全に終わりを告げたのだった。
コメント
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うわっ、もうダメだ……冒頭から泣かされたわ(涙)。1,500円の焼肉弁当でここまで感情揺さぶられるとは思わなかった。特に「タレが目に染みただけ」って強がるところ、おっさんらしくてグッと来た。半額シール待たなくていい生活、本当によかったな……。視聴者5万人のコメントも温かくて、こっちまで「頑張ろう」って思えたよ。おめでとう、おっさん!人生の節目をこんなに素敵に描いてくれてありがとう🔥