テラーノベル
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春の夕方の千原城市の河川敷。広い公園の一角にステージが組んである。
屋台も出ていて小規模なお祭りのような雰囲気。
思い思いに歩く人だかりの中に、玲奈と瑠美。反対側から子供を連れた智花が歩いて来る。
玲奈「あ、智花さん。あら、息子さんですか?」
智花「玲奈さんと瑠美さんも来てたのね。ほら、拓ちゃん、おねえさんたちにご挨拶しなさい」
拓「こ、こんにちわ」
拓はそのまま智花の後ろに隠れる。
玲奈はかがんで拓に微笑みかける。
玲奈「こんばんは、だね、もう。この時間だと。うふふ、拓君はいくつ?」
拓は黙って右手の指5本を前に出す。
智花「こらこら、ちゃんと答えなさい。ごめんね、この子人見知りで」
玲奈「いいえ。5歳かあ、一番かわいい頃ですね」
瑠美「ところで、あのステージ、何やんだ?」
智花「地元のサークルの発表会みたいなものだそうよ。そろそろ、高校生のバンドの演奏やるみたい」
ステージの上にはドラムセット、アンプ、マイクなどが並べられている。
玲奈「へえ。春の憩いの会も規模大きくなったんですね」
玲奈が勢いよく立ち上がる。スマホの画面を見ながら小走りにやって来た若い男の子二人連れ、そのうちの一人が玲奈の背中にぶつかって転ぶ。
とっさに手を地面についた転んだ男の子の指が「グキッ」と音を立てる。
玲奈「きゃっ! ごめんなさい!」
男子高校生A「こちらこそすいません。あ、イタタ、指が……」
男子高校生B「おい! 指どうかしたのか?」
高校生A「突き指だと思うけど……中指が痛くて動かせない」
高校生B「ええ! あと十分で演奏開始だぞ。中止するか?」
智花「あなたたち、ひょっとしてこれからあそこのステージに出る人たち?」
高校生A「はい、そうなんです。俺ギター担当なのに、指やっちゃったみたいで」
智花「まあ、それは大変。代わりやってくれる人はいないの?」
高校生二人、首を横に振る。
玲奈「そうだ! 瑠美さんって元ギタリストですよね! 代役お願いできませんか?」
瑠美「はあ? やだよ! あたしは演奏はやめたんだ」
玲奈「そこを何とか!」
瑠美「ならねえよ!」
玲奈が地面に土下座して瑠美に頭を下げる。
玲奈「お願いします! あたしがこの子にケガさせちゃったんですから」
高校生A「いや、おねえさんのせいじゃないですよ。歩きスマホしてた俺が不注意だったんだし」
玲奈「この子たちにとっては、貴重な機会だと思うんです。お願いします、瑠美さん!」
周りの通行人がその様子を見て足を止める。
通行人A「なんだ? カツアゲか?」
通行人B「警察呼んだ方がいいかな?」
瑠美は周りの様子に気づいて焦り、玲奈の二の腕をつかんで持ち上げる。
瑠美「分かったよ! 分かったから土下座はやめろ。あたしがワルみたいじゃねえか」
玲奈を立たせたて、瑠美が高校生たちに訊く。
瑠美「で、どんな曲やるんだ? 楽譜はねえのか?」
高校生B「あ、はい、これです」
瑠美は楽譜を受け取り、さっと目を通す。
瑠美「ロックのインストルメンタルか。ボーカルは入らないんだな?」
高校生A「はい、楽器の演奏だけです。俺がリードギターなんです」
瑠美「ふうん。ま、アドリブでよけりゃ何とかなる」
高校生B「本当ですか? でしたらお願いします。仲間と何か月も練習してきたんです、今日のステージのために」
高校生A「お願いします! 俺のドジで中止になったら、仲間に合わす顔がないんです」
瑠美「とにかくステージに連れてけ。細かい指示はそこで出す」
瑠美は高校生二人とともにステージの方へ去って行く。
玲奈「よかったあ! 瑠美さん、引き受けてくれて」
智花「そういえば瑠美さんて、ついこの前まで東京でフリーランスのミュージシャンだったのよね」
ステージがライトで照らされ、高校生Bと他3人がバンドの位置につく。高校生Bがリズムギター、他にベース、ドラムス、キーボードの担当。
最後にステージの真ん中にエレキギターを抱えた瑠美が出て来る。ステージ下で不安そうに見守る高校生A。
ステージの近くでは玲奈と智花も不安そうに、他の観客に混じって見つめている。
瑠美が最初にジャーンとギターの弦を上から下へかき鳴らし、目にも止まらぬ速さで高音のソロを弾く。
玲奈と智花は口をポカンと開けたまま、驚愕している。
瑠美のバックの高校生たちも、あっけにとられて固まっている。瑠美が振り返って他のバンドメンバーに小声で言う。
瑠美「馬鹿野郎、何ボケッとしてる?」
ドラムス「あ!」
ドラムス担当があわててリズムを叩き始める。他のメンバーも自分の楽器を演奏し始める。
瑠美の左手の指がネックの弦の上を縦横無尽に動き回り、複雑なメロディーを次々と繰り出す。
やがて演奏が終わり、観客は度肝を抜かれたという様子でしばらく静まり返っている。瑠美がステージから降りて姿が見えなくなった時点でハッと皆我に返り、拍手が鳴り響く。
玲奈「す、すごい! 瑠美さん、神レベル」
智花「さすがプロだわ。拓君どうだった?」
拓「ちゅごい! ちゅごい!」
人目を避けるようにステージから公園の隅っこを通って去ろうとする瑠美。
玲奈と、拓を抱いた智花が駆け寄る。
玲奈「瑠美さん! ありがとうございました」
智花「すごい演奏だったわ、感激」
瑠美「今回だけだかんな。あたしはもうミュージシャンやめたんだ!」
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