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「何か騒がしいわね。何を騒いでいるのかしら? 」
VIPルームの中に居ても、大きな怒涛が聞こえて来る。腰巾着のヘルプの『まどか』が顔色を変えて飛び込んで来た……
「京華《きょうか》さん――― たいへ…… 」
その品の無い狼狽《ろうばい》っぷりに、お客様の御前であると叱責を促す―――
「ちょっと落ち着きなさい。まどかさん…… お行儀悪くてよ 」
「あっ、ハイ御免なさい。失礼致しました」
「何が起こって居るのかね? 随分と楽しそうな声色が響いて居た様だが」
年配の紳士が背凭《せもた》れから上体を起こすと、興味あり気に膝に手を立てた。惹きこまれる上質美の微光《びこう》の上薬をかけた白磁《はくじ》のような生地を、洗練された縫製技術により完璧に仕立て上げられたスーツに身を包み、そのフラワーホールには馬を形《かたど》ったバッヂが光る。
重厚な鼈甲《べっこう》の眼鏡のレンズは、淡く息吹《いぶ》き返す葉巻の火種を鈍く映し、時を刻むように香ばしい煙が天井へとまるで狼煙《のろし》のように伸びていた。
「黒川さん、いつもすみません。全く品が無い店で、お恥ずかしい限りです」
この年配の紳士、黒川は、名店《ダンジョン》犇《ひし》めく六本木《魔窟》に鎮座する【Club クロノス東京】のNo,1『芹沢 京華』の太客《神様》である。
「ははは、いやいや嫌いじゃないよ京華君。VIP《セーブポイント》は少し静か過ぎる。男女の戦いが見れないから少し寂しいね」
「また、そんな事をおっしゃって黒川さんたら」
「ははは、いやいや、すまんすまん最近刺激に飢えているのかな」
「もう…… からかうのはお止めください。それで? まどかさん、外では何が有ったのですか? 」
「ええ、若手人気俳優の氏家直樹《うじいえなおき》が来店した事で大騒ぎになってまして…… 」
「あら、そんな事で? 可笑しいわね、芸能人の方なら日頃から沢山いらして頂いて居るじゃない? 何を今更騒ぐ必要があるのかしら」
「それが初回本指名《先頭打者ホームラン》で、あの、例の『愛咲《あいさき》 いちか』をいきなりご指名らしく…… 」
「愛咲 いちか? どなたですか? 」
「あの、京華さんが以前、更衣室で揉めた娘です。覚えていらっしゃらないですか? 」
「はい⁉ あぁ…… あの自分の身分も辨《わきま》えられない娘ですか、思い出しました。まだ性懲りもなくうちのお店に居たのですね」
すると店内にアナウンスが広がる……
―――業務連絡失礼致します。7番テーブル、タワーオーダー入ります。
「はい⁉ タワーオーダーですって⁉ これから? 」
余りにも非常識のオーダーに京華は驚きを隠せず、また黒川はニヤリと楽しそうな笑みを浮かべた。
「まどかさん! その娘のテーブルってまさか…… 」
まどかは残念そうに口を開くと、7と云う数字を告げていた。
タワーオーダーとは、まさしく……
シャンパンタワーの事である。