すると青蓮寺さんは目を細め。
じゃあ端的に言うでと、前置きしてから。
「犬を飢餓状態にして体を埋めて、頭だけ出す。その目の前に食べ物を見せる。怨念を募らせ。そして餓死寸前に首を刎ねる。そうやって狗神を作る」
『なんて酷いことを!』
瞬時に口を開けたが、次の瞬間には黒助のこと想像をしてしまい。
声が出せなかった。
さっき見た夢は首のない犬達の夢。あれは何か予知夢を見てしまったと言うのか。
考えれば考えるほど、残酷過ぎて目の前が真っ暗になる思いだった。
あの沢山の犬達が|犠牲《贄》になったと思うと、やり切れない。そこまでして掴む幸運なんか、クソ喰らえだと思った。
「報告に上がってる犬の購入、譲渡。その頭数だけ狗神を作るとは思えん。祀る狗神を増やすより、狗神を強化する素材としていたと見る方がええやろな。単純に狗神の『贄』には酒や米でもええのになぁ。ホンマ、タチが悪い。だから、調査人もこれ以上手を出すのはイヤって、なったんやろうな」
確かに。わざわざ呪いの現場などを見たくないだろう。調査人が身を引いた気持ちがよくわかる。
しかし、今ははうまく言葉に出来なくて固まってしまった。
すると青蓮寺さんが、この空気感を変えるように。違う話題を振ってきた。
「それと、ららちゃんが見た夢。何か縁がありそうやしな」
「……私が見たあの夢は正夢とか、なんでしょうか」
黙っていても仕方ないと思い、お腹に力を入れて。小さくなんとか反応をする。
私には霊能力とか、そう言ったものは一切ない。だから、夢のことを言われて気になってしまった。
「さぁ。分からん。だから──確かめに行ったらええやん」
「え」
「言ったやろ。狗神の呪いを断ち切るには、大元をぶっ壊すのが一番。狗神なら最適解や。リングの貞子だって、井戸を突き止めに行ったやろ?」
「そうですけど」
「あ、僕も行くから。まぁ、犬養夫婦をやっつける為にちょっも手を貸してくれってこと。犬養夫妻の居場所を探るのに、僕に考えがある」
ふふっと笑う様子に、私はまだ全貌がわからなくて訝しむ。
「大丈夫。黒助の仇はちゃんとそれで取れる。で、エグいぐらいに呪いも大判振る舞いに掛けまくるから。今までのツケは犬養夫妻本人達に払って貰う方が、後腐れないやろ。因果応報ってな。だからその準備をする。また少し時間が欲しい。で、用意が整ったら手を貸してくれ」
最後に青い髪をかき上げて、話はこれで終わりと言わんばかりに背伸びをする青蓮寺さん。
もちろん手を貸すのは問題ないので「はい」と、小さく呟いた。
その手を貸す内容については気になるところだが、黒助のことや犬達のことで胸が詰まってしまい。このまま話す気力はなく。
今日はひとまずこれで、解散となったのだった。
その日の夜。
やっぱり夜ご飯を食べる気にならず。
お風呂にも入るのも億劫で、ぼんやりと自室のベッドの上で寝頃がっていた。
「犬養夫妻が狗神使いで、私はそれに巻き込まれて、黒助が贄にされて死んでしまっていた……」
青蓮寺さんと話した内容を何度も頭の中で、思い返していた。
「私が良いなって思った気持ちすらも、犬養国司が望んだように。私の好意すらアイツの都合良く働いていたと言うこと?」
そんなことを聞いても、部屋に返事をする人間は居ない。言葉は静かな空間に吸収されるだけ。
私が落ち込んでいると、手をペロペロと舐めて励ましてくれた黒助も居ない。
「あ……また」
気持ちが沈み込み。ダメだと思い枕に顔を埋める。
しかし、私も黒助も犬養夫妻の二人に良いように食い物にされた現実が重かった。
しかも黒助はとても残酷な方法で命を落とした可能性が高くて、胸が張り裂けそうだった。
心の奥にどす黒い、負の感情がジワリと湧く。
また、あの嫌な気持ちに囚われてしまう。
罵ってやりたい、黒助を返せ、謝れ、土下座しろ、お金を返せ──死んでしまえ。
そんな黒い感情を持つ私自身が恐いと、ふいに思ってしまった。
普通に生きてきたのに。私が何か悪い事をしたのだろうか。
「私がアイツなんか好きになってしまったから。ううん。私があんな場所で働いてしまったから……」
自分の運の悪さを嘆いてしまう。
私はどうしたら良かったんだろうと。また暗い、深みにハマってしまいそうになったとき──。
耳元で『ワンッ』と黒助の声が聞こえた気がした。
「えっ。今のは……」
ハッと、部屋を見るけど。
もちろん犬なんかいない。
私の幻聴にしか過ぎないとわかっているけど、ぐっと拳を強く握れた。
「ダメ。違う、そうじゃ無い。こんな風に落ち込むのは──それこそ。あの、バカ夫婦の呪いだ」
ふざけるな。もう私は充分苦しい思いをした。もうこんな思いはごめんだ。
バカ夫婦の呪いなんか跳ね返してやる! もう落ち込んでたまるかっ。黒助はもちろん、あの夢に見た犬達も私が仇を取ってやるっ。
と思ったとき。
コンコンと部屋の扉を叩く音がして、ビックリした。部屋の時計を見ると二十四時前。
食事もお風呂もまだだったから。青蓮寺さんに何か言われるか。もしくは『早く寝ろ』と言われるかもと思い。
慌てて涙が滲んだ瞳を擦って「今から寝ようと思ってました」と、言おうと思い。慌てて扉を開けると。
「メシ、食いに行こう」
と、間髪入れず青蓮寺さんに声をかけられ。
以外な提案でびっくりしてしまった。
「……え。もう二十四時ですけど」
「たまにはええやろ。その代わり明日の朝ご飯いらんから。昼だけでええ」
「は、はぁ」
「言うたやろ。迷うなって。人を呪うって言うのは、力がいるねん。己の中に芯がないと自分の思いに食われるで……って。うん?」
どうやら、私の落ち込み具合は筒抜けだったようだ。しかし、言葉の終わりに。
ずいっと、一歩こちらに近寄って来て顔をじっと見つめられてしまった。
「わっ」
思わず身構える。
青蓮寺さんの迷いがない視線は、心まで見透かされてしまいそうで……いや、正直に言うと。
あまりイケメンを見慣れていないので、こうしてじっと見つめられると、恥ずかしいのだ。
「あの、ど、どうかしましたか?」
なので、ちょっとドギマギしながら答えると。青蓮寺さんはふーんと、頷き。
そのまま、扉の入り口に長身の身体を預けて、ふっと笑った。
「なんや。憑き物は自分で落としたみたいやな。
ま、こー言う時は良いから食え。食べるのは生きることやからな。僕らは他の命を食らって、生きている。だからガツガツ食べたらいい。メソメソ泣くよりよっぽどええ」
なんとなく。励ましてくれているのかと思ったので、はいと頷く。
「じゃ、メシ行こか。これは別に励ましているとかじゃなくて。魂を言うこと聞かせる為には、優しくしとくのも効果的って言う、一環やから。あと、下心は全くない。口説いている訳じゃ無い。ららちゃんに欲情するとか、ホント無いから安心して欲しい」
あまりにもキッパリと言うから、苦笑してしまった。
「どこが優しいんですか。スパルタじゃないですか」
「僕に優しくされたいんか?」
「なんか呪われそうなんで、いいです」
「流石に呪ったりせぇへん。そうそう、笑いたければ、落語がおすすめやで」
その一言で、また苦笑してしまった。
「それと、犬の夢。僕はソッチ系のことは専門外やけども。希望的なことを言うと。元より死んでもららちゃんに、えらい懐いていたようやから。弔って欲しいと言いに来たかも知れんし。注意を促しに来たかもしれんな」
「黒助が……」
そうだと良いと思った。さっきの犬の鳴き声も黒助であって欲しいと、拳を強く握る。
「もしくは、逆にららちゃんに|癒し《ヒーラー》の力があるかも──って。それは考え過ぎか」
と言ってから。
珍しく青蓮寺さんは柔らかく微笑しながら「出来た犬やな。まさに忠犬やな」と言ってくれた。
その言葉にや胸が温かくなって笑えた。やっと、温かな涙が出そうになったけど、涙の代わりに言葉で表した。
「はい。黒助はとても良い子でした」
その言葉に青蓮寺さんはゆっくりと頷き。
「じゃ、景気付けに肉でも食にいこか。奢るわ」と言ったのだった。
打倒バカ犬養夫妻を心に掲げた日からまた、二週間ほど時間が経った。
青蓮寺さんから用意とやらが整うまで、私はこれまでと変わらずに朝と昼の食事作り。お掃除に呪術師のアルバイトに黙々と励んだ。
いや、変化はあった。
空いた時間にはゆっくりと本を読むようになっていた。本はアニマルセラピーだったり、動物の図鑑。
それらを読んでリラックスすることを心掛けたり。黒助と一緒に居た時間は短かったけど、楽しい時間もちゃんとあったと、過去を見つめれる気持ちになっていた。
休みの日には、お寺や神社に行ってお参りをしていた。
青蓮寺さん曰く『ショウガンジ』と言うお寺が、個人的には一番だと言っていたが、ここからは遠いらしく。
青蓮寺さんにそのお寺のご本尊と同じ|阿弥陀如来《あみだにょらい》像を祀っているところを、幾つかお教えて貰っていたのだった。
それは呪い参りではなく、黒助や夢で見た犬達の供養の為だった。
呪いの力を頼りにしている私が、神様に手を合わすなんて愚かしいかもしれない。
それでもなんの罪もない、犬達の魂の慰めになったらいいと思っていた。
そうやってお参りをしたあと、私はバカ犬養夫妻を倒したその後のことを、何となく考えるようになっていた。
それは今更、青蓮寺さんに魂を渡したくない。もっと、ちゃんと生活の基盤を整えたいとかではなく。
単純に、どうしたらいいんだろうと思ったのだ。
このまま青蓮寺さんのお世話になっていいのかわもわからない。
青蓮寺さんだって、ずっとこのままじゃなくて、ライフワークやプライベートに変化が起こり。ひょっとして、あっと言う間に誰かと結婚をするかもしれない。
だったら、どう考えても自宅に住み着いている私は邪魔なはず。
何かしら、いつかはこの生活のピリオドが来る。
その時にせめて、しっかりと自分の意思で『こうしたい』と言える強さを持っていたいなと、思うようになっていた。
その日の夜。二十三時ごろ。
私はお風呂も入って、明日の朝ごはんの食事の準備もして。
部屋でベッドの上でパッド片手に明日の買い出しチェックリストを確認していたら、部屋の扉をノックする音がした。
起き上がり、扉を開けるとそこに青蓮寺さんが居た。
しかし。スーツ姿をしていた。
やけに光沢のあるブラックのスリーピースのスーツ姿。ボルドーのネクタイに付いている、シルバーのネクタイピンが。チャラいのとオシャレの合間にいる感じ。
青い髪はオールバックスタイルにハーフアップ。いつものピアス達はそのまま。総じてホストと言う姿がぴったりだった。
二秒ほど、扉の前で見つめあって。
先に口を開いたのは私だった。
「最近は夜になるとスーツ姿で出掛けて。朝方に帰ってきて、香水とお酒の匂いを纏わせているから。本当にホストかなって。でもカノジョの場合もあるから、そっとしていましたけど。いきなり何ですか。ひょっとして呪術師とホストを兼業していたとか、そんなオチですか。別に私はそれで構いませんが。バカ犬養夫妻をギッタンバッタンに倒してくれたら、ホスト呪術師でもなんでもいいんですけど。何かご用ですか?」
一気に素直に言葉に出してみると、案外スッキリした。
すると青蓮寺さんは苦笑した。
「随分ハッキリ言うやん。元気になった証拠かな。で、ホスト呪術師って言う新ジャンルの開業のお知らせとかじゃなくて。もちろんカノジョが出来た訳でもなく。このホストスーツの理由はまたちゃんと説明する。ってか、空気を読んでくれてここ最近、朝のシジミのお味噌汁ほんと助かる。ありがとうと、言ってから。実はららちゃんにお願いをしに来た」
ホストスーツの理由を聞いたところで、私や呪いに関係あるのかなぁと思いつつ。説明してくれるだけいいのかなと思って。ひとまず、はぁとだけ言うと。
「明後日、犬養国司にカチコミして来て」
と。余計訳のわからないことを言って来たのだった。
次は三秒ほど、青蓮寺さんの端正な顔を見つめたあと。
「え、えっと。カチコミって。えっーと、殴り込みをするって言う意味ですよね? 私、殴り込みに行けば良いってこと、なんですか?」
「まぁ。本当に殴って来い、じゃないけどな」
どう言うことなんだと、さらに四秒見つめたあと。
「……だったら。警察に捕まるようなことが無ければ、喜んでやりますが……捕まるなら、ちょっと無理ですね」
「ららちゃんが前向きに検討してくれて、ちょっと面白い。じゃなくて。僕から言っておいてアレやけども。何故、カチコミに行くのかと言う、疑問を寄越さず、結果を言うところが好感度高いな」
「ありがとうございます。色々とふっきれて、ウジウジ悩むのはもうやめたんです。素直に私はあのバカ夫婦の二人がめちゃくちゃに大っ嫌いです。殴ってやりたいし、皆に二人の悪事を暴露してやりたい。そう言った──負の感情をちゃんと受け入れたんです」
「だから、カチコミオッケーって訳か」
悪戯ぽっく笑う青蓮寺さんを見ながら、頷いた。
私が口に出した言葉は、さらっとしていたかもしれないが。負の感情をなんのおくびもなく。当たり前のように人前に出すのは勇気がいった。
嫌なことなんて、さっと忘れた方が良いに決まっている。けれど私は忘れない。
あの二人を|厭《いと》い。呪い続ける選択を選んだ。だから私はあのバカ夫婦に対しては出来ることは、何でもやってやろうと決めていた。
「そうか。その調子やったら、飛び降り自殺はもうすることは無さそうやな」
にっこりと笑われる。
なんだか黒歴史の暴露をされたみたいで、そわっとしてしまった。
「っ。そ、それはもう忘れてください」
「その元自殺志願者と一緒に住んでいるから、忘れるのは無理やな。いや実はな。前に話したやろ? 犬養夫婦を倒すってやつ。その用意が整って来た」
「!」
青蓮寺さんは時折りこの家で、事務処理などはするが、呪いを掛けるような呪術師めいた行動は一切しない。仕事の電話なども自室で応答するなど、私にいっさい手のうちを見せることはなかった。
だから、どこまで何が用意が整って来たのかは私には分からないが、疑っても仕方ない。
疑うなら、初めから私は青蓮寺さんに着いて行ってない。
私は言われたことをやるだけだ。
全部黒助のため。
そして──私のためでもある。
「分かりました。私に出来るカチコミとやらがあるなら、やります。頑張ります」
そう言うと。青蓮寺さんはチラッと手首に付けた、シャンパンゴールドカラーのどう見ても、高級時計を見てから頷いた。
「ん。やっぱりららちゃんは素直でええな。そろそろ出掛ける時間やから、さっと説明すると。犬養夫妻の居住の割り出しに少し手間取っていた。ダミーの住所が多くてな。その居場所問題はあら方片付いた。そして同時進行で呪いを増幅させる札を作っていた。それを犬養夫婦の狗神を祀っている、軒下の壺か箪笥に貼って壊す」
どうやって呪うかと思っていたけれど、呪いの札であのバカ夫婦をやっつけるのだと思った。
ぐっと拳を握る。
「私が直接、家に行ってお札を張りに行くと言うことですね。分かりましたっ」
「ちゃう。待って。拳を握るのはまだ早い。流石に直接は僕が行く。やって欲しいのは家に行く前に、犬養国司に会いに行って。ららちゃんが嘘でもいいから『お前を訴える』とか、言って欲しいってこと」
「私があの人に会う? それがカチコミですか?」
嘘でも良いから訴えるって、どう言うことだろうと考えると。ぎゅっと握った拳は自然に解れていった。
「そう。お札を貼る前に、一発ららちゃんがカマしてきて」
ニッコリとまた青蓮寺さんは笑ったあと「あ、もう行く時間や。じゃ、詳細はまたあとで」と、手を振ると爽やかな香水の香りを漂わせ。
「おやすみ」と、私の疑問を残したまま会話を切り上げたのだった。
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