テラーノベル
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「ただいま、美咲。夕飯は、何かな?」
「煮込みハンバーグにしてみたの。あとは、マッシュポテトとイタリアンサラダだよ」
キッチンに立ち、夕飯の準備をしていた美咲に、帰宅した廉が近づき、手元をのぞく。
「うまそうだな」
「もうすぐ出来るから、リビングで待っててよ。先に、お風呂入っちゃってもいいよ」
「食事もいいけど、俺は先に美咲を食べたい」
背後から手元をのぞいていた廉に、美咲は腰を抱き寄せられ、耳元でささやかれた低音ボイスに力が抜けそうになった。
「……ダメ、ご飯だってば」
「色っぽい頸を見せて、誘った美咲が悪い」
顔を寄せた廉に、首をチュッと吸われる。
「ほらっ、誘っている。耳も首も赤くなって、本当可愛い」
「ば、ばか……、さ、誘ってなんて、いないってば」
心が通じ合った夜以来、毎日のように重い愛を与えられている美咲の身体は、わずかな愛撫にも反応するようにつくりかえられてしまった。
(今夜こそ、流されるわけにはいかないんだから)
美咲は、陥落しそうになる身体を叱咤し、シンクの縁に手をつく耐える。
廉との新たな生活での決まり事。朝食は廉の担当、夕飯は美咲の担当である。しかし、毎日の悪戯で、二人で出来立てのご飯を食べられたためしがない。
(廉の悪戯を見越して、温め直せる料理をチョイスしている私もどうかと思うけど)
腰へと回された腕をはがそうと抵抗を試みるが、そんな可愛い反応など廉には効かず、反対に伸ばした手を捕まえられてしまうだけだった。
「廉、本当にダメだから。今日こそ、出来立てのご飯を一緒に食べたいの。お願いだから」
美咲の必死の抵抗は、耳元でささやかれた恥ずかしいお願いに一蹴されてしまう。
「じゃあ、美咲からキスしてくれたら我慢する」
キュッとつかまれた手を引かれ身体を反転させられた美咲の視線と廉の視線が絡みあう。
シンクに両手をつき美咲が逃げられないように囲い込んだ廉の綺麗な笑顔が迫り、唇に触れる寸前、目をつぶった廉にささやかれた。
「ほらっ、キスして……」
もう、恥ずかし過ぎる。
ぶつかるように唇を重ねた美咲は、すぐ離れようとしたが、それは叶わなかった。廉の胸を押し戻すため置いた手は役目を果たさず、逆に頭を抱えられた美咲は、濃厚なキスを仕掛けられていた。
わずかばかりの抵抗を示し閉ざした唇を割られ、廉の舌の侵入を許せば、あとは彼の愛撫に翻弄されるだけ。抵抗虚しく、廉が満足するまで唇を貪られ、足に力が入らなくなった頃、ようやく美咲は解放されたのだった。
キッチンの床にへたり込んだ美咲を廉が軽々抱き上げ、リビングのソファへと下ろす。
「あとは俺がやっておくから、美咲は待ってて。力抜けちゃって、立てないみたいだから」
「誰のせいだと思ってるのよ!!」
勝手なことを言う廉を睨むが、悪戯な笑みを浮かべ、悪びれた様子もなく上機嫌だ。
「まぁ~、感じやすい美咲のせいだよな」
「えっ!? なによ、それ!! 廉のバカァァァァ」
美咲は手近にあったクッションをつかみ投げつけるが、上機嫌で笑いながらキッチンへと消えて行く廉には届かなかった。
「本当、意地悪なんだから……」
なんだかんだ言いながらも、想いを通じ合わせてからの生活は幸せに満ち足りたものだ。
忙しい廉とは、すれ違い会えない日もあるが、わずかな時間でも必ず電話をくれる。そして、廉の寝室で一緒に寝ると決めてからは、会えなくとも抱きしめて寝てくれているとわかる。
大切に、大切に、してくれている。
だからこそ、怖い。
いつかこの幸せが、消えてなくなってしまいそうで。
あの日から、静香の存在が美咲を苦しめる。
なぜ、静香は廉と同じ香水を使っていたのか?
あの当時、静香は廉の恋人だったのではないか?
廉と別れるに至った静香とのやり取りの真相を聞いていれば、こんなに苦しまなかった。
廉を信じていないのではない。
ただ、あまりにも幸せだから怖いのだ。
静香との関係を問いただせば、廉との幸せな日々は終わりを告げる。そんな妄想に取り憑かれ、前に進めない。
(あの夜、静香さんとの関係を聞いていれば、不安になることもなかったのかな。今さら後悔しても遅いけど……)
「美咲、ご飯出来たよ。あれ? なんか、落ち込んでる。何かあったのか?」
些細な私の変化にも気付いてくれる廉を疑うなんてバカよね。きっと、大丈夫。
美咲は無理やり笑みを浮かべ、廉に向きなおる。
「なんでもないよ。大丈夫だから! お腹空いたぁ~、廉ご飯食べよ」
美咲はあえて明るい声を出すと、心配そうに顔をぞき込む廉の手をとり、ダイニングテーブルへと向かった。
「廉も食べよ! 早く早く」
怪訝な顔をして椅子に座る廉に気づかない振りをして、反対側の席に座った美咲は、手を合わせ出来たての夕食を食べ始めた。
♢
「美味しかった。やっぱり出来立てのご飯は違うね。自分で言うのもなんだけど、いつもより美味しかった」
「ご馳走さま。美味しかったよ。まぁ、美咲の手料理ってだけで、なんでも美味しく感じちゃうんだけどね。まぁ、お世辞抜きで旨かったよ。やっぱり家庭料理が一番だな」
サラッと言われた褒め言葉に、慣れない美咲は赤面する。
(恋人の喜ぶことをサラッと言えちゃうところが、大人なんだろうなぁ~)
気恥ずかしさを隠すように、美咲はうつむき小さな声でお礼を言う。
「……ありがとう」
気の利いた返しなんて思いつかない美咲は、廉からしたら、まだまだ子供なのだろう。それでも廉が嬉しそうに笑ってくれるだけで、心が満たされていく。
廉とのたわいない日常が、本当に幸せで幸せで、だからこそ失うのが怖いのだ。
「美咲、もうすぐ最終面接だったよね」
「うん、今月末だよ」
はっきり言って全く自信がない。美咲は、曖昧な笑みを浮かべ誤魔化そうとした。
日に日に膨れあがる、弱い自分。このまま、廉の側にいて養ってもらう人生の方が幸せなのではないかと頭の中の悪魔がささやく。
こんな自分では、いつか愛想をつかされる。だからこそ、今度の最終面接は失敗出来ない。
美咲には、後がないのだから。
「美咲、緊張してる?」
「えっ!?」
「月並みのことしか言えないけど、努力はきっと報われると思うんだ。毎日、面接の練習してただろ」
「廉……、知っていたの」
「あぁ。それに、美咲は昔っから努力家だからさ」
いつの間にか隣に座った廉が、頭をポンポンと撫でる。応援するかのような、慰めるかのような、優しい手つきに、落ち込みそうになる気持ちが癒される。
廉はわかってくれている。私の努力を……
「ありがとう、廉」
「どういたしまして。でも、辛くなったら俺を頼ってよ」
廉の胸へと抱き寄せられ紡がれる言葉の一つ一つが、美咲の心を温めてくれる。
今は一人じゃない。
廉がいれば、がんばれる。
「さて、美咲。今週末、あいている?」
廉の腕の中、まどろんでいた美咲は、廉の問いかけに小首をかしげた。
「あいてるけど……」
「じゃあ、美咲の最終面接、がんばって会しない?」
「がんばって会って……」
「まぁ、確実に美咲は合格するだろうから、前祝いかな」
お茶目にウィンクする廉を見て、美咲は思わず吹き出した。
「ふふふ、廉……、ありがとう。大好き」
いつの間にか、心に巣喰った不安が消えていることを感じながら、美咲は廉の唇に唇をかさねた。
コメント
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第21話、読み終えました……「幸せと不安は隣り合わせ」ってタイトルがもう、そのまま美咲ちゃんの心を映してて切なくなりました。廉さんが優しすぎるからこそ、静香さんの影がチクチク刺さるんですよね。でも、前祝いのデートを提案してくれた廉さんの「確実に合格する」って言葉に、私も一緒にほっとしました。大好きって素直に言える美咲ちゃん、えらいな……🌙