「あー、くそ…………」 「イースター? どうしたの?」
「……なんでもない」
イースターはむしゃくしゃした様子で、洗濯物をたたんでいた。ボクが気になって尋ねても、様子に変化は見られない。
「パン、このパジャマたたみ直せ」
「う、うん……」
衣服のたたみ方に厳しいのはいつも通り。イースターは今日も服を綺麗にたたむ──けど、どこか気が散っているようにも見えた。
少し前まで普通だったのに。一体どうしたんだろう?
「イースター、どうしたのかな……」
洗濯物をたたみ終えた後。近くにあったボールプールに身体を埋めながら、ぼんやり考えた。
イースターはここ数日、何か様子が変わっていた。几帳面なのは変わらずだが、妙に黙り込んでいたり、でも怒る時はやたら勢い付いていたり。
──何かに怒ってるのかな。ストレス溜まってるのかな。
「ヘイ! おはようパン!」
「うわあああぁ!?」
突然、上からジョリーがニョキッと現れた。
本当、普通に歩いてきて話し掛けるってことができないんだろうか。
「なに!? なに!?」
「いやいや、何か悩ましい顔をしていたからね」
ジョリーは一度引っ込んで、今度はボールの中から出てきた。無表情に笑いながら、ボクに顔を近付ける。
「それで、イースターの様子が気になるのかい?」
「う、うん……」
「ハハハ! 彼は何に悩んでいるんだろうね?」
ジョリーは楽しそうに言った。この態度からして、恐らく──答えを知っているだろう。ボクに回答させて、遊ぶのが目的だろうか。
「えーっと……」
最終的には教えてくれると信じて、敢えてこいつの作戦に乗ることにした。といっても、大した回答は思い付かない。
「なんだろ……ジョリーがうるさくてムカつくとか?」
「残念! 不正解!」
「ジョリーの服のたたみ方が汚いとか……?」
「……不正解!」
「ジョリーのジョークがつまらないとか……」
「僕以外の要因は……」
「ジョリーの頭が空っぽだからとか」
「……」
「ジョリーが何回怒られても学習しないから」
「……」
幾つか回答してみたら、ジョリーは何故か大人しくなった。イースターが怒る理由なんて殆どジョリーだし、真っ当な回答なんだけど。
少しばかり沈黙が流れたが、やがてジョリーは、
「……クィーバーに聞くといいよ」
と、静かに消えていった。
「クィーバー……?」
イースターを怒らせたのがクィーバーなんて、一番あり得ないと思っていたんだけど──いや、別に怒ってる訳じゃないのかな。
だって、イースターって確か、クィーバーのことが──
✸ ✸
「それでね、タウルスってば……ジョリーのお菓子が入った箱、ソケットにあげちゃったみたい」
クィーバーの部屋の前に来ると、中から彼女の話し声が聞こえてくる。扉をノックすると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「あれ、パン。どうしたの?」
「ちょっと、話があって……」
「お話?」
クィーバーは快く、ボクを部屋に入れてくれた。ソファに案内されたので、隅の方に腰を下ろす。
「み゛ー」
「わあぁっ!? ……って、マンドレイクか」
座布団に埋もれていたのは、マンドレイク。ボクがこの世界に来たばかりの頃偶然見つけて、クィーバーにプレゼントしたモノだ。
「パンが来たから、ビックリしちゃったみたい」
クィーバーはこのマンドレイクが相当気に入ったようで、皆に隠れて寵愛しているらしい。会話はできないのに、よく話しかけている。
もっとも、それを知っているのはボクとクィーバー、あとはジョリーの三人だけ──だったのだが。
「それで、何か用?」
「いや……イースターのことが気になって」
「イースター?」
どうやら数日前、イースターにマンドレイクのことがバレてしまったらしい。クィーバーはちゃんと口止めしたみたいだけど、もしかしたらそのことでギクシャクしてるのかも。
さっきジョリーに言われたことも含めて話すと、彼女ははてさてと言わんばかりに首を傾げた。
「いや……確かにバレちゃったけど、そんな気まずくなるようなことなかったよ? 秘密も守ってくれてるみたいだし」
「そう……?」
気まずくなってないというのは、あくまでクィーバー目線での話だ。イースターにとっては違うかもしれない。
というのも──イースターは多分、クィーバーにかなり好意を寄せているからだ。ボクも、クィーバーは優しいので好きだけど、イースターの好意というのはもっと強いものだ。多分、恋愛感情というやつだ。
「み゛ーみ゛」
「よしよし」
クィーバーは右手で、マンドレイクを愛おしそうに撫でる。彼女はスキンシップが大の苦手なのに、マンドレイクは平気らしい。
──もしかしてイースターは、クィーバーに可愛がられてるマンドレイクに、やきもち焼いてるのかな。
あれに嫉妬なんてみっともないな──と思いつつ、ボクもクィーバーのもふもふの手に触ってみたいと少し思ってるから、気持ちはちょっとわかる。
「ね、ねえ、クィーバーって、その……」
「なに?」
「イースターのこと、どう思ってるの?」
意を決して、聞いてみることにした。
ボクの決心に対して、クィーバーは特に間も開けず、
「可愛いよね、イースター」
と、にっこり笑って答えた。
その屈託のない笑みを見て、思わず「あぁ……」と言ってしまう。感嘆ではなく、諦めみたいな気持ちで。
クィーバーから見たイースターは『可愛いうさちゃん』ぐらいなのだろう、と。これじゃ、マンドレイクと大差ない──というか、扱いで言えばマンドレイクのほうが上じゃないのか。
やっぱりイースターは、このことで悩んでいるのかも──
「そ、そうなんだ……ふーん」
「まあ、ちょっと意地っ張りだけど。頑張りやさんだからね、イースター」
「えと……す、素直じゃないよね…………」
真相に気付きながら見捨てるのは忍びなくて、なんとかフォローしようとする。でも良い方法が何も浮かばない。
──ど、どうしよう……とりあえず、会話を続けないと……
「なんかちょっと、背伸びしてる感じ……」
「アハハッ。ちょっと完璧主義だよねぇ」
「うん……めんどくさい」
「まあ、そういう所も可愛いよね」
「そう……?」
「うん。私の事好きなのに隠そうとして、ツンツンしてて可愛い」
「へー…………え!?」
思わず大きい声を上げたせいで、マンドレイクが驚いて飛び跳ねた。
自分事じゃないのに、変に興奮してしまう。
「き、気付いてたの……!?」
「そんなに鈍感じゃないよ?」
クィーバーは、勝ち誇ったようにクスクスと、いたずらに笑った。
その姿に圧巻されて、ボクは口をあんぐりと開けていた。自分に向けられた好意に気付いたのもそうだが、こうもきっぱりと断言できるものだろうか?
「いつから気付いてたの……?」
「パンが来てから、ちょっと経った辺りかな? まあ確信したのは、ジョリーに言われたからなんだけどさ」
「あぁ……ジョリーが……」
流石ジョリー、プライバシーの欠片もない。なんて思ったら背後から視線を感じたけど、しっかり無視する。
「それで、その……クィーバーは、どうしたの?」
「どうしたって?」
「す、好きって思われてること? に気付いてから、どうしたの?」
上手く言えなくてしどろもどろに説明すると、クィーバーは首を傾げた。
「別に、何もしてないけど」
「……え」
暇そうなマンドレイクを、クィーバーは右腕で抱えながら答える。
「だって別に、告白されたわけじゃないし……私は恋愛感情まで持ってないんだよ」
「あ、あぁ……なるほど…………」
フォローするつもりが、余計に可哀想な事実が明らかになってしまった。要はイースターの片想いということになる。
こんなこと知ったら、落ち込むどころじゃ済まないのでは──このことは秘密にしておこう。
「まあ、弄ぶのはほどほどにしておこうかな」
ボクがイースターに同情しているのを悟ってか、クィーバーは気を遣うように笑った。
「イースターがちゃんと告白してくれたら、きっと両想いにだってなれるのにね」
「え?」
ほんのり寂しげに、彼女は艶然としてそう呟いた。何かを誤魔化すように、マンドレイクを見つめている。
「素直に好きって言ってくれる子、好きだよ」
息を吹き込むような言葉に、何とも言えない気持ちになる。彼女の優しさなのか、それともイースターの恋心に何か期待でもあるのか。
それまで意味深げに微笑んでいたクィーバーは、気が済んだと言わんばかりにいつもの表情に戻る。
「……そういう訳だから」
「あ、うん」
抱かれていたマンドレイクが「み゛ぃー」と暇そうに鳴いたので、クィーバーは席を立った。
「そうそう……今話したこと、イースターには秘密だよ?」
「し、知ってる」
イースターが不機嫌な理由は、なんとなく解った気がする。明確な回答は無かったけど、ボクの考察は多分間違ってない。
「じゃあ私はマンドレイクとお昼寝……えっと、遊ぶからっ。じゃあまたね、パン」
「うん……うん」
ほら、こうやって──誰かが間に入らないと、クィーバーはマンドレイクにメロメロじゃないの。
✸ ✸
ボクはクィーバーの部屋を後にして、なんとなくキッチンへ足を進めた。ドアノブに手を掛けると同時、中から声が聞こえてくる。
「あーもう、ジョリーのやつ……使ったら元の場所に戻せっての」
イースターの声だった。扉を開けると、食器棚を整頓していた彼と目が合う。
「うわっ……って、パンかよ」
「悪かったね……」
彼は少々悪態をつきながら、マグカップを取り出している。
「……ねぇ、イースターってクィーバーのこと、どう思ってるの?」
なんか少し焦れったくて、ボクはそんなことを聞いてしまった。イースターがぴくりと動きを止める。
「どうって、別に…………普通だけど」
「普通?」
なにがどう普通なんだ。もう好きって事がバレてるくらいなのに。そう思って聞き返したら、彼はたじたじと続けた。
「……まあ、他の連中と違ってまともだし、話は通じるよな。結構しっかりしてるし」
波に乗ったような勢いで、彼は少し饒舌に語りだす。
「結構細かい事まで気遣ってくれて、何かあった時もすぐ気付くし……あと頭の回転も結構良いからな。ちゃんと話聞いてくれるし、部屋も片付けてるし。他の連中と違って、お菓子のゴミとかちゃんと片付けるだろ。あと……」
口達者に話していた言葉が、不意にせき止められる。僅かに柔らかい笑みが浮かんでいたが、彼は慌てて無表情に戻した。
「……で、結局どう思ってるの?」
長い話に若干引きつつ再度尋ねると、イースターは赤面して頭を振る。
「だから…………普通だって」
頑なに本心を出さない態度に、ボクは少々呆れてしまった。
──あぁ、もう。
そんなだから、クィーバーは振り向いてくれないっていうのに。
両想いになるまで、まだ結構掛かりそうだ。
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