食事の後に風呂で身体の汚れを落とした。
馬に長く乗っていると、舞い上がった砂埃で髪や服が汚れる。その汚れを落として新しいシャツとズボンに着替えた。そして窓辺の椅子に座ってぼんやりと外を眺めていると、「入るぞ」と声がして伯父上が入ってきた。
持ってきた籠を机に置き「こっちへ来い」と俺を呼ぶ。
俺が机の前の椅子に座ると、伯父上も隣に座った。
「俺の領地で採れたブドウから作った酒だ。うまいぞ」
「知ってる」
伯父上が、籠から紫色の酒が入った瓶とグラスを取り出し、グラスに注いでいく。
お互いにグラスを持つと、伯父上が「再会に感謝を」と笑ってグラスを持ち上げた。
俺も持ち上げて一口飲む。ほのかな甘みの中に芳醇なブドウの香りが鼻から抜けて、とても美味しい。
「うまいな」
「そうだろう」
伯父上の機嫌がいい。
俺と会ってるからだ。でも今から俺が話す内容を聞いたら、どう反応するのか。伯父上は俺の味方だが、少し怖い。
俺はグラスの中の酒を一気に飲むと、もう一杯注いで半分を飲んだ。
「おい、もっと味わって飲め」
「十分味わってるよ」
「なんだ?様子がおかしいな。話しにくい内容なのか?」
「…伯父上、今から話すことは、知られてはダメなことなんだ。でも俺は、伯父上には全て知っていてほしいから…だから話す。最後まで聞いてくれるか?」
「わかった。ちょっと待てよ」
伯父上は扉と窓に手を向けると、何かを呟いた。そして俺を見て頷く。
「扉と窓に魔法をかけた。鍵がかかってあるし人払いもしているが、念の為に結界も張っておいたから、大丈夫だ」
「ふっ、完璧」
俺は軽く笑う。とても気が楽になった。
伯父上は俺の意図を汲んで先に動いてくれる。だから伯父上のことが好きなんだ。
俺はグラスから手を離すと、少しだけ伯父上の方に身体を向けた。
「俺さ、数ヶ月旅をしてたんだよ」
「そうらしいな」
「隣国のイヴァル帝国にも行った。その時に、森の中で騎士に囲まれて殺されそうになっていた人を助けたんだ」
「騎士に囲まれていたということは、何か罪をおかしたのか?」
「違う。理由を聞いたが罪など何もおかしていない。…その人は華奢な身体つきで、大柄な騎士に力でかないそうにない。しかも抵抗もせずに諦めたような顔をしていたから、助けた。力のある者が抵抗もしない弱い者を三人で襲うなど卑怯だろ」
「おまえは昔から弱いものいじめが大嫌いだったからな。それでどうした?」
「三人の騎士を殴り倒してやったら、その人が騎士の心配をするんだ。自分が殺されそうになってたっていうのに。俺はどんな人物か気になって、腰をかがめて正面から顔を見た」
話をいったん止めて、グラスに残っていた酒を飲み干す。
伯父上もグラスを傾けながら、黙って話の続きを待っている。
俺は唇についた雫を拭って口を開いた。
「顔を見た途端に、全身が震えた。なんとしてもこの人を手に入れたいって思った」
「ほほう、惚れたのか」
「うん…そう。一目惚れだ。その人の名はフィルと言う。とても美しくて可愛いんだよ。それに…輝くような銀色の髪をしている」
「なに?灰色に近い銀髪の者は市中にもたまにいる。しかし輝くような銀髪となると…王族の血縁者か?」
「まあ先を急ぐなよ。ちゃんと話すから。俺はフィーを手に入れたくて、その場で妻にすると決めたし言った」
伯父上の眉間に皺が寄る。
俺がイタズラや何かをしでかした時によく浮かべていた表情だ。
俺は拗ねたように伯父上を睨む。
「…なんだよ、その顔は」
「だっておまえ…その人…フィルさんか。フィルさんにいきなり妻にするって言ったのか」
「言った。フィーは騎士に殺されるつもりだった。ということは生きる気力を無くしてたってことだ。それなら俺が傍にいて、フィーに楽しいことや幸せな思いをさせてやりたいと思ったんだ」
「なるほど…。おまえのその前向きな思考は、父親譲りだな」
「やめろよ。父上に似てると言われても嬉しくない」
「後ろ向きな思考になるよりは良いことだぞ。特に人の上に立つ者としては大事なことだ」
「そうかな」
伯父上に褒められて、俺は照れ笑いをする。
伯父上のような人が、血縁にいてよかった。
俺はいずれ、王位第二継承権を辞退して、伯父上の後を継ぎたいと思っていた。母上が育ったこの土地を、俺の手で守りたいと思っていた。ここでフィーと暮らせたらどんなに幸せだろう。フィーが隣にいてほしい。フィーと共にこの土地で暮らしたい。できるなら領地の端に小さな家を建てて二人で暮らしたい。
小さな家の前で笑顔で手を振るフィーを想像して、思わず俺の顔が緩んでしまう。
伯父上に「それでどうした?」と促されて、慌てて咳払いをする。
「その日から、俺とフィーは二人で旅をすることになった」
「フィルさんは納得してついて来てくれたのか?」
「いや、逃げ出しそうだったから、ずっと離さず傍にいた」
「待て…フィルさんは今どうしてるのだ。おまえの話を聞いていたら心配になってきた」
「だから話の先を急ぐなって。大丈夫だから。最初は嫌が……戸惑っていたフィーも、今じゃ俺のことを愛してくれている」
「待て!それはそれで大変な話ではないかっ!早くフィルさんをここへ連れてきなさいっ」
「今は無理だ。フィーはイヴァル帝国に戻っている」
「戻った?大丈夫なのか?フィルさんはイヴァルの騎士に襲われていたのだろう?」
「今は大丈夫だ。だから王が代わったと言っただろう」
「そうか…そうだったな。そのことだが、なぜ交代したのだ?イヴァルの女王は、アリスと歳が近くてまだまだこれからの方だと思っていたのだが…病に臥されているのか?」
「伯父上、今からの内容は内密に頼む」
「わかった」
伯父上が深く頷く。
俺は少しだけ伯父上に身体を寄せた。
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