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ヴィクターの手は、冷たくて、硬かった。
かつて感じた、あの偽りの「人間の温もり」はどこにもない。
けれど、洗脳された騎士たちが放つ剣閃を
その身を挺して防ぎ続ける彼の背中は
前世で私が描き殴ったどのヒーローよりも、大きく、そして頼もしかった。
「……澪、僕から離れないで。システムが……君を『バグ』として完全に認識した。整合性を保つために、全力で排除にかかっている」
カチャリ、と顎の骨が軋む音が、悲鳴のように聞こえる。
ヴィクターは完全に骸骨の姿のまま、漆黒の鎌へと変貌させた自身の肋骨を振るい続けていた。
王子の剣が、ヴィクターの左肩の骨を浅く削る。
聖女が放つ神聖魔法が、彼の外套を焼き、真っ白な鎖骨を黒く焦がす。
(……やめて。もう、やめて……!)
洗脳されたキャラクターたちは、痛みの感情を失い、ただシステムに操られる人形と化していた。
何度倒しても、ゾンビのように立ち上がり、私たちを包囲する輪を縮めてくる。
「ヴィクター……! 貴方、もうボロボロじゃない! これ以上戦ったら、今度こそ本当に消滅してしまうわ!」
「構わない……と言ったら、君は怒るかな? …でもね、澪。君に愛を告げられたあの日から、僕はゴミ箱の底にいたデータじゃない」
「君という観測者に認められた、確かな『存在』になったんだ」
ヴィクターの眼窩の奥に宿る蒼い燐光が、一瞬、人間の金色の瞳のように眩く輝いた。
「君を守って消えるなら、それは僕にとって、これ以上ないほど完璧なエンドロールだ」
「バカ……! そんなの、私が許さない!誰が貴方をボツにしたと思ってるの!?そんなことさせないから!!」
私は、握りしめていたヴィクターの冷たい骨の手を、さらに強く握りしめた。
その瞬間、私の脳内に
この世界のすべてのデータが、膨大な文字列となって流れ込んできた。
(製作者としての、最後の権限……!)
私は思い出した。
澪としての私が、このゲームの世界に込めた、最後の「願い」。
それは、主人公が誰と結ばれようと
たとえクラリスが死の運命を迎えようと
この世界が、愛に満ちた場所であってほしい、というものだった。
(整合性……シナリオ…そんなもの、私が上書きしてあげる!)
「……澪……!? 君、何を……!」
ヴィクターの身体が、私の魔力に呼応するように、眩い白い光に包まれる。
(……ヴィクター。貴方は、ボツなんかじゃない。貴方は、私の理想。私の、最推し。……私の、ヒーローになる人よ!)
私は、上書きした。
クラリス・フォン・エストレヤの処刑という結末を。
そして、ヴィクターという存在が、孤独な未完成のまま消え去るという設定を。
「……澪、きみ……っ」
ヴィクターの白い光が、処刑台を、王宮を、そして王都全体を包み込んだ。
システムが書き換えられていく。
洗脳が解け、キャラクターたちの瞳に光が戻る。
ギロチンの刃が、光の中で崩れ去る。
(……愛しているわ、ヴィクター。骨の髄まで、ね)
私の意識は、再び白い光の中に溶けていった。
────数年後。
「……ねえ、ヴィクター。いつまでそこで骨に戻ってるつもり? 今日は、隣の男爵家の奥様がお茶会にいらっしゃる日だって、何度も言ったでしょ」
かつての悪役令嬢、今は公爵夫人のクラリスは
リビングのソファで完全に「骸骨」の姿に戻ってくつろいでいる旦那様
ヴィクターの頭蓋骨を、コツリと人差し指で弾いた。
「おや、澪。……すまない、つい。君の淹れてくれたアールグレイの香りが良すぎて、魔力の維持を忘れてしまった」
カチャリ、と顎の骨が可笑しそうに鳴る。
ヴィクターはゆっくりと立ち上がると───完璧な人間の姿へと変貌した。
漆黒の髪、金色の瞳、そして、私を溺愛の炎で焼き尽くしそうな、甘い微笑み。
「……たく、もう。時々骨に戻るの、シュールだからやめてよね」
「ふふ、それも僕の『個性』ということで、許してくれないかい? ……それに、骨の姿のときの方が、君は僕を抱きしめてくれる気がするんだけど」
ヴィクターは、人間の顔でニヤリと笑うと、私の腰を引き寄せ、迷いなく唇を重ねた。
……骨じゃない。
ちゃんと、温かい、人間の唇だ。
あの断罪の夜。
私は、製作者としての権限を使い、世界の設定を根本から書き換えた。
異世界に飛ばされた現代を生きていた人間の私にそんなことができた
その仕様もよく分からないけれど…出来てしまったのだから奇跡としか言いようがない。
ヴィクターは、この世界の「仕様」の中に、正式なキャラクターとして組み込まれた。
ただし、私の「最推し」としての設定が強すぎたためか
時々魔力が切れると、本来の骸骨の姿に戻ってしまうという「バグ」は残ったけれど。
ヒロインと王子は、シナリオ通り結ばれたが、公爵家となった私たちとは、良好な関係を築いている。
王都の治安は、ヴィクターの物騒な物理爆破のおかげで、以前よりもずっと良くなった。
「……さあ、澪。お着替えの時間だよ。クローゼットから、貴方が前世で一番好きだと言っていた、あのゴスロリチックな黒のドレスを用意したからね…って、今日は言ってくれないの?」
「おや、澪。僕のセリフを暗記したのかい?」
「面白いでしょ?私しか覚えられないセリフだもの」
「……フフッ、確かにね。それに……君の肌に触れていいのも、この世界の管理者である僕だけだからね」
ヴィクターは、人間の顔で甘く囁き、私を溺愛のクローゼットへとエスコートした。
私たちの物語は、まだ終わらない。
製作者と、一度はボツになった最推し
二人で描き続ける、新しいエンドロールのその先へ。
骨の髄までとろけるような
騒がしくも甘い日常は、永遠に続いていくのだ。