TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「うわー、もうこんなに売れたの?」


久しぶりに内海不動産のモデルルームを訪れた吾郎は、壁に貼られた部屋番号の上のバラの数に驚く。


建築工事も目に見えて進んでおり、1つの街がもうじき出来上がろうとしていた。


「はい!販売もついに最終期に入りました」


安藤が嬉しそうに声を弾ませる。


「私が担当させていただいた方も、何組かご成約をいただきまして」


「そうなんだ!がんばってるね」


「都筑さんのお力添えのおかげです。本当にありがとうございます」


「いやいや、俺なんか何も。それより、かなりマンションの工事も進んだようだから、映像やデジタルコンテンツもブラッシュアップしようと思って」


「ええ?!よろしいのですか?」


「もちろん。原口さんと木谷さんにも相談したいんだけど」


「かしこまりました。すぐに呼んで参りますね」


吾郎は、タタッとバックヤードに向かう安藤の後ろ姿を見送る。


(少し会わなかった間に、なんかちょっと雰囲気変わったな)


久しぶりに見る安藤は生き生きとしていて、自信に満ちた明るい表情だった。


(仕事が上手くいってるんだろうな。良かった)


以前は真面目な学級委員のように、常に真顔でカリカリとメモを取っていた安藤が、今は顔を上げてにこやかに話をしてくれる。


眼鏡をやめ、ひとつ結びだった髪型も、後ろでゆるくシニヨンにまとめていた。


(そうするともう前みたいに、酔っ払った一人新喜劇は見せてくれないのかな?)


そう思うと、なんだか少し残念な気もする。


またいつか見てみたい、と口元を緩めていると、バックヤードから原口と木谷を連れて安藤が戻って来た。


「都筑さん、お久しぶりです」


「木谷さん、原口さん、ご無沙汰しております」


3人で握手を交わしてから、部屋の隅のテーブルに着いた。


「映像とコンテンツをブラッシュアップですか?こちらとしては嬉しい限りですが、本当によろしいのでしょうか」


「はい、もちろんです。『既存のものに満足せず、常に良いものを目指す』というのが弊社のポリシーでもあります。マンションの建築が進み、全体の風景も随分変わってきました。そこを反映させないままでは、私も納得出来ませんので」


「そうでしたか。アートプラネッツさんの素晴らしさの理由が分かった気がします。それでは、ぜひともよろしくお願いいたします」


「ありがとうございます。詳しい納期はまた後日お伝えいたします」


話し合いを終えてモデルルームを出ると、吾郎は敷地内をゆっくり歩きながら写真を撮る。


(公園やドッグランもほぼ完成してるな)


オシャレな噴水やガーデンなど、改めてここが異国情緒溢れる街のようだと思わせられた。


(透や亜由美ちゃんも、ここに住めば毎日が楽しいだろうな)


二人が笑顔で手を繋いで散歩している様子が目に浮かび、吾郎は微笑ましくなる。


その時だった。


ふいに足元に何かがすり寄って来て、吾郎は驚いて視線を下げた。


「えっ!」


ふわふわでコロコロした茶色の子犬が、吾郎の足に身体をすりつけている。


「お前、どこから来たんだ?」


しゃがみこんで頭をなでると、ぺろぺろと吾郎の手のひらを舐め始めた。


(首輪もないし、近くに飼い主も見当たらないな)


吾郎が辺りをキョロキョロしていると、工事のおじさんが、おっ!と目を留めて近づいて来た。


「まだいたのか、チビ」


「この子犬のこと、ご存知なんですか?」


「いやー、それがな。裏山の工事を始めたら、母犬と子犬が2匹いたんだよ。どうやら山に住みついてたらしくてな。かわいそうに、追いやられて出て行ったんだけど、どうもこのチビだけはぐれてしまったみたいで。見かけたら、時々わしがドッグフードあげてたんだ」


「そうだったんですか…」


吾郎は、頭をすり寄せてくる子犬を抱き上げた。


毛並みはカチコチで艶もなく、身体はやせ細っている。


「あれ、怪我してるじゃないか」


思わす声を上げると、工事のおじさんも、どこ?と顔を寄せる。


「前足のここから血が出てます」


「ほんとだ。木の枝にでもひっかけたかな?」


「おじさん、そこの公園の水道、もう水出ますか?」


「いや、水道工事はまだだ」


「そうですか…」


吾郎は、クゥーン…と、か細く鳴いてこちらを見上げてくる子犬と目が合った。


(まずい。こんなおめめで見つめられたら、もう…)


「連れて帰るしかないか」


そう呟くと、おじさんは「おっ?」と顔を上げる。


「兄ちゃん、飼ってやってくれるか?助かるよ。わしのボロアパートはペット禁止でな。仕事仲間に声かけてもなかなか飼い手が見つからなくて。兄ちゃんが面倒見てくれるなら安心だ。良かったなー、チビ」


おじさんは満面の笑みで子犬の頭をなでていた。



自宅マンションに向かう途中で、吾郎は近所の動物病院に立ち寄った。


事情を話し、怪我の手当てと健康状態を診てもらう。


「あらー、可愛いワンちゃんね。男の子か」


優しそうな女性の獣医はそう言いながら子犬をなでると、顔を上げて吾郎に尋ねた。


「お名前は?」


微笑みながら首を傾げられ、吾郎は、へ?と面食らう。


「あ、はい。都筑 吾郎と申します」


「ゴロウちゃんね。こんにちは、ゴロウちゃん」


そう言って再び子犬の頭をなでる獣医に、吾郎は慌てふためく。


「あ!すみません。吾郎は私の名前でして…」


「まあ、そうだったのね。じゃあこの子のお名前は?」


「えっと…、この子は…、トオルちゃん、です」


「トオルちゃんね。初めまして、トオルちゃん」


すると子犬は、アン!と鳴き声を上げた。


「あら、お返事上手ねー。トオルちゃん」


子犬は嬉しそうにパタパタと尻尾を振る。


「ふふ、元気そうね。では傷の消毒と、体調チェックをしましょうか」


その後、何度も

「いい子ねー、トオルちゃん」

「上手よー、トオルちゃん」

と声をかけられ、子犬は終始ご機嫌で尻尾を振っていた。



「ふう、やれやれ…」


マンションに戻ると、吾郎は子犬を床に下ろす。


病院では、傷は浅い擦り傷で特に心配はいらないと言われ、消毒してから薬を塗ってもらった。


受付の横でドッグフードやリードなども販売しており、吾郎は当面の分だけ購入して帰って来た。


やはり少し栄養が足りていないようだと言われた為、教えられた通りのドッグフードを食べさせる。


「えっと、とりあえずこの食器でいいか」


柔らかいドックフードを皿に載せて子犬の前に差し出すと、少しクンクンと匂いを嗅いでから、パクパクと勢いよく食べ始めた。


「ははっ!いい食べっぷりだな。喉詰まらせるなよ」


あっという間に完食した子犬を抱き上げ、ソファに座ってなでていると、すっかり気を許したように身体を丸めてうとうとし始めた。


病院で洗ってもらった毛並みはふわふわとしている。


「あーあ、まだ見ぬ彼女より先に、お前と同棲することになるなんてな」


独りごちながら、この後の手続きや購入するものを考える。


(えーっと、飼い犬の届け出を出して予防注射を受けて。サークルとキャリーバッグも買わなきゃな)


そこまで考えてふと手を止める。


(名前、どうするかな)


病院で咄嗟にトオルちゃんと答えてしまったが、まさかそのままという訳にはいかない。


(んー、柴犬っぽいから、シバちゃん?それとも、コロコロしてるからコロすけとか?)


なでる手を止めたからか、子犬が目を開けて吾郎を見上げてきた。


「おっ、どうした?シバちゃん」


するとプイッと子犬はそっぽを向く。


「シバちゃんは嫌か?それなら、コロすけは?」


子犬は微動だにしない。


(もしかして、もう染みついてしまったのだろうか、あの名前が)


吾郎は恐る恐る呼んでみた。


「…トオル?」

すると子犬はパッと吾郎を振り返り、アン!と可愛く返事をする。


しまった…、とうなだれる吾郎の顔を、トオルはぺろぺろと舐めまわしていた。



それからしばらくはアートプラネッツのオフィスで、吾郎はモデルルームのコンテンツをブラッシュアップする作業に追われていた。


プリントアウトした大量の資料の上に、大河からもらったフランス土産のペーパーウエイトを載せると、「ああっ!」と大河が大きな声を出す。


「びっくりしたー。なんだよ?大河」


「それ!その凱旋門!ペーパーウエイトだったのか」


「はあ?何言ってんだよ。大河が買ってきてくれたんだろうが」


「そうだけど。俺も瞳子も、なんだかよく分からんものって買ってきた」


おい!と吾郎は真顔で突っ込む。


「何だよ?よく分からんものを土産にするって」


「だってさ、なんだかよく分からんが、『凱旋門吾郎』って感じで似合ってるって瞳子が」


すると洋平と透が、ブッ!と吹き出して笑い始めた。


「ははは!凱旋門吾郎!めちゃくちゃ似合ってる」


「ほんとほんと!アリシア、上手いねー!」


「だろ?みんなのお土産、それぞれネーミングしてたぞ。クロワッサン透とエッフェル洋平って」


ヒーッ!と二人はお腹を抱えて笑い転げる。


「確かに!透、そのクロワッサンのクッションに顔面突っ込んで、よくデスクで昼寝してるもんな」


「洋平だって、そのすかした感じにエッフェル塔が似合ってるよ」


「でも一番似合ってるのは…」


三人は一斉に吾郎を見て声を揃えた。


「凱旋門吾郎!」


「やめんかーい!」


大声で遮るが、三人はゲラゲラ笑う一方だった。



「ただいまー」


マンションの玄関を開けて声をかけると、リビングから「アン!」と返事が聞こえてきた。


「ただいま、トオル。いい子にしてたか?」


サークルから抱き上げて、頭をワシャワシャとなでる。


トオルは嬉しそうに尻尾を振りながら、吾郎の顔をぺろぺろと舐めた。


「ははは!熱烈歓迎だな。お腹空いただろ。ご飯にするぞ」


ドッグフードを食べるトオルを隣で見守りながら、吾郎はソファの前のローテーブルで牛丼を食べる。


いつもならダイニングテーブルで食事をしていたが、トオルが来てからは、トオルのそばで食べるのが当たり前になっていた。


外食も全くしなくなり、仕事も出来るだけ早く切り上げてマンションに帰る。


「あー、なんか癒やされるな。お前がいてくれるなら彼女はいらないや。な?トオル」


食事のあとに膝の上でトオルをなでていると、トオルもアン!と返事をする。


「俺達、相思相愛だな。やべー、男同士なのにな。あいつの前では絶対に言えないけど、大好きだぞー、トオル!」


「アン!」


「ははは!ほんとに可愛いな、トオル」


「アン!」


寝る時もベッドで一緒に眠る。


もはやトオルのいない生活は考えられない。


ますます恋が遠のいていく気がするが、トオルがいてくれるならそれで構わないと、吾郎は本気で思い始めていた。



それから数日後。


吾郎はトオルを連れて内海不動産のモデルルームに来ていた。


映像をブラッシュアップする中で、完成した実際のドッグランで犬を走らせる映像を撮ることにし、トオルにモデルになってもらうことにしたのだった。


「おー、兄ちゃん!この子、こんなに可愛くなったんか」


駐車場に停めた車からトオルを抱いて降ろしていると、先日の工事のおじさんが嬉しそうに近づいて来た。


「そうなんです。すっかり元気になりましたよ」


「そうかそうか。良かったなあ」


トオルも尻尾を振っておじさんの手を舐めている。


「また顔が見られて嬉しいわ。今日は何か用事?」


「はい。ドッグランで遊ばせて、動画の撮影をしようかと。マンションの紹介映像に使うんです」


「へえ、モデルさんか。がんばれよ」


「アン!」


元気に返事をするトオルに目を細めて、おじさんは、またな!と去って行く。


ドッグランに着くと、「都筑さん!」と声がして、安藤が駆け寄って来た。


「今日はわざわざありがとうございます」


「こちらこそ。撮影に立ち会ってくれてありがとう」


「いいえ。わあー、この子がトオルちゃんですね。初めまして!安藤 莉沙です」


トオルは、アン!と返事をして安藤の方に身を乗り出す。


吾郎が近づけると、トオルはぴょんと安藤の腕に飛び移った。


「ひゃー、可愛い!ふふっ、とってもいい子ですね」


にっこり微笑む安藤の顔を、トオルはぺろぺろと勢いよく舐める。


「あはは!元気ねー。つぶらなおめめにふわふわの身体!とっても可愛い」


トオルは吾郎の存在を忘れたように、安藤にべったりになる。


そんなトオルになんだか寂しさを覚えた吾郎は、いかんいかん!と頭を振る。


(どんだけトオルにぞっこんなんだよ、俺)


気を取り直して、早速撮影に入った。


「ほーら!トオルちゃん。こっちよー!」


「アンアン!」


「あはは!速い速い!すごいわね、トオルちゃん」


安藤とトオルは、まるでラブラブなカップルのように抱き合って微笑む。


(なんだろう、なんなんだ?この感覚は)


もう充分撮影出来たというのに、吾郎はもやもやしたままカメラを回し続けていた。


安藤に駆け寄るトオルの生き生きした表情と、トオルに飛びつかれて笑顔を弾けさせる安藤。


そのどちらからも、吾郎は目を逸らせずにいた。



「うーん…」


マンションで動画の編集作業をしながらも、吾郎はどこかスッキリしない。


何がそんなに気になるのか。


自分よりも安藤になつくトオル?


トオルを笑顔で見つめる安藤?


「いやいや、とにかく今は紹介映像を作らねば」


吾郎は淡々と作業を進めた。


全速力でドッグランを駆け回るトオルだけを切り抜いてみたが、どうしても最後に安藤に飛びつくトオルと、満面の笑みでトオルを抱きしめる安藤のワンシーンを入れたくなる。


自分では判断出来ず、結局2つのパターンを用意して、先方に選んでもらうことにした。


モデルルームに行き、木谷や原口、安藤に見せると、最後のワンシーンがあった方がいいと言われ、安藤もそれを承諾する。


そして映像やコンテンツ、全てのブラッシュアップを終えて、納品も無事に済ませた。


めでたく全戸完売となった、と連絡が来たのは、それから3週間後のことだった。

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

27

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚