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────東京に行ってくるよ。
地元を発つ前の日。心の中で告げて、両親の墓の前で手を合わせた。“彼ら”はそれをどう思っただろう。
きっと母なら「そんな遠くに? 大丈夫かしら?」、って。父なら、「よし、張り切って行ってこい!」って言った気がする。
大人になった。
一人の人間として認められる歳。あの詩がふと頭を過ぎる。
一個の人間でありたい。愛しあい尊敬しあい、力を合わせる。それの実に美しいこと。
でもあの詩には続きがあった。確か自由が云々というより、他人を利用する醜さを説いた詩だ。
生きるには綺麗なばかりじゃいられない。他人を利用する、その醜さを知る者こそ、一個の人間。
仮に利用はしなくても、他人に寄生する自分は充分醜く、卑怯に思えた。“信頼”なんて本当に便利な言いわけだ。何でも持ってた創に甘え、縋っただけ。
息苦しくて空を見上げると、星が目に入った。
あの時と同じ一等星も、今は自分を見下ろしている。
何だか急に、あの無数の星が怖くなった。
……綺麗過ぎたんだ。もっと汚ないものを見てる方が本当は落ち着く。
そういえば、あの売り払った家は。高校の卒業アルバムは。
……自分が今いる家は。
どこだっけ。分からない。
あの故郷と両親は、もう俺を待ってない。
東京に来てさらに独りになった。家が、星が、真っ白な両親の顔がフラッシュバックする。まるであの睡蓮のように綺麗な白一色。
その裏側には真っ暗な部屋。振り上げられる拳。冷たいシャワーの水。洗い流される血、血、血。
頼むからやめてくれ。
怖い。怖くてたまらない。
「すいません。……ほんとはすごく、怖い」
自分で言っておいて、笑いそうになった。
もう子どもじゃない。大人なのに何馬鹿なこと言ってんだって、怒ってほしかったけど。
「准さん。俺の家、なくなっちゃったんです。気付いたら一瞬で……ちょっと目を離しただけなのに」
でも、もうダメだった。目は熱いのに笑いが零れる。
「全部忘れて、やり直して、逃げ出したいよ。……ははっ、本当ガキみたい。一番幸せだった頃に戻りたいなんて。もうずっとずっと、ガキのままだ……!」
この胸の痛みは感心するほど成長した。
最近できたものじゃないけれど。長い長い時間をかけて広がった……傷、だけど。これだけは中々治ってくれなくて、むしろ醜く膿んでしまった。