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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
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「どこからって……何もないよ。社長には拾ってもらっただけ」
「拾う?」
その言葉に驚いたように友梨佳は顔をガバッと上げた。
「そう、やけ酒して酔っぱらって会社の前で寝ていたところを、拾われたの」
「それからずっと?」
「うん」
「ふーん。この事は誰も知らないの?」
アイスコーヒーのストローをクルクルと回しながら、友梨佳は麻耶に尋ねた。
「……館長は知ってる」
「館長?またなんで?」
朝食を結局食べなかった麻耶は、ようやく空腹を覚えて運ばれてきたオムライスに手を付けた。
「ここだけの話、社長と館長は昔からの友人なんだって。ちなみに同じマンション」
「へえ、あの2人がね……意外な組み合わせじゃない?」
その言葉に、麻耶は眉根を寄せると、
「いや、意外といいコンビの様な……」
「へえ?そうなの?まあ確かに、昨日の社長の話し方「あなたは誰ですか?」って感じだったもんね」
「あっ。社長素だったんだね……」
「あっちが素か……」
友梨佳は少し思い出す様な表情をした。
「でも、何も無いって言うけど……麻耶社長にベタベタに甘えてたよ」
「え!!」
その言葉に麻耶は、血の気が引いてスプーンを置いた。
「抱き上げられたら、首に手を回して抱きついてた」
「ウソでしょ……」
「こんなこと嘘言ってどうするのよ」
友梨佳もビーフシチューをパンですくって口に入れると、呆れたように麻耶を見た。
「どうしよう……好きってバレたら一緒にいられなくなるのに」
その言葉に友梨佳は怪訝な表情をした。
「どういうこと?」
「初めに言われたの。惚れるなって。それに何か過去にあったのかな……誰も好きにならないような感じだし。それに社長だよ。アイリさんのような人ばかりが周りにいるんだよ。私なんかが太刀打ちできると思う?」
「まあそうだね。じゃあ、それでも麻耶は一緒にいたいの?気持ちが通じることもなくてもいいの?」
真面目な友梨佳の顔に、麻耶は唇を噛んだ。
「友梨佳の言いたい事はわかるよ。他の男に目を向けろっていいたいよね。普通なら。でもたまに見せる弱った部分を少しでも私が支えられるなら……って思っちゃって。それに……今は一緒にいたい」
その言葉に友梨佳はため息をつくと、
「つらくなったら、いつでも家においで」
「うん……」
その優しさに、麻耶は涙が落ちそうになりながら友梨佳に笑顔を向けた。
「でも確かに麻耶が好きになるのもわかる気はするよ。昨日の社長は素敵すぎたよ。あっ、タクシー代もお礼言っといて」
「わかった。私ももう一度お礼しとく」
自己嫌悪に陥りつつ、麻耶はオレンジジュースを飲み干した。
それからの日々は忙しい中にも穏やかな時間が過ぎて行った。
アイリが何か言ってくることも、ふたりの関係性が変わることもなかった。
少し変わった事と言えば、ごくたまに芳也に言われて一緒に眠るようになった。
それ以外はマイペースに麻耶は過ごしていた。
OPENを2日後に控えた今日は、マスコミ向けのイベントが行われる。
天候にもめぐまれ、桜の花が奇麗に咲いていた。
麻耶は気合を入れると、インカムをつけてスタンバイをして、にこやかな笑みを浮かべた。
開場と同時にたくさんのマスコミ関係者が入ってきて、一気に会場の外のガーデンは華やかな雰囲気に包まれた。
初めはガーデンでのウェルカムドリンクを振る舞い、その後模擬挙式、それが終わると披露宴会場で品数は少なめだが料理が振る舞われる。
本当の披露宴と同じ流れでマスコミをもてなすことが今日の目的だった。
違う事と言えば、カメラが多く入り、ところどころ質問や見学する時間が設けられている事だった。
麻耶も全体を見ながら、司会の案内で移動する人々に声を掛けながら対応をしていた。
「これから大聖堂にて早坂アイリによる模擬挙式を行います」
その案内で麻耶も案内を始めた。
(KENTAの案内がなかったけどどうしたんだろ?)
大聖堂内に全員移動し終えて、麻耶も後ろに控えて挙式が始まるのを待っていた。
そして司会から流れたアナウンスに麻耶は驚いて、思わず入り口を見た。
「本日、モデルKENTA急病の為、代理と致しまして、弊社代表取締役宮田芳也が代わりを務めさせていただきます」
(社長が新郎役!なんで?どうして……)
訳の分からない麻耶の耳に今度はインカムが飛ぶ。
「模擬挙式後、予定を変更してここで急遽社長の挨拶が入ります」
その言葉通り、新郎入場の合図とともに、真っ黒のタキシードに身を包んだ芳也が現れた。
開場からは、その姿に感嘆の声とため息が漏れた。
いつも見ている麻耶ですら、見入るぐらい芳也は素敵だった。
セットされた髪から除く漆黒の瞳は仕事モードなのだろう、にこやかに笑みを湛え、祭壇の上まで来ると、花嫁を迎えるためにドアの方角を見た。
そして、アイリが入場してくると、更に声が上がった。
祭壇の上に並んだ二人に一斉にカメラのシャッターがきられる。
日の光をいっぱいに浴びた芳也とアイリは本物夫婦のように寄り添い、見つめ合う姿に麻耶は呆然と二人を見ていた。
(なんで?アイリさんとは関わりたくないって言ってたのに……。どうして芳也さんが相手になってるの?)
きっとKNETAが病気か事故でこれなくなり、一番話題性のある芳也に白羽の矢が立ったことは想像がついた。
しかし、目の前で本番さながらに微笑む二人を冷静に見られるほど、麻耶の心には余裕が無かった。
なんとか、仕事だからと俯いて目に入れないようにして、模擬挙式と芳也の挨拶をこなすと、麻耶は大きく息を吐いた。
その後、ドレスサロンの見学など仕事をこなしていると、さっきの事は忘れて集中して仕事に望むことができて安堵した。
大盛況のうちにイベントは終わり、スタッフもようやく一息ついて最後の社長の挨拶になり、麻耶も芳也に目線を移した。
「まだ、これからが本番です。OPENに向けて社員一丸でがんばりましょう。今日はお疲れ様でした」
その言葉を合図に解散となり、麻耶も疲労から大きく息をついた。
「お疲れ!麻耶」
「おつかれ。友梨佳」
お互い顔を見合わせて、肩をすくめると、
「今日は飲みに行く体力残ってないわ」
「お互い今日はゆっくり休もう」
友梨佳のその声に麻耶も同意すると、二人は歩き出した。
帰り際目に入った芳也は、アイリとアイリのマネージャーや、会社役員と話をしていて、とても話しかけられるような雰囲気に無かった。
どうして、今日代わりに新郎をやったのか、アイリとなにかあったのか、いろいろと麻耶は気になったが、どうすることもできそうになく、目を逸らすと友梨佳と更衣室に向かった。
(遠いな……やっぱり)
疲労もあって、麻耶はまっすぐとマンションへ帰ると、お昼も満足に取れていなかった為、簡単にパスタを作りダイニングテーブルに着いた。
(お似合いだったな……あの二人。今頃……)
そこまで考えて慌てて思考を戻すと、フォークを手にしたところで、ドアの開く音がして麻耶はあわてて玄関へと向かった。
「芳也さん!どうして?」
「いいから」
そう言うと、芳也は急いで家の中に入った。
「アイリを巻いてきた」
「え?」
「今日は家に帰るって言ったら、アイリもついてくるって言って……。タクシーで着いてきている気がして急いで帰ってきた」
ネクタイを緩めながら、大きく息を吐いた芳也の言葉に麻耶は内心安堵していた。
「どうして新郎役を?」
「たぶん、アイリの仕業だろ。何かの手を使ってこさせてない様にして俺と一緒に写真に写って周りから固める気だったんだろうな。俺が出ないなら今日のショーに出ないって言われて仕方なくな」
その言葉に麻耶は絶句した。
「そんな……」
「まあ、俺のツメが甘かったって事だ。ここまでやるとは思わなかったし」
芳也はドサッとソファに座ると、大きく息を吐いた。
「そうなんですか……」
麻耶も気が抜けたように、ソファにそっと座った。
疲れたように、目を腕で覆って座り込む芳也を見て、
「芳也さん、食事は?」
「朝から何も食べてない」
呟くように言った芳也に、麻耶はそっと立ち上がった。
腕をずらして麻耶を見た芳也と目があうと、ニコリと笑って麻耶は聞いた。
「どんなものなら食べられそうですか?」
「お前は?」
「私は簡単にパスタでも食べようかと思って、ほら?」
ダイニングテーブルに置かれたパスタに芳也は目をやると、
「俺はいいからお前も疲れただろ?冷めるから食べろよ」
微笑みながら言った芳也に、
「ダメです!またそんな事言って、すきっ腹にウイスキー飲む気でしょ?疲れるとすぐそうなんだから……まったく」
ブツブツと言ってキッチンに向かう麻耶を見て、芳也はクスクスと笑った。
「なんで笑うんですか?」
「え?笑った?」
自分でも気づかずに笑っていたことに気づき、芳也はそっとキッチンで冷蔵庫を開ける麻耶を見ていた。
「和食の方が食べやすいですか?それともやっぱり飲みますか?」
「疲れたからちょっと飲みたい」
そんな芳也の返事に、麻耶は軽くため息をつくと調理を始めた。
「じゃあ、先にシャワーを済ませちゃってください。すぐにできますから」
その言葉に素直に芳也はバスルームへと向かった。
芳也がシャワーを浴びている間に、麻耶はソファーの前に小さいお皿に盛りつけた料理をいくつか並べた。
少しして戻ってきた芳也は並べられた料理に目を見張った。
「ありがとう。こんなに作ってもらって。疲れてないか?大丈夫?」
「大したことはあまりしてないですよ。今日はいらないかと思ってたし、時間もないので作り置きの物です。我慢してください」
少し恥ずかしそうにいいながら、麻耶もパスタを持ってソファに座った。
「十分だよ」
「これ味見したら結構おいしかったんですよ。アンチョビポテト。ウイスキーに会うってネットに書いてありました」
麻耶が指さしたお皿のジャガイモを芳也は口に入れた。
「あっ、うまい。うん。確かにウイスキーが進みそう」
「え?飲みすぎはよくないから、このメニューは失敗?」
そんな事を言いながら、
「こっちは鶏肉です。玉ねぎに漬け込んであったのを焼いただけですけど。あと、アボガドとエビのサラダ。足ります?足りなかったらパスタ作るので行ってくださいね。トマトソースです」
器用にスプーンでパスタを巻きながら麻耶はニコリと微笑んだ。
「ありがとう」
そう言った芳也の顔をジッと麻耶は見ると、
「よかった。ちょっと顔が戻った気がします」
「え?顔?」
「はい。帰ってきた時、緊張したような強張った顔してたから」
そう言って麻耶はホッとした表情をした。
「そうかもしれないな。やっぱりこれだけの大きなイベントは疲れるよ。それにアイリの事もあるしな」
料理を口に入れて芳也はゆっくりと言葉を発した。
(そうだよね。まだ社長っていっても30歳にもなってないもんね……)
改めて芳也のすごさを感じて、
「お疲れさまでした」
ニコリと微笑んだ麻耶に、芳也も笑顔を向けた。
この温かい時間が続くなら、この恋心なんてどうでもいい。麻耶はそんな事を思った。