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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
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無事にOPENを迎えた週の日曜日。
「お先に失礼します」
「お疲れ!水崎。今日の式よかったな」
「ありがとうございます。主任はまだ今からナイトですよね?」
主任の奥野に声を掛けると、「ああ、良いお式にしてくるよ」さわやかに笑った奥野に、頭を下げると事務所を出た。
少し歩いたところで、後ろから聞こえた声。
「水崎麻耶さんですか?」
振り返るときちんとスーツを着た三十代後半に見える男性が立っていた。至極真面目な表情のその人に、麻耶は嫌な予感がする。
「あなたは?」
答える義務はないと、問い返す。
「答えて下さい」
「なぜ?」
こんな問答は無用な気がして、麻耶は一歩後ずさる。
「答えないなら肯定と見なします」
(意味がわからない)
麻耶の混乱する様子を、さらに確信に変えたようで、目の前の男性は淡々と言葉を紡ぐ。
「早坂アイリの使いです。少しお付き合い頂きます」
「私の意思とか予定とかは関係ないんですか!」
麻耶自身、こんなことをする人がそんなことを考えているわけもないと思うが、抗議の声を上げる。早坂アイリという女性と会う理由などどこにもない。
しかし、彼女の使いがどうして自分のところに来たのか、その理由は分かる気がした。
「それでどうしろと?」
「乗ってください」
淡々と話す男性に、麻耶はしかたなくため息を吐くと、黒の大きなワンボックスの後ろのスライドドアが開けられたことを確認して、。麻耶は車に乗り込んだ。
しかし、車の中にはアイリの姿はない。
「どこに行くんですか?」
てっきり車の中で話をするとばかり思っていた麻耶だが、なにも答えてくれない人に不安がよぎった。
車は二十分ぐらい走ると、ビルの駐車場に入っていった。
「ここは?」
「事務所です」
その言葉に、アイリの芸能事務所だと理解して麻耶は車を降りた。
ビルの六階。案内された小さな応接室のような場所へ通され麻耶は、しばらく一人にされた。
途中で女の人がお茶を持ってきてくれたが、それを手に付ける気にもならずこれから言われるだろうことに備えて、頭を巡らせていた。
不意にドアが開いて、不機嫌そうな顔をしたアイリが入ってきた。
明らかに、こんにちはと挨拶をして笑顔を向ける雰囲気ではない事がわかり、麻耶は立ち上がってすぐに座りなおした。
まっすぐに麻耶の前の席に座ると、アイリはじっと麻耶を見た。
「単刀直入に言うけど、今すぐあの家を出て」
(そうくるんだ……)
「なぜですか?」
内心は冷や汗が出そうなほど、緊張していたが麻耶はゆっくりと聞き返した。
「なぜって?そんなこともわからないの?彼が迷惑しているからでしょ?」
「彼が言ったんですか?」
「そうに決まってるじゃない!あなた家がないから芳也の側にいるんでしょ?これ……」
そう言って机の上におかれた封筒に麻耶は目を向けた。
「なんですか?」
「敷金礼金には多いくらいだと思うわよ」
その言葉に唖然として麻耶はアイリを見た。
睨むような目だったが、どこか悲し気に瞳が揺れていて麻耶は大きく息を吐いた。
「どうしてここまで?」
静かに聞いた麻耶に、アイリは声を荒げた。
「好きだからよ!ずっと好きなのよ!」
その言葉に麻耶も言葉を失った。
「ずっと、生まれた時から一緒にいたのに……なんで?なんで私の事をみてくれないの?」
呟くように言ったアイリからは悲しみだけが溢れていた。
「どうして今?」
「ようやく、仕事でもそばに行く機会ができたからよ。ずっと、芳也に近づく事は許されなかった。芳也は望まなかった。携帯も家も全部変えて、なんとか調べて行っても会ってもくれなくて……ようやく実力で仕事で芳也の側まで来たのよ。なのに……今度はあなたが邪魔をする」
麻耶は痛いほどアイリの気持ちが解り唇を噛んだ。
「お願い。私に芳也をちょうだい」
懇願するアイリに、麻耶もようやく言葉を発した。
「芳也さんは物ではないですよ。そしてごめんなさい。それはできません」
はっきりと、アイリの目を見た麻耶に、アイリも目を見開いた。
「あなた……本気なの?!」
「はい。すみません。私も芳也さんが好きです。譲れません」
芳也に頼まれたからこの言葉を言ったのか、本心なのか……自分でもわからなかった。
いや、解りたくなかっただけかもしれない。
しばらく無言の時間が過ぎた。
「でも、あなたの気持ちは報われないわ。芳也は誰も愛さない」
「え?」
それは何となくわかっていた事だったが、はっきりと他の人から言われ麻耶は呆然とアイリを見た。
「芳也は絶対にあなたの思いには応えない。芳也自身がそれを許さないわ」
「じゃあ、アイリさんはどうするつもりなんですか?」
静かに麻耶はアイリを見据えた。
「私との結婚はきっと芳也の両親にとってもいい話だと思う。きっとだからいつか芳也はその通り、望まれたようにするはずよ」
「そんな!芳也さんの気持ちは?」
「だから、芳也の気持ちはないの。芳也が望まないの。今はまだ決心がつかないと思うけど時期がきたらきっとそうするはず。その時にあなたの存在がマスコミとかにかぎつけられたらまずいのよ。わかるでしょ?そこまで馬鹿じゃないでしょ?」
アイリの言っていることは漠然とし過ぎていて、麻耶には何がなんだか分からなかった。
しかし、芳也が本当にMIYATAグループの御曹司で、アイリとの政略結婚が望まれたとしたら、芳也は誰も愛さないのならそうするのかもしれない。
ギュッと手を握って麻耶は口を閉ざした。
私の一方的な気持ちのまま、芳也と一緒にいていいのだろうか?
でも……。
麻耶はいろいろな気持ちが交錯して考えがまとまらなかった。
「とりあえずお話はわかりました。少し考えさせてください」
麻耶は軽く息を吐くと、アイリを見た。
その言葉に、アイリは意外にも頷いた。
麻耶はアイリと会ったことを芳也に話せずにいた。
4月に入り、芳也はOPENした式場の事もだが、新入社員が入る時期や新年度という事で忙しそうにしていた。
麻耶自身、話すべきかを推し測っていた。
そんな中、久しぶりに土曜日の夜は一緒に食事をしていた。
「今日は朝早く出たよな」
「朝一の式の担当だったんです。だから今日は帰りも早く帰れましたよ」
「そっか」
パクリと肉を口に入れた芳也に、
「あっ、ちゃんと野菜も食べなきゃだめですよ!」
すかさず言った麻耶に、芳也は顔をしかめた。
「人参嫌いなんだよ。どうしてこれだけ甘いんだ?それに大きい」
「子供みたいな事言わない!」
軽く睨まれて芳也はしぶしぶ肉じゃがの人参を口に入れた。
「ほら。美味しいって思えば美味しいんです。思い込みです」
「なんだよそれ」
麻耶はフフッと笑った。
「明日は?俺明日はそっちに行くけど」
「明日はちょっと大きな式の担当だから気を引き締めないと。2回転目のスカラ邸です」
「スカラの担当か……それは大変だな」
スカラと言うのは、4会場ある中でも一番大きな披露宴会場で150名まで招待客を入れられる。
その為、気を配ることも多く大変な担当だ。
「はい、気を引き締めて行きます。そう言えば初めて会った時にチャペルの見学をされていたお二人ですよ」
麻耶は思い出したように、芳也を見た。
「あのパイプオルガンを弾いていた時?」
「そうです」
「あのお二人か……本当に、お前仕事している時と、家にいる時は別人みたいだよな」
芳也もその時を思い出したように、しみじみと言った。
「どういう意味ですか?家ではダラダラでダメって事ですか?」
その言葉に芳也は笑う。
「まあ、そうだけど家が悪いとは言ってないよ。仕事の時は完璧によそ行きだろ?今はそれが笑えるよ。家だとお前って表情がころころ変わって面白いよ」
馬鹿にされた気がして麻耶は「芳也さんだって別人ですよ」そう言い返すとご飯を口に入れた。
次の日になり、麻耶は今日の式の山口夫妻を出迎えた。
「隆さん、沙苗さん、今日はよろしくお願いします」
麻耶は来館した山口夫妻を迎えると、にこやかな笑顔を向けた。
「水崎さん!緊張します……。昨日あまり眠れなかったし……」
目を見開いて麻耶の顔を見る、沙苗に麻耶はにこやかな笑みを向けた。