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一時帰宅の許可をもらってから数日後。

私とイザーク王子は馬車に乗って、森の中にあるヴァネサの家へとやって来ていた。


ちなみに、王宮からここまでは片道二時間ほどなので、今日は日帰りの予定だ。

イザーク王子は何かと忙しい身の上だし、何より王族なので、こんな何のもてなしもできない家に泊まらせるわけにいかない。


イザーク王子は「……俺は別に泊まりでも気にしない」と言っていたけれど、私が気にする。

あと、泊まったりなんてしたらアロイス王子に面白がられそうだから絶対に嫌だ。


必要な持ち物を手早くまとめて、ささっと家の中を掃除したらすぐに戻ろう。


そう思って家の中に入ったのだけれど、久しぶりの我が家に思いのほか懐かしさを感じてしまって、ついつい無駄にのんびりしてしまう。

イザーク王子も物珍しそうに部屋の中を見て回っていた。


「へえ……魔女の家なんて、もっとおどろおどろしい雰囲気かと思ったら、案外普通なんだな。よく片付けられているし」

「ああ、呪いを専門にする魔女とか、生薬好きの魔女の家は怖い雰囲気になりがちらしいですけど、ヴァネサはそういう系統の魔女ではないので。それに案外、綺麗好きなんですよ」

「なるほど、だからお前も掃除が得意になったというわけか」

「はい、その通りです」


二人でいつものように会話するけれど、この家にイザーク王子がいるなんて、なんだか不思議だ。でも、嫌な気分ではない。


(自分の家のことを知ってもらえるのが嬉しいような……。どうしてだろう)


最初はあんなに恐れていた冷血王子なのに、今では全く怖いとは感じなくなっていた。

魅了魔法で私のことを好きになったと思い込んでいるのを分かっているからだろうか?


(……ううん、たぶん違うわ)


たしかに厳しくて怖い一面もあるけれど、本当はそれだけじゃないと、今は知っているから……。


そばにいて、ずっと彼を見ているうちに、彼への印象はだいぶ変わってしまった。

もう冷血だなんて思わないし、こうやって里帰りさせてくれる良い上司だし、一緒に働けるのが楽しいとさえ思っている。


(……でも、もし魅了魔法の思い込みが消えてしまったら、私はどうなるんだろう?)


アロイス王子の魅了は不要だと言われたし、すぐお払い箱になってしまうだろうか。

それとも、前金の返済があるから、すべて返し終えるまでは今までどおり働かせてくれるだろうか。


でも、魅了の思い込みが解けたら、もう私と一緒にはいたくないと思ってしまうかもしれない──。


(……って、何を考えてるの! 思い込みを解くのはイザーク王子が望んでいることだし、解放されてまたこの家に帰ってこられるのが一番じゃない)


そう、それこそが最善の展開だ。ちゃんと分かっている。

……なのに、どうして寂しいだなんて感じてしまうのだろう。



私が急に黙り込んだのを見て、イザーク王子は私がホームシックになったとでも思ったのか、少し焦ったように声をかけてきた。


「お、おい、多少荷物が多くなってもいいからな。必要なものだけではなくて、愛着のあるものも荷物に加えていいぞ」


……本当に、イザーク王子は不器用でもこんなに優しいのに、どうして冷血王子だなんてあだ名がついてしまったのだろう。


「ふふっ、ありがとうございます。はい、大事なものも荷物に入れさせてもらいますね」


笑顔でそう答えれば、イザーク王子は少し安心したようだった。


「……そういえば、部屋の中に絵本や玩具が置いてあるが、小さい子供でも預かっていたのか?」


何気なく向けられたイザーク王子の問いに、私は思わずどきりとしてしまった。

動揺を気取られないように、落ち着いて答える。


「……それは私のですね」

「お前のもの? そんな子供の頃から魔女の元にいたのか?」


イザーク王子にどう返そうか迷ったけれど、もう変に誤魔化すことに疲れてきていた私は、正直にありのままを伝えることにした。


「──実は私、ヴァネサに買われたんです」

「買われた……?」

「はい、奴隷として売られていた私をヴァネサが買って助けてくれました」

「そんな……奴隷だと?」


イザーク王子の赤色の瞳が驚きで見開かれる。


「人身売買は禁止されているはずだ。しかも子供を売るなんて……」

「はい、たしかに国では禁止されています。それでも、裏ではそうしたことがあるみたいです」


……私は、一人ぼっちで泣いていたあの日のことを思い出す。



◇◇◇



寒村に生まれた私は、両親と三人で貧しいながらも穏やかな日々を送っていた。

でも、ある雨の激しい秋の日に、私の両親は魔物に殺されてしまった。


怖くて悲しくて寂しくて、家の中でひとりずっと泣いていると、突然男の人がやって来た。

知らない人だったけれど、村の人が心配して来てくれたのかなと思った。


でも、その男は私を乱暴に抱えると、外に停めていた馬車の荷台に放り込んだ。

そのまま私はどこかに連れて行かれ、狭くて臭くて暗い場所に閉じ込められた。


部屋には私以外の子供も何人かいた。

外の様子が分からないので、そこでどれくらいの時間を過ごしたのか分からない。

石のようなパンと水のようなスープを何度か食べた後、また例の男が現れ、私は闇市と呼ばれる場所に連れて行かれた。

ここで、奴隷として売られるのだと言う。


自分はこれからどうなってしまうのだろう。

誰にも助けてもらえず、奴隷として買われて、酷い扱いを受けるのだろうか。


そんな不安と恐怖に震えていると、私の目の前で、綺麗な女性が立ち止まった。


『その子供、あたしが買うよ』


それが、魔女ヴァネサとの出会いだった。




ヴァネサは男の言い値で私を買い、自分の家に連れ帰った。


『今日からここがあんたの家だよ』


そう言って、私をお風呂に入れ、清潔な服を着せて、温かい食事を出してくれた。


奴隷扱いはされなかった。



ある日、私はヴァネサに、どうして自分を買ったのかと尋ねた。


『奴隷なんて買うつもりはなかったんだけどねぇ。……あんたは、あたしが育てなくちゃって思ったんだよ』


……だから私はヴァネサに頭が上がらない。


私を救ってくれた彼女を見捨てることができない。

それは恩返しをしたいこともあるけれど、ヴァネサが私にとって大切な人だから──。



◇◇◇



私が話し終えた後、それまで黙って聞いていたイザーク王子は苦しそうに眉を寄せた。

そして、私をそっと抱きしめた。


「……過去に行けたらいいのに」


イザーク王子が私の耳元で呟く。


「俺が過去に行って、その奴隷商を捕らえてやりたい。……小さなお前を抱きしめて、守ってやりたい」


抱きしめられているからか、イザーク王子の声が身体の奥にまで響いてくる。


「……過去には戻れませんから。でも、ありがとうございます」


結果的に私はヴァネサに助けてもらえたから、過去を変えられたらとは思っていない。

でも、その頃の辛かった気持ちにイザーク王子が寄り添ってくれたことが嬉しかった。


(イザーク王子の腕の中、温かいな……)


無意識にイザーク王子の胸に顔を埋めると、イザーク王子が静かに言った。


「俺は決めた」


決めた? 何のこと?

気になって顔を上げると、私を見下ろすイザーク王子と視線が絡んだ。


「俺は今まで、ただ頂点に立ちたくて国王になろうとしていた。何のために国王になるのか、国王になって何を為そうかなんてことは考えていなかった。……でも、やっと今、目標ができた」


イザーク王子が私の頬を撫でる。


「この国を、すべての子供たちが理不尽な目に遭うことなく、幸せに暮らせる国にしたい。過去のお前を助けることはできなかったが、未来なら変えられる。お前が苦しんだ悲劇を二度と繰り返させない」


二つの美しい赤い瞳が、優しい熱をもって私を見つめる。


「……イザーク王子なら、きっと実現できます」


私は胸の奥から何か熱いものが込み上げてきて、そう答えるのがやっとだった。



冷血王子が「お前の魅了魔法にかかった」と溺愛してきます 〜でも私、魔力ゼロのはずなんですけど〜

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