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――それから、凛とは少しずつ距離ができた。
朝、目が合っても、彼女は目を逸らす。
昼休み、近くにいても、もう話しかけてこない。
帰り道、並んで歩くこともなくなった。
俺は、何度も言おうとした。「好きだ」って。
でも、そのたびにあの言葉が脳裏をよぎる。
「もう10秒、経っちゃった」
あれは、冗談じゃなかった。
たった10秒が、永遠に続く沈黙を作ることもあるんだって知った。
――季節が変わり、卒業が近づいた頃。
廊下の掲示板の前で、凛とばったり会った。
お互い、少しだけ背が伸びて、大人びていた。
「……久しぶり」
「うん。元気だった?」
「まあまあ」
そんな他人行儀な会話。でも、どこか懐かしい。
「ねえ、あの日のことだけど」
凛がふいに言った。
「今なら、もし“10秒以内に答えて”って言ったら、どうしてた?」
「……たぶん、迷わず『好きだ』って言ってた」
「そっか」
彼女は、少しだけ微笑んだ。その笑顔は、あの放課後と同じ、どこか切ないものだった。
「でも、あの時の“迷い”がなかったら、今の答えは出てこなかったと思う。そういう意味では、無駄じゃなかったのかもね」
「うん、たぶん……そうだな」
「じゃあ、バイバイ。……好きだったよ」
そう言って、凛は歩き出す。
(好き“だった”?)
胸が少しだけ痛んだ。でも、それ以上は何も言えなかった。
俺はただ、その背中を静かに見送った。
まるで、あの放課後の再現のように。
でも――今度は、涙じゃなくて、ほんの少しだけ風が心を撫でた。