テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……困ったわね」
怒っているというより、計算が狂ったときのような響きだった。
「あなたが誰と付き合おうと、本来なら口を出すつもりはないのよ」
だけど、と続ける。
「あなたの立場を考えると、許してあげられない」
その言葉に、晴永の眉がわずかに動いた。
「……どういう意味ですか」
清香はすぐには答えなかった。
代わりに、静かに言う。
「あなたには、私と同じ過ちを繰り返して欲しくないのよ」
部屋の空気が、わずかに沈んだ。
「そんなの……」
晴永は短く息を吐く。
「俺があなたと同じ道を歩むとは限らないって思えないんですか?」
「悪いけど……」
清香はあっさり頷く。
「あなたは私の息子だから……絶対にそうならないって思えない」
「俺は……あなたじゃない」
「分かってる。あなたは私とは違うわ。情に流されやすいところなんかは、嫌になるくらいお父さん似よ」
母親に似て計算づくで動くと言われるのも嫌だったけれど、そんな母を捨てて逃げた父に似ていると言われるのも複雑だった。
晴永はしばらく黙っていた。
やがて口を開く。
「……それでも俺は、俺が選んだ相手と結婚したい。母さんたちの言いなりになるのはまっぴらです」
清香は目を細めた。
「強く出るのね」
「もちろん、覚悟はあります」
晴永は言う。
「誰が何と言おうと、俺は自分が選んだ以外の女性とどうこうなるつもりはありません。――かつてのあなたのように」
しばらく沈黙が落ちた。
晴永はぐっと両の拳に力を入れる。
母が、なんだかんだ言いながら、出て行った父親のことを心の中で捨て切れていないことは知っていた。
ならば、自分の気持ちだって分かってくれるはずだと思ってしまう。
そこへ訴えたい。
「何が言いたいの?」
「子供のころ、父さんがよく惚気ながら俺に話してくれました」
絞り出すようにつぶやいた瞬間、清香の視線がわずかに動いた。晴永はそれを見逃さない。
「母さんだって……若いころ親が決めた見合いを断って、父さんを選んだんでしょう?」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わった。
清香はしばらく何も言わなかった。
やがて、静かに息をつく。
「……ええ」
否定はしない。
「そうね」
だが、その声は少しだけ低くなっていた。
清香は続けた。
「……でもね、だからこそ、よ?」
短い一言だった。
「どういう……意味ですか?」
晴永が問う。
清香は、ほんのわずか微笑んだ。
だがそれは、泣いているみたいに見える笑みだった。
「あなたは知らないのよ」
静かな声。
「好きな気持ちだけじゃ、守れないものがあるって……」
視線がまっすぐに晴永を射抜く。
「お父さんだって耐え切れなかったのよ? あなたが愛する女性だってきっと耐えられないわ。あなたが背負っているものは、それくらい大きなものなのよ?」
晴永はしばらく何も言わなかった。
だが、やがてゆっくりと顔を上げる。
「そのせいで想う相手と結婚できないっていうのなら……」
短く言う。
「俺は、すべてを捨ててもいいと思っています」
清香の目がわずかに細められた。
コメント
1件
はるながさんの覚悟にきゅん
凪川 彩絵
#独占欲