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ヘレンはやっとのことで、ノブレス・オブリージュ美術館の正門へ辿り着いていた。洋服は赤黒い雹が地面に落ちて砕けた際の血液で汚れ、真っ赤に染まった傘を折り畳みながら、こんな時間なので、モートも着いている頃なのだろうかと考えた。
外は未だに、黒煙が充満したかのように真っ黒だった。赤黒い雹が激しく降りしきっていて。館外は地獄のようだ。時折、地の底から聞こえてくるかのような呻き声が木霊している。
血がこびりついた頑丈な鉄柵の玄関を、両手に力を入れてやっとのことで開け放ち。全て地面へ倒れてしまった美術品や骨董品を避けながら、回廊を渡り、ノブレス・オブリージュ美術館のサロンへ行く途中で、ヘレンは不意にサン・ジルドレの言葉を思い出した。
(近々ノブレス・オブリージュ美術館とは盛大にご厄介になりそうですよ。その時は、どうかできるだけの歓迎をして下さいね)
ヘレンは身震いした。リッチーとなったサンは去り際に、確かにそう言い残していたのだ。今に襲撃が来るとしたら、モートがいないノブレス・オブリージュ美術館では、女子供もいるので、全く考えられないことだった。
ヘレンが広大なサロンへと大階段を降りる途中。階下から、ガラスが盛大に割れる音がした。同時に、大勢の悲鳴が聞こえて、何か大きな物体が這い寄る凄まじい音で耳を塞いだ。
あれは、一番頑丈で大きな嵌め殺し窓が割れた音だ。と、ヘレンが気付いた時には遅かった。サロンから大階段へと、大勢の逃げ惑う足音が下から聞こえてきた。高級な服を着こなした上流階級の人々や貴族たちが、この世のものとは思えないものに遭遇したかのような。恐怖で真っ白な顔をして、一斉に大階段を上ってきたのだ。
大勢の凄まじい恐怖による悲鳴で、ヘレンの身体の震えは限界になった。その時「これは一大事ですね!」と、よく知った声が聞こえたので、勇気を振り絞り、逃げ惑う人々のそれぞれの顔をよく見てみると、上流階級の人達や貴族たちのしんがりにオーゼムの顔があった。オーゼムは大階段を珍しく慌てて駆け上がっていた。
ヘレンは貴族たちを掻き分けて、オーゼムの傍に寄った。
「オーゼムさん! サロンで何が起きたのです?!」
「なんということでしょう? 六人の少女が全員死亡してしまいました! 即死ですよ!! ここも危険なんです!!」
「え?! 今、なんと?!」
「ヘレンさん! 今は逃げましょう! あと、一つだけ言っておきますが、階下を決して見てはいけませんよ!」
それを聞いたヘレンとオーゼムは、死に物狂いで階上へと駆け上がる。それと同時に階下から不吉な呻き声が上がった。得体の知れない冷気が漂い。あっという間に腐臭が大階段に充満した。徐々に広がる冷たい空気に、呼吸を荒げて走るヘレンは、その氷のような冷たい空気と腐った空気を嫌というほど吸い込んでしまった。
冷たく腐った空気が肺いっぱいに溜まると、途端にヘレンの血管が勝手に暴れだし始めた。目は充血し、激しい痙攣と共に、体の至る所が盛り上がった。筋肉が弾け飛び。暴れ狂った血液が外へと噴き出る。
大階段の豪奢な壁全体が、ヘレンの生血で真っ赤に染まる。
ヘレンは意識を失い。
倒れた。
だが、オーゼムが素早くヘレンに手を差し伸べた。倒れていたヘレンに触れると、途端にヘレンの身体中の筋肉が再生し始め、血液が沈静化していく。ヘレンが意識を取り戻す頃には、身体が元通りになっていた。
ヘレンは力強く。自らの生血で真っ赤に染まった絨毯から、再び立ち上がろうとした。が、その場で硬直した。
「……モート」
そう呟いたヘレンの顔には、絶望の二文字が浮き出ていた。何故なら、得体の知れない冷たい腐った空気のようなものが、大階段全体で無数の透明な化け物の姿となっていたからだ。実体化したのだ。オーゼムも険しい顔をして、口を結び。ぴたりと硬直してしまった。
と、その時。
階上から真っ黒な物体が得体の知れない化け物の中心に、飛び込んだ。ギラッと光る大きな銀の大鎌で、化け物たちをぶっつりと両断していく。得体の知れない化け物がそれぞれ悲鳴を上げ霧散していった。
「ああ、モート!」
生き返ったかのような喜びの声を張り上げて、すがるようにヘレンはモートに抱きついた。だが、モートはそのまま不穏な階下へと向かって行ってしまった。
しばらくすると、階下から激しい戦いの音がする。
そして、シンと静かになった。