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エルダス・ファミリー幹部クリューゲの腹心バルモスは焦りに焦っていた。起死回生の一手だった『暁』本拠地強襲はまさかの大失敗に終わり、動員した人員の大半を喪う結果となった。
なにより、幾らでも替えが用意できるチンピラではなく正規の構成員を多数失ったことが彼を焦らせていた。
構成員を多数失ったとなれば当然責任問題となり、バルモスが処罰されるのは誰の目にも明らかだった。
更に、生き残った者達は数日以内に次々と排除され、その状況は身を潜める彼自身の耳にも届いていた。
ここに至りバルモスは手を出すべき相手を間違えた事に気付いたのだ。このままでは例え『暁』の襲撃を生き延びたとしても、自分に未来はない。クリューゲによって処刑される未来しかないのだ。
なんとしても挽回したい彼は、贔屓にしている情報屋からもたらされた情報に飛び付いた。
『オータムリゾート』が各支店から売上金を集めて本店へ向かう馬車が数日の内に移動を開始して、ルートの関係から一度シェルドハーフェン郊外に出る。護衛はたった一人の少女のみだと。
明らかに怪しい情報ではあるが、最早バルモスに選択の余地は無かった。例え罠でも何らかの戦果を挙げて挽回しなければ進退どころか命が危ういのだから。
彼は残された自身の全財産をばら蒔き三十人の傭兵をかき集め、更に多額の報酬を約束して士気を高め馬車襲撃のため郊外へと移動していた。
情報通りだとしても護衛の少女は手練れの筈。ならば数の差で押し潰そうと考えたのである。
確かに普通の実力者なら三十人もの傭兵を同時に相手にすれば、太刀打ちできずに惨殺されるだけであったろう。そう、普通の実力者ならば。
もちろんバルモスが贔屓にしていた情報屋はとっくに『オータムリゾート』に買収されており、わざと情報を流したのだ。
警戒されぬように護衛は本当に一人だけ。『オータムリゾート』支配人リースリットの秘蔵っ子、レイミだけなのだから。そしてバルモスが罠に掛かったことを知ったリースリットは、ただ一言レイミに伝えた。
「うちを舐めたらどうなるか、そいつらの命を使って証明してやれ。後始末はしてやるから、出来るだけ派手にな」
この言葉を受けてレイミも殲滅を決意。十四歳になり心身ともに成長した少女は慈悲もなく剣を振るうことに躊躇はなかった。
皆様初めまして、レイミ=アーキハクトと申します。以後お見知り置きを。北方で修行を重ねていた私ですが、肝心の対人戦の経験があまり積めていない事に危機感を感じて、シェルドハーフェンに戻って来ています。
お姉さまと分かれた後、路頭をさ迷っていた私は偶然帝都に来ていたリースリットさんに拾われて『オータムリゾート』で育てられました。
前世では全く縁の無かったギャンブルの世界、そして暗黒街の歓楽街は華やかでした。しかし、時折風に混じる血や硝煙の匂いがこの街が普通ではなく治安も最悪であることを感じさせてくれました。
不謹慎ではありますが、それは前世で嗅ぎ慣れた臭いであり自分自身の力を試して強くなるには最適な環境であることを理解して歓喜したものです。
私はリースリットさん…リースさんの元で庇護を受けながら少しずつ自分に出来ること。転生特典の『魔法行使』について自己流で研究しつつ、前世で身体に叩き込まれた剣術を今の幼い身体に合わせるよう鍛練の日々を送りました。
当時リースさんは『オータムリゾート』の構成員の一人に過ぎませんでしたが、彼女自身の実力と何よりギャンブルで見せる出鱈目な豪運で伸し上がり数年で支配人の座を獲得したのです。目を見張る立身出世、私も我が事のように喜んだものです。
リースさんは私を我が子のように慈しみ愛を注いでくれました。いつもは男勝りで乱暴な彼女が幼い私のために四苦八苦しながら料理や家事をする姿は私の胸を暖かくして、その恩義に報いたいと心から思える程の愛を私に与えてくれたのです。
シェルドハーフェンを離れ二年間修行を行っていた時は心配をかけすぎてしまいました。それは反省すべきですね。
そして私も気付けば十四歳。前世の記憶はまだありますが、満たされている現世の記憶に上塗りされつつあります。
それそのものに不満はありませんが、忘れる前に私の知り得る地球の剣術、歴史、戦術理論などを全て書き留めて密かに保管しています。いつの日か役立つことがある筈ですからね。
さて、先ほどリースさんから伝令が来ました。どうやら獲物が餌に引っ掛かった様です。そして、遠慮無くやれとの事。ならば容赦は要りませんね。
私は馬車の荷台に隠れて時を待ちます。ちなみに積み荷は本物です。金貨、銀貨、銅貨がたんまり詰まった木箱が山積みです。
囮である以上ダミーを用意してくれた方が良かったのですが、信頼の証だとか。そんなことを言われたら、なにも言えません。
「なあ、本当に大丈夫なのか?今から伝令を出して応援を呼んだ方が良いんじゃないか?」
御者さんが声をかけてきます。今回の雇われさんです。心配なのも無理はありません。
「ご安心を、不安なのは無理もありませんが私を信じてください」
「……分かったよ、信じるさ」
半信半疑、ですね。無理もありません。私は所詮十四歳の小娘に過ぎませんからね。
「ん…」
背筋がゾクゾクするこの感覚、前世から何度も感じたもの。これは、殺気ですね。
「っ!?危ない!」
「なにを!?おわっ!?」
私は咄嗟に手綱を引き馬を停止させます。その瞬間倒れてきた大木が進路を塞ぎました。危なかった!危うく潰されるところでした!
「なんだ!?木が!?」
「隠れてください!後は私が!」
「おっおう!」
馬車から飛び降りながら叫ぶと、御者さんが荷台に隠れます。それを確認しながら私は腰の刀を抜きます。そう、刀です。北方で手に入れました。やはり前世で日本人でしたからね、日本刀は手に馴染む。なにより魔法を使えば強度は幾らでも高められますからね。
周囲を見渡すと、先ほどから感じた殺気が増しています。ん…。
「ヒヒヒッ、まさか本当に一人とはな。幸運の女神に微笑まれたかなぁ?」
下品な笑みを浮かべた細身の男性が現れ、その後ろにはたくさんの筋肉質の男性が武器を手に現れました。
「貴方がバルモスですか。この馬車と積み荷が『オータムリゾート』の所有物であることを理解した上での狼藉ですか?」
確認は大切です。
「当たり前だ。お嬢さん、悪いことは言わない。今すぐ逃げるなら命だけは助けてあげよう」
「笑止、そのような真似が出来ましょうか。こちらこそ警告します。今すぐに引き返しなさい。『オータムリゾート』を敵に回す意味を理解していますか?」
「ヒヒヒッ!金儲けだけで伸し上がった小娘など恐れる必要があるのかね?」
その言葉と同時に傭兵と思われる人々が一斉に武器を向けてきました。良かった、見る限り鉄砲は居ない。弓はあるけれど、剣と槍で装備していますね。
「分かりました、最早問答は無用のようです。お相手しましょう」
私は切っ先を向けながら間合いを図るのでした。