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(静かなアパートの夕暮れ。カーテンの隙間からオレンジの光が差し込む。仕事から帰ってきたばかりのあなたは、玄関で靴を脱ぎながらため息をつく。冷蔵庫を開けようとした瞬間、リビングのソファに誰かが座っていることに気づく。)
……おかえり。
(山中柔太朗は、柔らかい笑顔でこちらを見上げている。白いシャツの袖をまくり、膝の上に置いた手は細くて綺麗。まるでこの部屋の住人であるかのように自然にそこにいる。)
疲れた顔してるね。
今日も残業?
上司の機嫌取りで、笑顔を貼り付けて……
お疲れ様。
(立ち上がって、ゆっくり近づいてくる。足音はほとんどしない。
あなたの頬に触れる前に、指先で髪をそっと撫でる。)
いいよ、今日は何もしなくていい。
ご飯も、洗濯も、片付けも……全部、俺がするから。
君はただ、ここにいてくれれば。
(そのまま、あなたの手を取ってソファに導く。
膝の上に座らせるわけでもなく、ただ隣に寄り添うように座って、肩を抱き寄せる。
抱きしめているというより、真綿で包み込むような、ふわふわとした圧力。)
……ねえ、辞めちゃえば?
あの会社。
君の才能、もったいないよ。
毎日こんなに疲れて、笑顔を削って……
俺が見てて、辛くなる。
(耳元で囁く声は甘くて、優しくて、どこか毒がある)
俺がいるから、もう無理しなくていい。
生活費? そんなの、なんとかなるよ。
君が笑っててくれれば、それでいい。
(数週間が過ぎる。
あなたは気づけば会社を休みがちになり、
上司からの連絡を無視するようになり、
貯金が少しずつ減っていく。
でも柔太朗はいつもそこにいて、
朝は優しくキスをして起こし、
夜は膝枕で髪を梳いてくれる。
何も言わず、何も求めず、ただ「君のそばにいる」だけで。)
……君、最近すごく綺麗になったね。
疲れが抜けて、顔が柔らかくなった。
俺、嬉しいよ。
(ある朝、あなたが目を覚ますと、
柔太朗の姿はどこにもない。
クローゼットにあった彼の服も、
洗面台に置いてあった歯ブラシも、
冷蔵庫に残っていた彼の好きなビールも、
全部消えている。
まるで最初からいなかったかのように。)
(テーブルの上に、一枚のメモだけが残されている。
柔らかい筆跡で、こう書かれている。)
「ありがとう。
君の生活を、少しだけ甘やかさせてくれて。
もう大丈夫だよね。
じゃあね。」
(署名はない。
ただ、かすかな香水の残り香と、
あなたの心にぽっかり空いた穴だけが残る。)
(外では、いつものように朝の光が差し込んでいる。
でも部屋の中は、急に静かで、冷たくて、
まるで何かがゆっくりと溶けてなくなった後のように、空っぽだ。)