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麗は更衣室でビキニを着て後悔した。


(食べ過ぎた……)


朝からシャンパンが提供される異空間での朝食が美味しすぎたのは勿論、昨日からずっと食べてばかりいるせいである。

麗は水陸両用のパーカーを羽織り、しっかりとチャックを閉め、現実に蓋をした。


この封印は解いてはならぬ。封印が解かれるとき、オマエに災いが訪れるだろう。


麗は脳内に住んでいる老婆の巫女の予言をありがたく聞きつつ、更衣室から出ると、眼前に現れたプールの美しさに麗はまたしても感嘆した。もう麗は何度感嘆したら良いのかわからないくらいだ。

青のモザイクタイルが一面に貼られており、遠目で見ると大きな花が描かれていることがわかる。


そして、そのプールで先に明彦が泳いでいる。

麗が着替えて出てくるまで時間があったので、明彦は軽いクロールでウォーミングアップをしているというところだろうか。

明彦がゆっくりと、あまり水飛沫を立てず、しかし美しいフォームで、一番端まで到達し、顔を上げる。

そして、遅れて更衣室から出てきた麗を見つけてプールから上がってきた。


水で濡れた髪を手でかき上げ、ほどよく日焼けしている筋肉のついた体を惜しげもなく晒して、プールサイドを歩いて麗に近づいてくる。


まさに水も滴るいい男である。


明彦の後ろで世界で最も権威のある音楽賞を受賞した歌手が、ポップな曲を生歌で披露していてもおかしくないくらいにはセクシーだ。


(正直、こっちに来ないでほしい)


麗は、素晴らしいモノを見ると人間というものは一斉におお! と本当に感嘆の声を上げるのだなと、プールの先客で、家族や友人、カップルでグループごとにポツポツと固まって座っている中の女性陣だけを観察して思う。

そして、その素晴らしいモノが連れている相手が自分だとバレるのは、明彦が女性に見られることを見ることに慣れている麗でも勘弁して欲しかった。


「麗、プールはさほど冷たくはないが、足からゆっくり入れよ」

母親か小学校の先生が子供にかけるような言葉を告げながら、明彦が麗の前に着いてしまった。

「はーい」

麗が返事すると、明彦を見ている女性達が囁く声が耳に入ってくる。sisterとか妹とかメイメイとか。

多分メイメイは中国語で妹という意味だろうなと麗は察した。


それにしてもメイメイという呼び方は……

「パンダみたい」

実際、現状の麗は大熊猫みせものになっているが。

「パンダが見たいのか? なら、コンシェルジュに動物園の場所を聞こうか?」


違う、そうじゃない。

パンダは見てみたいが、そこではない。


「ちゃう、ちゃう。さっき聞こえてきた中国語がパンダの名前みたいで可愛いなって思っただけ」

麗は手を横に振った。

「そういえば、なんでパンダの名前って漢字の繰り返しか、浜をつけるんかな? 折角、日本で産まれたんやから花子とか太郎でもええと思うねん」

明彦の横にいることが嫌であることがバレるのは申し訳ないので、誤魔化すために言ったことだが、実際、麗がパンダの話題のニュースを見るたびに思っていたことでもある。


「漢字を繰り返す名前は、日本で最初に中国から海を渡って来てくれた二頭のパンダがそうだったから、それに倣ったためだ。そして、浜が名前に着く方は、海辺にある動物園にいるパンダだ。パンダは気に入った笹でないと食べてくれないから、飼育員は笹の調達に苦労しただけでなく、ちょっとしたストレスで病気にもなりやすい。それを乗り越え妊娠出産しても、今度はパンダの多くが双子で産まれてきて、弱い個体が育児放棄されやすい。それでも、母パンダに可愛い赤ちゃんパンダを二匹とも育ててもらう方法を飼育員が諦めずに模索した結果、その海辺の動物園は中国に次ぐ繁殖技術を持つようになり、そこにいるパンダは血の繋がった大家族になることが出来た。つまり、浜が名前に着くのは海辺の動物園で産まれた証なんだ」


思っていたよりもずっと詳細で長い回答に、麗の頭の中でプロジェクトパンダ。とエコーのかかったナレーションが響く。

地上の星の飼育員はとても苦労したようだ。


「へー」

麗はただの雑談のつもりだったのに、やけに明彦がパンダ情報に詳しいことが気になった。パンダ通とでも言おうか。

「パンダが気になるなら、今度観に連れて行ってやるよ」

「……楽しみにしとくわ」


これまでお付き合いした女性の中でパンダ好きがいたのかなと思うと深く聞くのも憚られ、麗はしっかりとアキレス腱を伸ばした。

プールに入る前にちゃんと準備運動をしておかなければならないからだ。





折角のプールだからと、麗は明彦に向けられる女性達の視線を気にするのは止めようと、明彦からそっと離れて泳ぎはじめた。


プールに入るのは何年ぶりだろうか。

高校の授業が最後だった気がする。だからだろうか、イマイチ上手く前に進まない。高校のころはもう少し早く進んだような気がする。そもそも、泳ぐのって結構疲れる。


「麗っ!」

突然、麗は誰か、明彦だ。明彦に後ろから持ち上げられた。

「大丈夫かっ!?」

後ろから抱き締めてくる明彦の顔を覗くと、見たこともないくらい焦っていた。


「何が??」

何故、明彦がこんなに必死な顔をしているのか麗にはわからなかった。

「溺れてたろ!?」

「ううん、泳いでた」

「あれで……?」

つまり、麗は明彦に溺れているのと勘違いされて救助されたようだ。

「悪い。右手と左手がせわしなく前に出て、進みもせずに足が沈んでいったからまさか泳いでいたとは思わなかった」

麗は謝罪されながらディスリスペクト、つまりディスられている気がした。

「私、クロールしてたやん」

麗は体を下ろしてもらって明彦と向かい合い、ちょっとむくれた。

「それは絶対に嘘だ。お前はまるで、大阪湾に沈められている途中のようだったぞ」


麗のクロールにはやくざが登場したらしい。

ドラム缶とコンクリートが登場しないだけ、まだましだと思いたい。


「いいか、クロールってのはな、簡単に言うと両手で交互に水を掻き、両足を交互に上下に動かすんだ。まずは足の動きからやってみようか。足の先だけを動かすんじゃなく、太股から動かすように意識してみろ」

(しまった、アキ兄ちゃんの教師モードが発動してしまった)

結局のところ明彦は、俺はお前の兄じゃないとか言う癖に何だかんだ面倒を見ようとするのだ。

麗は、この関係性は明彦のせいでもあると思ったが、口答えすると指導が厳しくなるので、黙ってプールのヘリを持ってバタ足を始めた。

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