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──十二月。
朝の空気は、もう冬の匂いが混じっていた。
吐く息が白くなって、手袋が欲しくなる季節。
放課後の図書室は、クリスマスの飾りつけも少しずつ始まっていて、 静かに冬の気配を漂わせていた。
先輩は、分厚い参考書を机いっぱいに広げて、鉛筆を走らせている。
眉間に少し皺を寄せて、ページをめくる手は止まらない。
「先輩……また長時間ですね」
「……あぁ、もう入試も近いからな」
「頑張ってください」
「ありがとう。でも、紬がいると頑張れる」
先輩の言葉は簡単だけど、温かかった。
私が黙って机の向かいに座ると、時々視線を投げかけてくる。
その度に、胸の奥がぎゅっとなる。
鉛筆の音とページをめくる音だけが、図書室を満たす。
外の空気は冷たいのに、ここだけは少しあたたかい。
冬の光が窓から差し込んで、先輩の肩や髪を明るく照らす。
「ちょっと休憩しよっかなー」
先輩は参考書を閉じて、少し伸びをする。
手を差し伸べるでもなく、ただ同じ空間で並んでいるだけでも、 心がほっと温かくなる。
「冬って、寒いけど、静かでいいな」
「図書室だから、余計に落ち着きますね」
「そうか。紬がいると、なおさら落ち着く」
笑う先輩を見て、私は小さく笑った。
昨日までの自分なら、ただ本を読んでいるだけの時間を、 こんなにも大事に感じることはなかったかもしれない。
外では、風が木の葉を揺らし、初冬の匂いが漂う。
放課後の光は短く、影が長く伸びる。
それでも、二人でいるこの時間は、ずっと続いてほしいと思った。