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気がついたら白い病室にいて、ベッドの上で目を覚ましたユキナリ。ほのかに錆び付いた臭いのするその空間で、一通の手紙を見つける。その手紙には、『おかえり ユキナリ ずっと まっていた みんな おまえを ーーーーー』っていう言葉が血文字で書かれていた。
何とかしてここから脱出しなければ、とユキナリは部屋に置かれていたランタンを片手に、部屋を飛び出すが…。
…っていう、探索型脱出ゲーム。
ユキナリ
ある日突然拉致された。25歳。
地下四階から地上に脱出するために、四階から現れる異形から逃げるという詰みゲーさせられることになる。
誰に捕まっても人外の仲間入りだが、地上まで逃げ切っても、必ず捕獲される。
ネタバレ
実は元施設の職員で四人のメンタルケア担当だった。2年前に退職済み。本人はさっぱり忘れている。
ショウマ
27歳。
『毒蛇【スネイク】』
・地下四階(サナトリウム)の住人
・噛まれると毒が注入される。即死級から軽いものまで自由自在。
・目が合うと動けなくなる。メデューサ的な。
・下半身が蛇。ナーガみたいな。
・移動がめっちゃ早い。
概要
ユキナリが一番初めに会う人外。気さくな様子で話しかけてくるが、目を合わせると硬直状態にされて、そのままペロリと食べられてしまうため、話を聞かずに背を向けて走って逃げたほうがいい。
仮に捕まった場合、逃げられないように締め付けられて、思い切り噛まれた後、長期間…され続けることになる。卵ができるまで。
ちなみに、ユキナリの後を勝手についてくるがもう邪魔をする気はないらしく、助言をくれたり、情報をくれるようになる。
ただし、ユキナリが脱出しようものならば背後から抱きしめて噛み付いて、(とても不服だが)四人で共有する。
リンタロウ
18歳。
『食虫植物【アルラウネ】』
・地下三階(ビオトープ)の住人。
・顔半分を隠すように虹色の花が咲いている。
・基本的に本体であるリンタロウはそんなに動けない。
・その代わりに甘い香りやら胞子やら触手やらを出す。
・食虫植物みたいな感じ。
概要
じっとして動かない(というか動けない)人間の少年の姿をしているので、同じ境遇の仲間だと思って近寄ると、ぱっくりと地面から食虫植物に捕らえられ、服を溶かされる。そして、様々な効果のある胞子やら蜜やらを与えて…って感じ。
対策も何も近づかずに素通りすれば良い。向こうが何を言ってきても無視。心が痛むかもしれないけど。ここで折れたらめしべ(意味深)にされる。
トモヤ
20歳
『人魚【マーマン】』
・地下二階(アクアリウム)の住人。
・歌声が綺麗だが洗脳効果がある。
・最終的に水の中に沈める。本人に悪気は一切無い。
・魚の尾ヒレと鋭い牙が特徴。
・陸の上は歩けない。足がないので。
概要
水中にいる。ユキナリは泳げないので手漕ぎボートで移動する。歌が聞こえてきた場合、ボートが転覆し、トモヤに抱きしめられた後、本人にそんな意図がなくても溺死させられるので耳栓をしておくこと。
行かないでって、泣きながら腕を掴んでくるかもしれないけど、拒絶するべき。ちょっとでも足を止めたら、引きずり込まれて思い切り鋭い牙で噛まれて、水中で…ってなる。
コウ
21歳
『蜘蛛【スパイダー】』
・地下一階(研究・実験階層)の住人。
・手から蜘蛛の糸を出す。捕獲のためのネバネバした糸や、フックショットできるほどの伸縮性のある糸や、生き物を切断出来るくらい丈夫な糸まで自由自在。
・蜘蛛の巣の中に捕まえる。
・8本の足(人間の足+蜘蛛の脚)が特徴。
・ジャンプ力が超人級。落下無敵アリ。
概要
初見殺し。一番最初の部屋に一定時間いると蜘蛛の糸で雁字搦めにされる。そして、本来の本拠地の巣に連れて行かれた後、食われる(意味深)。
一階には様々な罠が張り巡らされていて、引っかかると捕獲される。蜘蛛の巣に引っかかった蝶みたいに。そして足の腱を切られる。もうどこにも行けないように。
全体的に蜘蛛の巣だらけで、時間が経過した血の臭いがほのかにする。
地下4階
サナトリウムフロア
サナトリウム→療養所
汚れた白と変色した赤で染まった壁と蜘蛛の巣だらけの療養所。
まだ使えるものも多いが、巨大な蛇が闊歩指定空間。ユキナリが目を覚ました部屋もここ。
ショウマは基本的に隠れ鬼のスタンスで、ユキナリを探し、追いまわす。ただ逃げるだけではユキナリの体力の方が先にへばるので、死角を利用し適度に隠れること。
地下3階
ビオトープフロア
ビオトープ→生物空間
雑草とよく分からない花や木々でいっぱいの空間。蝶々が飛んでいて、甘ったるい匂いがする。罠だらけである。
ショウマはついてきてはいるものの、基本的に決まったところに待機していて、ユキナリが階層を上がるたびにいつの間にか移動している。
リンタロウのことをショウマから聞いておけば回避できる。ただしリンタロウも本体は動けなくとも触手は動かせるので、それから死ぬ気で逃げ切ること。
ちなみにリンタロウに会う前にショウマが『蝶を取っておけば?』と言ってくるので、渡された虫取り網と虫籠で蝶々を取っておくこと。
地下2階
アクアリウムフロア
アクアリウム→水族館
深い青の水で満たされた水槽をボートで移動する。トモヤが歌を歌っているが聴くと洗脳されるので、ショウマから耳栓をもらっておくこと。
魚釣りをして、鍵を飲み込んだ魚を回収する。釣った魚はスタッフ(ショウマ)が美味しくいただきました。
泣きながら腕を掴まれるかもしれないが、死にたくないのであれば拒絶する勇気を持つこと。
地下1階
研究・実験フロア
おそらくこの施設の核。今まで会ってきた人外と自分自身の真実を知ることができる。…蜘蛛の狡猾な罠に引っ掛りさえしなければ。
難易度はルナティック。即死級の罠に加えて、コウ自身が鬼ごっこするためである。蜘蛛にできることはコウもできるので、糸を飛ばしてきたり、ジャンプで移動したり、突然上から現れたり…向こうも本気である。
ビオトープフロアで得た蝶々は身代わりになる。使いどころをよく考えて使用すること。さらにいえば、蝶々の身代わり作戦はコウを苛立たせることと同義なので、最後の鬼ごっこの難易度がブチ上がるため、使い過ぎには注意。
・ここから小説もどき
・バッドエンド
部屋飛び出したユキナリの耳に入ってきたのは、どこか呑気そうな男の声だった。
「おーい、そこのおにーさん。迷子ー?」
視線をそちらに向けると、赤毛で黒いスーツが最初に目に入り、
「…ははっ」
妖しく光る金色の瞳と目が合った瞬間、…ユキナリは石のように動けなくなった。
「(な、何…!? 声も出せない…!?)」
「あーあ、目を合わせちまったなあ?」
ケラケラ笑う男がシュルシュルと這いずるような音を立てて、ユキナリに近寄った。
薄暗い空間で気づけなかったが、男の下半身は巨大な蛇の尾だった。
「動けなくてビックリしてるんだろ。メデューサみたいなもんだと思えば良いぜ。俺男だけどな!」
逃げ出す事も、その言葉に反応する事も叶わずに、ユキナリは男の言葉をただ聞くしかなかった。
「安心しろよ。ちょっと経ったら動けるようになるからさ」
男はユキナリを抱き抱え、先ほどとは違う病室に向かう。その部屋はユキナリが目を覚ました部屋よりは、ある程度清潔だった。
男がとぐろを巻きながら、ユキナリを締め付ける。正直苦しかったが呻き声もあげららなかった。
「ま、その間に俺との卵が腹の中にあるだろうけどな」
ちろり、と蛇のように二つに裂けた長い舌が、動けないユキナリの頬を味見するように動いた。
・正規ルート
ユキナリはその目より先に足を見た。
本能的に危機を感じ、だっと走り去る。
男はあっけらかんとしていたが、すぐにニっと笑い、舌舐めずりをした。
「…へえ、俺の足見てすぐ逃げるとか。やっぱ、違うなあユキナリは!」
愉快そうな声に追随するように、蛇の尾もまた揺れた。
「じゃあ楽しもうぜ?」
金色の瞳がキラリと光る。
「捕まったらどうなるかなんて、分かり切ったことだよなあ?」
さあ、鬼ごっこの始まりだ。
あの蛇男から逃げ切った先には、緑広がる異空間だった。先ほどが療養所であり、薄暗かったため、いきなり明るい空間に戸惑うものの、振り切ったはずの目の前にいる蛇男にユキナリは腰を抜かした。
「すげーじゃんか! 俺から逃げ切るなんてさ!」
そんなユキナリの様子を気にもせず、蛇男は気さくに話しかけてきた。
背後に逃げようとしても、もう扉は開かなかった。
「ん? いやもう追いかけようとは思ってねえよ。ユキナリくんは脱出出来るのかなーって、心配になったからさ」
「ほ、本当ですか…?」
「邪魔なんかしねえって! 何だったら手助けしても良いんだぜ」
信じて大丈夫だろうか。
ちょっとでも隙を見せれば、食べられてしまうんじゃ…という不安を隠さずに表情に出した。
「うーん…じゃあ、こうしようぜ。一緒に探索はできねえけど、行き詰まったら何でも聞いてくれよ。答えられる範囲で、答えてやるからさ」
それなら良いだろ?
そう言って、男はユキナリからあっさり離れていく。
「あのっ!」
「どうして、俺の名前を?」
「…あっ、そっかそっか! 俺、自己紹介してなかったな! 俺はショウマ。さっきの階の住人なんだ」
答えになっていない。
ショウマは困惑するユキナリに笑みを向け、蛇の尾を揺らした。
「ま、ここから出るまでの付き合いだからよろしくなー?」
蜘蛛の巣が視界の隅で揺れた。
・バッドエンド
緑が詰め込まれた箱庭のような空間を探索していると、強く甘い匂いがユキナリの鼻に届いた。
「何だろ…この匂い…」
引き寄せられるように、匂いのする方へと歩いていくと、
「…た…す…け…て」
少年が倒れていた。
「っ!? だ、大丈夫!?」
少年の元へ、急いで駆け寄ろうとした途端、
ばかり、と地面から『何か』に呑みこまれた。
「えっ!? な、何これ…!?」
服が徐々に溶けていく。このままだと自分も溶かされるのではと、どうにか抜け出そうとユキナリがもがいていた。
「…なーんてね♪」
どこか嘲笑うようにそう言って、少年は立ち上がった。
「き、君は…」
「ああ、ごめんごめん♪ 驚かせちゃったかな?♪」
少年の顔を隠すように虹色の花が咲いていた。ウネウネと背から緑の蔓が揺れていた。…ショウマと同じように、人間ではない。
「服とか受粉させるのに邪魔だったから、溶かしちゃった♪」
ユキナリを捉えたままのハエトリグサのような植物を引き寄せ、怯えて震えているユキナリの頬に触れた。
「あはは、震えてるね?♪ 大丈夫だよ。今に気持ち良くなるからさ♪」
見たこともない花が咲いていく。胞子が飛び、甘ったるい匂いがユキナリを酔わせていく。
「う…あ…」
「ユキナリくんならきっと、綺麗な花になると思うよ♪」
少年はアメシストのような瞳を妖しく光らせながらも、どこか花のような笑みを浮かべ、震えるユキナリの身体に蔓を伸ばした。
・蝶々取り
ユキナリが探索していると、何かが風を切るような音が聞こえてきた。
「あ、ユキナリくん」
「ショウマさん…何してるんですか?」
音のする方へと進んでみれば、ショウマが虫取り網で夥しいほどいる蝶々を一匹ずつ捕獲していた。
「蝶々取ってんだ。結構楽しいぞ。ユキナリくんもやってみる?」
「え、遠慮しておきます…」
「そうは言わずにやってみ?」
「あ、はい…」
ショウマに勧められて、ユキナリは網を使い、蝶々を四、五匹捕獲した。
「良いんですか? この虫籠使っちゃって…」
「大丈夫、大丈夫。まだ籠はたくさんあるしな」
蝶々を持たされたが何処かで役に立つのだろうか。
ユキナリは首を傾げながら探索を再開した。
・正規ルート
素通りしたユキナリが去って行ったのを確認して、少年…リンタロウは立ち上がった。
「…あーあ。行っちゃった」
蔓を揺らしながら、はあとため息を吐いた。
「こういう時に動けないのが嫌になるよね」
人間だった頃は当たり前に出来ていたことが、植物になった今では出来なかった。
「…人間のままでいられたら良かったのに」
過去のことを何度も思い出した。だけど、今が変わるわけではない。
「そしたら、抱きしめたまま離さずにいられたのに」
それでも、考えずにはいられない。
どうして彼だけが、と思わずにはいられない。
「…見てたんでしょ? 彼に伝えといてよ」
蜘蛛の巣に向かって、リンタロウは振り返らずに告げた。
「ユキナリくんは、何も覚えてないってさ」
偽りの太陽の光が、心地よいこの空間で、リンタロウは欠伸をした。
「…これ、渡しといて」
その人物に差し出したのは、笹舟。
「ユキナリくんがお前の背中にくっつくとか許せないから」
そう一方的に告げると、リンタロウはいつもの場所に戻った。
・笹舟
先ほどのフロアとは違い、その空間は水で満たされていた。深い青が目前に広がり、ユキナリは唖然とするものの、このままだと移動できないことに気がついた。
「笹舟ならあるぜ」
「そんな小さな舟じゃ沈んじゃいますよ…!」
笹舟を差し出すショウマにユキナリは何言ってるんだこの人と、ありえないものを見る目で見た。
「んー、じゃあ俺に乗るか? 乗り心地は保証しねえけど」
蛇は泳げる。しかし絶対にユキナリは濡れるし、下手をすれば落ちる。
「…この笹舟はさ、お前のことを助けたいってやつから預かったもんなんだ。自分じゃ渡せないからって」
すげえ不服そうな顔してたけど。
そう言って、ショウマは笹舟を水にそっと浮かべた。みるみる人一人乗れる大きさになった笹舟を呆気にとられて、ユキナリは驚きの表情で見つめていた。
「ほら、これなら移動できるだろ? 準備ができたら乗りな? 大丈夫。沈んだりなんてしねえって」
ここに迷い込んでから、おかしなことばかり起きている。そんな非現実的な状況に慣れ始めている自分がなんだか滑稽だった。
ある程度準備を終えて、ユキナリは恐る恐る笹舟に乗り込もうとした。
「ショウマさんは乗らないんですか?」
「…俺? …あー、俺は良いよ。だって、流石に今の俺が乗ったら沈むだろうし。せめて、人間だったらギリいけたかもな」
ユキナリのその言葉にショウマは一瞬目を丸くして、自嘲気味に笑った。
「…人間、だったんですか?」
「お、意外かな? 人間でいた時間よりも、化け物でいた時間の方が長いからな。あと、俺は今蛇だから結構泳げるんだぜ」
ユキナリが乗ったぷかぷか浮いている笹舟を、後ろから押すショウマが海蛇みたいに泳いでいく。
小魚がキラキラと反射していた。
・バッドエンド
ショウマが向こう岸まで運んでくれたおかげで、櫂を見つけることができて、ユキナリ笹舟に乗りながら探索を続けていた。
「—————————♪」
「(歌…? 綺麗な声だ…)」
聞いている内に、身体に力が入らなくなっていく。ぼやけていく視界の先で、岩に座って歌っている人物が見えたような気がしたが、ユキナリは笹舟から転覆し、水の中にドボンと落ちた。
「ごぼっごぽっ!?(お、溺れる…!?)」
ユキナリは泳げない。背泳ぎしかできない。だからパニック状態に陥り、溺死しかけていた。
そんなユキナリに気がついたのか、岩から降り、すいすいと近づいてきた魚影が、青い瞳を輝かせた。
「わっ! ユキナリくん! 水の中に来てくれたんだね!」
「ごぼぼ!?(え!? 何!?)」
ユキナリにはその人魚が何を言ってるのか分からなかった。
「ずっと一緒に泳いでほしかったんだ! ふふ、やっぱり歌って良いね。気持ちが一番伝わるんだもの」
「ごぼぼ〜!(苦しい〜! 息ができない!)」
はしゃぎながらユキナリを抱きしめる人魚に、ユキナリは死にそうになっている。
「…あ、でもユキナリくん人間だからエラ呼吸できないや」
思い出したように人魚が水面にユキナリを持って上昇した。
「ぷはっ! ごほっ…げほっ…」
「そういえば交尾したら人魚にできるって、コウさん言ってたよね…」
人魚から逃れようとユキナリはもがくものの、しっかりと抱きしめられたままだった。仮に人魚が手を離したらユキナリはまた溺れることになる。頼りの笹舟はもう沈んでいた。
「ユキナリくんも人魚になりたかったのかな…」
ユキナリを抱えながら、人魚は何処かへと泳いでいく。ユキナリはどうすれば良いんだと考えているがどう考えても詰んでいた。
「すごく嬉しいなあ! これからはずっと一緒だね!」
その人魚の笑顔に既視感があるのは、何故なのだろう、と思いながら、現実逃避するようにユキナリは目を閉じた。
・魚釣り
耳栓を見つけ、付けながら探索をしていると浮島でショウマが何かしているのが見えて、ユキナリは近づいた。
「何してるんですか?」
「魚釣りだよ。鍵食った魚を釣ろうとしてんの。ユキナリくんもやろうぜ」
「そうですね」
そういえば、瓶の中に入っていた紙には大きな赤い魚に鍵を食べさせたと書かれていた。ここから出るためにもその魚を捕まえなければならない。ちなみに虫取り網では、流石に深い水槽の中にいる魚を捕らえるのは難しかった。
道具を貸してもらって、ユキナリはショウマの隣で釣りを始めた。
***
数分後。
「あっ、釣れました!」
「おお〜、大物じゃん」
やっと目当ての赤い魚を釣ることができたものの、困ったことがあった。
「でも俺、魚の捌き方知らないです…」
「…あー、だよな。うーん、ちょっと意地きたねえけど、仕方ないよな。…よし、その魚貸してみ?」
言われるがままにその魚を差し出すと、ガブリ、とショウマはその鋭い牙で魚の腹を食い破って、
「もぐもぐ…んぐっ!?…ペッ…!」
鍵を吐き出した。
「…わりー、ちょっと噛んじまった」
「…だ、大丈夫です」
その鍵を洗い、次の階層への扉がある島に向かった。
・バッドエンド
もう耳栓は必要ないだろうと、ユキナリが耳栓を外すと、何者かの声が聞こえてきた。
「お願い…! 行かないで…!」
人魚、だった。
水中で生きるのに適した肉体であるのにも関わらず、陸にいるユキナリの方へと這っている。
どこか既視感のある青い瞳にドキッと心臓が鳴る。
「君がいなくなったあの日から、僕はずっと待っていたんだ!」
ずり、と這い寄る。
「必ず帰ってきてくれるって、また一緒にいられるって、信じてたから…!」
水が、それに合わせて広がる。
「僕を置いて、行かないで…もう、忘れないで…!」
その声に耳鳴りがする。その声に頭痛がする。聞いてはいけない。これ以上ここにいてはいけないと、警鐘が鳴り響く。だけど、ユキナリの足は動かない。
「僕が人間じゃないから? 人魚になったから? だから君は僕に冷たくするの? あんなに一緒にいてくれたのに! あんなに優しくしてくれたのに! 全部、全部、覚えてないって言うの…? …そんなの、そんなの…!」
ガシっ、と強く掴まれて、恐ろしいほど冴えた青い瞳と目が合った。
「ゆ る さ な い」
その言葉を最後に何があったのか、ユキナリは覚えていない。
・正規ルート
念のため、部屋を出るまで耳栓をすることにしたユキナリ。迷いなく真っ直ぐ次のフロアへと歩を進めるその後ろで、人魚が這い寄っていた。
「嫌だ…」
それでも、歩く人間と這う人魚では、距離がどんどん広がっていく。
「嫌だよ…」
人魚が必死に声を上げる。
「行かないで…」
ユキナリは気付かない。
「何か言ってよ…」
悲痛な声で呼び掛けても、距離は縮まらず、歩みは止まらない。
「せめて、振り向いてよ…」
ユキナリが次のフロアの扉にたどり着いた。鍵を、開ける。
「ねえ、ユキナリくん…!」
人魚は最後に振り絞るように声を上げるも、ユキナリは気付くことなく、扉を閉じた。
・バッドエンド
最初の部屋から出ることをどこか憚られたユキナリはどうするべきか思考していた。
「ここから出ないのか」
突然背後から声が聞こえた。
「っ!?」
「ならちょうど良い」
咄嗟に振り向く前に、全身が糸のようなもので縛られる。
「手間が省けた」
ニヤリ、とミントブルーの瞳が笑った。
***
…数日後。ビオトープフロアで蛇と蜘蛛がいた。
「コウくんってさ〜、蝶々ばっかり食べてるよな」
「それの何が悪い」
ショウマが蝶々をボリボリ食べているコウに話しかけた。
「俺は別に悪いとは思ってねえよ? ただリンタロウくんがムスッとしてるからさ〜」
リンタロウは基本的に水と日の光があれば、生きていけるが普通に虫も他の生物も食べる。ただし、蝶々は見てて楽しいので食べない。自分の咲かせた花と戯れている様は癒しだと、トモヤに語っていたのをショウマは知っている。
しかし、コウが小腹が空いた時にその芋虫から丁寧に育てた蝶々たちをスナック感覚で食べに来るので、追い払えないリンタロウは怒っているのである。
「別に他の虫が食べれないわけではない。食べる気が起きないだけだ。お前だってそうだろ」
「確かに…小動物もカエルも卵も料理しねえと無理だな」
たまに生のまま呑み込むが。何故ならば、蛇の本能が勝つ時があるのである。それは他の面子もそうだ。トモヤも魚を食べるし。
「…って、あれ? でも、コウくんは蝶々をそのまま食べてね?」
飛んでいる蝶々を蜘蛛の糸で捕獲して、じっと見つめてから貪っている。
「ああ、それは…」
その方が楽しいからだ。逃げられないと分かっているのに、足掻く様がとても可愛らしいから。
そう言うコウが浮かべている表情は、随分と悪い笑みだった。
「あははっ! 趣味悪いな!」
自分のことを棚上げして言っている。
「で? ユキナリくんは?」
「俺の巣にいる。自由に歩き回られては困るからな」
グルグル巻きにして、蜘蛛の巣に寝かせている。
「まだ俺たちみたいになってねえってことか?」
「…お前たちが一致させないからだろ。どいつもこいつも、花だの人魚だの…統一性が無い」
「そう言うコウくんだって、ユキナリくんには蝶々になってほしいんじゃねえの?」
蜘蛛の巣に繋がれたユキナリが蝶々になった姿を思い浮かべて、コウは眉間にシワを寄せた。
「…涎が出るからそれ以上言うな」
あまりにも、美味しそうだから。
・バッドエンド
「捕まえた」
蜘蛛の糸が身体中に巻き付いたユキナリは、コウに追いつかれてしまった。
「ひっ…!」
「よくもまあ、蝶々の身代わり作戦など考えたものだ」
ユキナリを無心でグルグル巻きにして、コウは足をトントンと鳴らした。
「お陰で腹は満たされた。…とてもイラついたが」
まさか仕掛けた罠を蝶々で退かすとは…と思ったが、ショウマが何かしら助言したのだろうと察しがついた。
「…まだ逃げようとするのか」
芋虫のようにうごうごともがいているユキナリに嘆息した。
「はあ…仕方ないな。なるべく、傷は付けたくなかったんだが…」
その口角は、吊り上がっていた。
糸をシュルシュルと即座に作る。ピアノ線のような、細い糸だ。ピン、と強く引けば、きらりと光る。そして静かに、剥き出しになったままのユキナリの足に狙いを定める。振り向けないユキナリには、コウが何をしようとしているのか、分からなかった。
「俺から逃げる足はいらない」
そんな静かな怒りが込められた低い声とともに。
スパッと、糸がユキナリの足に赤い線を付けた。
・正規ルート
「チッ」
これだけたくさんの罠を作るには、多くの糸が必要だったはず。だから、最後にユキナリを追う時に、糸を使えなかったのだろう。蝶々の身代わり作戦はあまり使わないで正解だったようだ。
息を切らしたユキナリが振り返る。格子のようなシャッター越しに怒りに染まるミントブルーと目が合い、鳥肌が立った。
「…っ」
そこからは、突き放すように走り去る。
閉ざされたシャッターを怒りのままに蹴る音が聞こえたが、開かなかったらしい。
「ユキナリ…行かないでくれ…」
その懇願するような声は届くことなく、薄暗い廊下に消えていった。
・トゥルーエンド
「おーおー、お疲れさん」
「ショウマさん!」
所々ボロボロな様子のショウマがユキナリの前に現れた。
「お互い無事で良かったな」
「大丈夫だったんですか?」
「蛇の刺身にされるところだったけどな!」
割とマジである。
コウが頼んだのはあくまでもユキナリの監視であり、邪魔では無い。手伝っていたことがバレてしまったので、本当に蛇の刺身にされるところだった。
「俺の話はともかく、良かったじゃん。やっと外に出れるんだぜ」
「そう、ですね」
「どうしたの?」
「俺は、過去にここにいたんでしょうか?」
「あー、どうだろ。昔のことあんまり覚えてねえんだわ」
「そうなんですか?」
「そーそー。…ま、良いんじゃねえの? もうここに来ることはねえだろ」
そんな話をしながら、ショウマはユキナリを出口へと案内した。
「…じゃあ、ショウマさん。本当にありがとうございました。さよなら」
「はいさよなら〜!…って、なるわけねえだろ」
ユキナリが背を向けたその刹那。ガブっと、ショウマの毒が含まれた鋭い牙がユキナリの首に刺さった。
「…へっ…!? な、何で…!?」
「なあなあ、ユキナリィ…、俺たちがずっと忘れずにいたのに、お前は忘れてるなんて酷え話だと思わねえか?」
金色の瞳がギラリと光り、ユキナリは硬直した。ショウマだけではない。他の異形たちも集まってきて、いたからだ。
「クソみたいな非人道的な実験も、社会のゴミみたいな研究者どもの実験台になってたのも、お前がいたからなのになぁ!」
その言葉で、ユキナリはやっと思い出した。
数年前、自分は彼らのメンタルケアを担当していたことを。
「ユキナリくん…思い出してくれたんだね! 良かったあ…!」
「え、ちょっとトモヤくん、優しすぎじゃない? あんなに無視されてたのにそれで許しちゃうの?」
「ふん…予定と変わったが…まあ良いだろう。ユキナリは捕獲できたんだ。お前を刺身にするのはやめてやる」
「え!? コウくん俺をまだ刺身にする気だったのか!? あれは必要なことだったんだってば!」
異形たちが和気藹々としながら、自分を囲んでいる。ユキナリは動けない。逃げられない。出口は目前なのに。ユキナリの頬に涙が一筋、零れる。
「つーわけで、さ…これからもよろしくな?」
ユキナリはその四人によって、暗闇へと引きずられていった。
終わり