テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「まあ……! お父様、お母様、これは一体なんですの?」
十八歳の誕生日に東雲奏(しののめ かなで)が両親から手渡されたのは、繊細な銀の装飾が施された冠のようなヘッドセットだった。
厳格かつ壮大な東雲財閥の屋敷で育ち、日々の嗜みと学問に追われてきた奏にとって、それは見たこともない機械だった。
「奏、誕生日おめでとう。我が東雲家の娘として日々励むお前に、少しばかり『娯楽』を贈ろうと思ってね」
「『セブンスマスター』という最新のVRゲーム……いえ、『次世代型・別荘体験キット』ですわ。少しは世間の遊びに触れて、羽を伸ばしなさいな」
父親、隆と母親である湊からの言葉を、奏は一字一句疑うことなく受け取った。
げえむ、という響きには馴染みがなかったが、ご両親が自分のために「最新の別荘体験」を用意してくれたのだということだけは、すんなりと理解できた。
(お父様とお母様のお心遣い、無駄にはできませんわ)
自分の部屋のふかふかベッドに横たわり、教えられた通りに頭へ機械を装着する。
呼吸を整え、そっと呟いた。
「――スイッチオン」
直後、視界が白銀の光で満たされ、頭の中に直接澄んだ女性の声が響き渡る。
『セブンスマスターへようこそ! プレイヤーネームを入力してください』
「あらまあ……! 脳内に直接お声が……!」
驚きつつも、上品に胸に手を当てる。
名前を聞かれたので、自分の本名である「奏」をアルファベットで『kana』と入力した。
『登録が完了しました。続いて、あなたのメイン職業(ジョブ)を選択してください』
目の前に浮かび上がる色鮮やかなウィンドウには、『剣士』『魔法士』『拳闘士』『暗殺者』といった物々しい文字が並んでいる。
(うふふ、なんだか凄まじいお名前ばかり……。東雲家の令嬢として、剣を振り回すような物騒な真似は控えませんとね)
奏は優雅にスクロールしていき、一覧の一番端にある、ひとつの項目に目を留めた。
「あら……【ビーストテイマー】。動物さんとお友達になれるなんて、なんて優雅で素敵なの!」
『警告:ビーストテイマーは現在、不遇職に分類されています。本ゲームの醍醐味である他の6職との切り替えを強く推奨――』
「はい、決定ですわ!」
警告文の長文を読まずに、奏は可憐な微笑みを浮かべたまま「決定」ボタンを迷いなくタップした。
本来なら7つの職業を状況に応じて切り替えて戦うのがこの『セブンスマスター』の最大の売りなのだが、彼女は意図せず「不遇職ビーストテイマー一択」という過酷な縛りプレイの道へ踏み出すこととなった。
『ダイブイン――ワールド・ファンタジアへ』
光が弾け、次の瞬間。
奏の肌を爽やかな風が撫で、鼻腔を青々とした草木の匂いがくすぐった。
「うわあぁぁ……っ!?」
目を開けると、そこには果てしなく広がる青空と、太陽の光を受けて輝く一面の緑の草原が広がっていた。
「なんて広大で素敵な別荘なんですの……! お父様とお母様、わたくしのためにこんなに素晴らしいお庭をご用意してくださったなんて……! 本物の別荘と少しも変わりませんわ。バーチャルリアリティ技術、恐るべしです!」
一人で深く感動し、うっとりと頷く奏。
そのとき、すぐ近くの背の高い草むらがガサガサと揺れた。
「あら? お庭の植木の中に、何か小さな生き物が……?」
恐る恐る近づき、草をかき分ける。
そこにいたのは、今にも消えてしまいそうなほど小さく、プルプルと全身を震わせている手のひらサイズのちっちゃなチワワだった。
「……くぅん」
つぶらな瞳で自分を見上げるその姿を目にした瞬間、奏の胸に激走が走る。
「まあっ……!!」
両手を頬に当て、奏の瞳がハート型に輝いた。
「まあまあまあまあ! なんて愛くるしい、マーブル模様のわんちゃんなのでしょう……!」
「きゅ、くぅ〜ん……」
怯えて一歩後退りするチワワに、奏はゆっくりと膝をつき、目線を合わせて優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですわよ、怖くありませんわ。わたくしはkana。今日からここでお世話になる者ですの。あなたの毛並み、まるで高級なマーブルチョコレートみたい……。今日からあなたのお名前は『マーブルちゃん』ですわ!」
『固有スキル発動:野生モンスターの命名に成功しました』
『チワワ(隠し個体)との従魔契約が完了しました』
視界の端に何やら細かなシステムログが流れたが、奏は気にも留めなかった。
「さあ、マーブルちゃん! お父様たちの作ってくださったこの素敵なお庭で、優雅にお散歩を楽しみましょうね!」
「……ワンッ!」
マーブルは相変わらずプルプルと震えながらも、小さくひと声鳴いて奏の足元にすり寄った。
こうして、世間知らずなド天然お嬢様・kanaと、最弱(?)の相棒チワワ・マーブルによる、盛大な勘違いに満ちたVRMMOライフが静かに幕を開けたのだった。
「さあマーブルちゃん、お散歩を続けましょうね」
草履代わりに初期装備の布靴をパタパタと鳴らしながら、kanaは緑豊かな草原を歩を進める。足元では、マーブルが相変わらずプルプルと小刻みに震えながらも、一生懸命に彼女のスカートの裾を追いかけていた。
その時、目の前に青く光る半透明の巨大な板――チュートリアル用案内ポップアップが突如として現れた。
『【チュートリアル】セブンスマスターへようこそ! まずは画面右上のマップを確認し、最初の街「アルカディア」を目指しましょう。基本操作の習得により報酬を獲得――』
「あら?」
kanaは足を止め、優雅に首をかしげた。
「まあ……ご親切に、お庭の案内板までございますのね。ですが……」
ふっ、と可憐な笑みを浮かべ、目の前の警告ウィンドウを指先でしなやかに【×(閉じる)】。
「お父様とお母様が用意してくださったこの素敵なお庭ですもの。地図など見て決められた道を歩むより、気の向くままに散策した方が優雅というものですわ」
『警告:チュートリアルをスキップすると、初期アイテムや基本操作説明が受けられなくなります。本当にお読みになりませんか?』
「あらあら、しつこい案内板さんですこと。大丈夫ですわよ」
【完全にスキップする】を迷いなくタップ。
本来ならここで移動方法、攻撃手順、ログアウト方法などの基礎を学ぶはずだったのだが、kanaは「丁寧なお手伝いさんのご挨拶」程度に解釈し、すべてを笑顔で投げ捨てた。
「さて、どこに行きましょうかマーブルちゃん。あちらの大きな森なんて、森林浴にぴったりではありませんこと?」
「……くぅん(ブルブル)」
kanaが指さした先――そこはチュートリアルを終えたレベル10以上のプレイヤーが向かうべき中級エリア『迷いの樹海』の入り口であった。
最不遇職テイマー(LV1)、レベルアップの概念も未把握、武器の振り方すら知らないド天然お嬢様と、ステータス最弱のチワワ。
チュートリアルという概念を粉砕した二人は、危険すぎる「お庭」の深部へ向かって、のんびりと歩き出していくのだった。
コメント
1件
読んだよ〜!!🥺💕 奏ちゃん、ゲームが『別荘体験キット』って完全に信じ込んでるの天才すぎるwww 「お庭」呼びが最高にエモい😭📿 ビーストテイマー不遇職一択も、チュートリアル×押しも、お嬢様の貫禄よ…! マーブルちゃんとの出会いシーンで心臓持ってかれた…🐶✨ この二人、最弱なのに迷いの樹海に突撃していくの待ってる〜!! 続き気になりすぎて夜しか眠れない😤🎀