「Desire 恋に堕ちた 二人逢ったこの瞬間(とき)――」
Desire――RBの曲を口ずさみながら、新藤さんは私を抱き寄せて口づけた。
以前家の見学で工場に訪れた時、音楽の話で盛り上がった。新藤さんは音痴で聴き専と言ってたのに、あれはウソだったんだ。歌、めちゃくちゃうまい。
それより生歌……間違いなく白斗の歌声だ。信じられない!!
呆然と驚き固まっていると唇を吸われた。「ん、っ……」
「口開けろ。舌が入らねえ」
「あっ……し……んど……さ、っん、んうっ……」
喋ろうとしたら柔らかな舌が滑り込んできた。舌と舌が絡まって唾液が移され、唇の端から溢れた。
嘘。これは、夢じゃないの?
酔った勢いで新藤さんに絡んでしまって、白斗に逢いたいと言ったけど。
連れてきてって言ったのは私だけど。
それよりどうしてこんなことになってしまったの?
ちょっと待って。新藤さんと――いや、白斗に似た男性……ううん、似てるなんてものじゃない。白斗とそっくりな人とこんなに濃厚なキスを交わしてるなんて――
ちゅく、と厭らしい音が口内から発せられた。キスだけでこんなに卑猥な音がするなんて知らない。光貴とついばむようなキスしかしたことがない私には、刺激が強すぎる。
鋭い目線を私に向かって投げつけながら、新藤さんが衣類の中に手を滑り込ませた。彼の綺麗で長い指が私の素肌に触れただけで大げさに身体が反応してしまう。
これだけで震える程に感じている。
全身が熱い。こんな熱に浮かされるような感覚は初めて…。
「あなたは 運命のひと――」
曲の続きを口ずさみながら新藤さんはじっと私を見つめる。
まるで私に歌えと言っているかのように。
えっと……この曲は……『Desire』だ。確か次のフレーズは――指を絡めて 舐めて、だ。
私が白斗と見つめ合っているなんて……これは夢に違いない。酔って幻覚でも見ているんだ。きっと、そう。
新藤さんが白斗だったなんて、夢以外ありえない。かんがえられない。
時々関西弁が混じる新藤さんもおかしいし、その彼が白斗だったなんて、現実のわけがない。
今の状況はDesireの次のフレーズと同じ
『Desire 堕ちていく あなたに奪われる――』だ。
歌詞を辿っているのかな。
私は目の前の彼に自ら指を絡めて彼の指を舐めた。
私が恋焦がれていた白斗のように、鋭いSっ気を含んだ目線から反らせず、なにも考えられなくなっていく。
まるで王様に逆らえないしもべのように。
歌詞の通りに従ったら優しく抱き上げられてそのまま寝室に運ばれてしまい、彼の匂いのするベッドに押し倒された。
「Desire 堕ちていく あなたに奪われる――」
ゾクリとした。白斗の鋭い眼が、獲物(わたし)を捕らえる。
信じられないけれど、新藤さんはやっぱり白斗なのかな。
喋る声と全然違うからわからなかったけれど……この歌声、独特のクセのある歌い回し――間違いなく白斗だ。私が白斗の歌声を間違えるはずがない。
でも、光貴みたいに時折混ざる関西弁を喋るなんて……。16年もファンをやっていて白斗の声がわからないなんて悔しいけれど、ライブのMCで彼は一度も喋らなかった。MC(ライブやコンサートなどで演奏者がトークをすること)やインタビューの類は全てギターの剣が担っていた。ベースの瑛多も、ドラムの深もほとんど喋らなかった。異色のバンドとして彼らは売り出していた。
媚びることなく、音だけで勝負するために。
でも、新藤さんが白斗なんて……そんな非現実的なこと……あるわけないと思う反面、新藤さんは白斗しか知らないことを知っていた。光貴の実家でずっと買って使っていたファンレターの便箋の色や私の旧姓。吉井律という名前だけは憶えて欲しくて、毎回封筒に書いたけれど、住所は書かなかった。書けば返事が欲しくなってしまうし、万が一を期待して待ってしまうから。
それから一番最初のお菓子が下手すぎたことも。まさか食べてくれたなんて……。
そんな、ありえないよ。これは妄想(ゆめ)。
新藤さんが白斗と同一人物だったなんて、あるわけがない。
未だに乙女思考なところがあるし、お酒もいっぱい飲んでしまって酔っているし、ショックが重なって思考が飛んでしまったのだろう。
妄想ならいいかな。
白斗に逢えて嬉しい。
このまま愛してもらいたい。
これ以上傷がつくところが無いほどに、ズタズタにされてみたいけれど――
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