テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それから、季節が一つ変わった。
メッセージのやり取りは、続いていた。
続いては、いた。
「おはよう」
「おつかれさま」
「今日は忙しかった」
言葉はあるのに、
触れている感じが、少しずつ薄れていく。
紬は、以前よりも「大丈夫」を言わなくなった。
代わりに、何も言わない日が増えた。
既読がつくまでの時間。
返事が来ない理由を、勝手に考える癖。
忙しいだけ。
疲れて寝てるだけ。
そうやって、
自分を落ち着かせていた。
⸻
ある夜。
珍しく、紬から電話が来た。
画面に名前が表示された瞬間、
胸が跳ねる。
「もしもし」
「……起きてた?」
声が、低い。
「起きてた」
「そっか」
少しの沈黙。
「どうした?」
聞くと、
また、間が空く。
「……別に」
その「別に」が、
一番、怖い。
「何かあった?」
「何もないって言ったら、信じる?」
信じられなかった。
でも、否定もできなかった。
「……信じる」
「じゃあ、それでいい」
電話は、そこで切れた。
短すぎる通話。
耳に残るのは、
最後の呼吸音だけ。
⸻
次に会えたのは、
それから一ヶ月以上あとだった。
僕が行く予定だった週末、
紬からメッセージが来た。
「ごめん、今週はやめよ」
理由は、書いていなかった。
「何かあった?」
そう送っても、
返事は翌日だった。
「ちょっと疲れてるだけ」
その言葉に、
違和感が残る。
会えば分かることが、
会えないと、分からない。
⸻
久しぶりに会った紬は、
以前より、静かだった。
笑うけど、
どこか、距離を測るみたいな目。
カフェで向かい合っても、
会話が続かない。
「仕事、どう?」
「まあまあ」
「無理してない?」
「してないよ」
全部、短い。
「ねえ」
思い切って言う。
「俺、何かした?」
紬は、少し驚いた顔をして、
それから視線を落とした。
「……なんで?」
「最近、遠い」
言葉にした瞬間、
戻れない感じがした。
紬は、しばらく黙ってから言った。
「遠くしたの、私じゃない?」
胸が、きゅっと縮む。
「どういう意味?」
「陽介、前より来なくなった」
「それは……」
仕事を言い訳にしようとして、
やめた。
「忙しいのは、分かってる」
紬は続ける。
「でもね」
テーブルの上の指先が、
震えている。
「会いたいって言うと、
負担かなって思うようになった」
「そんなこと……」
「思うでしょ?」
被せるように言われて、
言葉が止まる。
「私ばっかり、
待ってる気がして」
その言葉が、
一番、痛かった。
⸻
夜、紬の部屋。
一緒にいるのに、
心が、別の場所にある。
布団に入っても、
触れない距離。
「ねえ」
紬が言う。
「私、強くなりすぎたかな」
「……どういう意味?」
「弱いって言えなくなった」
天井を見つめたまま。
「言ったら、
離れていきそうで」
胸が、詰まる。
「そんなことない」
「でも、前はさ」
少し、笑う。
「泣いても、
そばにいた」
その「前は」が、
もう戻らないみたいで、
怖くなる。
⸻
翌朝。
駅まで送る途中、
雨が降り出した。
傘の中でも、
二人の間に隙間がある。
「……ねえ」
僕が言う。
「ちゃんと話そう」
紬は、立ち止まった。
「今?」
「今じゃないと、
また先延ばしになる」
雨音が、強くなる。
「私ね」
紬は、唇を噛んでから言った。
「陽介がいない時間に、
一人で立てるようになった」
それは、
誇るべきことのはずなのに。
「でも」
目が、少し潤む。
「それって、
陽介がいなくても平気ってことなのか、
分からなくなった」
答えられなかった。
すぐに、
「違う」と言えなかった。
その沈黙が、
すべてだった。
⸻
別れ際。
紬は、いつものように言った。
「気をつけて」
でも、
「またね」はなかった。
電車が動き出しても、
紬は、手を振らなかった。
ホームに立つ姿が、
どんどん小さくなる。
あのとき、
泣かなかった人が。
今は、
何も言わなくなっていた。
⸻
距離は、
ただ離れていることじゃない。
言えなかった言葉。
聞かなかった声。
それが、
二人の間に積もっていく。
それでも、
終わったとは言えない。
ただ、
すれ違いが、
はっきりと形を持ちはじめただけだ。
コメント
2件
複雑...