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昼休みが終わるチャイムが鳴っても、教室の中に笑い声はなかった。
誰かがわざとらしく机を引き、椅子の音を響かせる。
日下部が教室に入ると、その動きに合わせて何人かが「自然に」席をずらす。
ノートの受け渡しが滞る。質問に対する答えが返ってこない。
目が合えば逸らされる。笑い声のあと、急に静まる。
日下部は、それが“偶然”ではないことに気づいていた。
だが、誰にも問いたださなかった。
むしろ、気づかないふりをして遥の席へ近づく。
「……プリント、落ちてた。おまえの」
小さく言って、紙を机の上に置く。
遥は、顔を上げない。
「……ありがと」
その声にさえ、数人が振り返る。そして、視線の端で笑う。
黒板の隅に、小さく書かれた落書き。
「共犯」「主従」「触るな」──誰かが指先で書いたような小さな文字。
誰の筆跡でもない。でも、それが彼らの名指しであることは明らかだった。
日下部は見ていた。だが消さなかった。
遥も見ていた。だが、何も言わなかった。
まるで「それが当然」だというように──。
放課後。
帰り支度をする者の音が消えて、教室がまた空になる。
遥と日下部だけが残っていた。
「……おまえのせいじゃない」
その言葉は、遥の背中に向かって落ちた。
遥は反応しない。
日下部はそれを見ながら、口を引き結ぶ。
「……オレが勝手にやって、勝手に言われてるだけだ。おまえのせいにされるのは、違う」
「違うことなんて、誰も知らない」
遥はようやく口を開く。
「“違う”って言ったところで、知ろうとするやつなんか、いない」
日下部が歩み寄ろうとした瞬間、遥の声が低く落ちた。
「オレといると、おまえまで壊れるよ」
その目に、何もなかった。
「まだ、戻れる。今なら。オレのことなんか……」
「戻らない」
日下部の声は静かだったが、決して折れていなかった。
「おまえが、そう思ってるだけだろ」
遥は何かを言おうとして、結局何も言わなかった。
そしてまた、沈黙が落ちる。
教室の外では、誰かが小さく笑う声。
遥と日下部の存在が、すでに“異物”として世界から剥がされ始めていた。