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……目を開けると見たことのある天井。
ミアとカガリが俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「主、大丈夫ですか?」
床に寝ていたはずなのに後頭部が妙に暖かいのは、ミアが膝枕をしていたからだ。
「ベッドに移動させようとしたんだけど、重くて無理だったから……」
ミアに礼を言い、ゆっくりと身体を起こす。立ち眩みと眩暈が合わさったような最悪な気分だ。
それが徐々に収まると、今度は右腕の痺れと喉の渇きに気を取られ、テーブルの上に置いてある水差しからコップに水を移して、それを一気に飲み干した。
窓から外を見るとすでに日は傾き、茜色の日の光が街を照らしていたのだ。
ギースのクレイモアが振り下ろされた瞬間、意識がブツリと途切れた。
強化魔法を入れたとは言え、さすがに四人同時に相手にするのは無謀がすぎた。
敗因はそもそものスペック差に加え、相手が三人だと思い込んでいた事だろう。
「ひとまずネストの居場所はわかったよ……」
「ホントに!?」
「ああ。次の出方を決めよう」
テーブルの上のハンドベルを鳴らすとバタバタと大きな足音が聞こえ、ノックもなしに扉が開く。
「ゼェ……およびで……しょうか……ゼェ……九条……様……ゼェ……」
「ネストさんの居場所がわかりました。バイスさんを呼んでもらえますか? 後この辺りの地図があれば持って来てくれると助かるんですけど……頼めますか?」
「承知しました、すぐに!」
セバスは扉を閉めるのも忘れて、廊下を駆けて行った。
――――――――――
二時間後。バイスがネスト邸へと到着すると、俺たちの部屋へと案内される。
怪我の方は大分いいようで普通に動けるようにはなっていたが、戦闘となると少し厳しいといった感じだ。
「ネストの居場所がわかったのか!?」
「はい」
テーブルの上に広げた地図に、大体の位置を指差した。
「森の中で正確にはわかりませんが、恐らくこの辺りです」
そこはノーピークスの街から南に位置している森の中。
「正確な線引きは難しいが、アンカース領ではないな……。よくこの場所がわかったな」
「カガリに匂いを追ってもらい、アンデッドに身を移して追いかけました。ここには小さな砦というか、限界集落のようなものがあったんですが、なにか知ってますか?」
バイスの眉がピクリと動く。アンデッドに身を移す、というのが気になったのだろう。
しかし、それについてはなにも聞いては来なかった。今はそんな事よりも、ネストの安否の方が重要である。
「いや、聞いたことがない……。ノーピークスにちょっかいを出す盗賊というのが毎回南から攻めてくると言っていた。そいつらのアジトという可能性もあるかもしれん」
「ネストさんの見張っていたのは三人の冒険者でした。それとギルド担当が一人」
「ホントか!? 名前は? どんなやつだった!?」
「呼び合っていた名前が本名かはわかりませんが、聞こえたのは二人だけ。アニタと呼ばれる|魔術師《ウィザード》にクレイモアを背負ったギースという男。タンク役の男とギルド職員の名前は、残念ながらわかりません……。全員がゴールドプレートでした」
「……記憶にはないな……。ゴールドプレートはそれほど多くはないが、スタッグのギルドがホームではないのかもしれん。立地的にはノーピークスギルドの方が近いからな……」
「バイスさんの方はどうですか? 王女様はなんと?」
「私兵を出してもかまわないと言ってはいるが、正直言って期待は出来ない。相手はブラバ卿だ。兵を動かせばすぐにあちらの耳に入るだろう。そうなった場合、逃げられる可能性が高い……」
「バイス様ぁ……九条ぁぁ……」
遠くから聞こえて来るのはセバスの声。
扉を開け待っていると、セバスは息を切らしながらも持っていた物を俺たちに差し出した。
「これは?」
「先程、怪しい男がこれを庭の中に投げ入れたと使用人が……」
しっかりと封蝋がしてある親書。それがされている手紙は、家の者以外開けてはならない決まり。なので、セバスは急ぎ持って来たのだろう。
その判断をバイスと俺に委ねたのだ。
「開けるぞ?」
入っていたのは二枚の紙。一枚は地図。もう一枚は『明朝、魔法書を持って指定した場所まで来い』と書かれた物だ。
「貸してください!」
バイスから雑に受け取った手紙を、カガリに嗅がせる。
「いけるか?」
「もちろん」
窓を全開にすると、カガリはそこから即座に飛び出していったのだ。
――――――――――
暫くすると、遠くからは男の悲鳴。
皆で窓からその様子を窺っていると、カガリは一人の男を引きずりながら帰還し、それを器用に部屋の中へと投げ入れた。
それを誰もキャッチしようとはせず、ゴスッという鈍い音と共に男は床に叩きつけられ転がる。
「おかえりカガリ」
カガリを撫でるミアに、当然と言わんばかりに胸を張る。
投げ入れられた男はブロンズのプレートを首に掛けている冒険者。死んではおらず、気絶しているだけだ。
バイスはテーブルの上に置いてあった水差しを手に掴むと、その中身を男に向けてぶちまけた。
「――ッ!?」
目を覚ました男は、なぜ自分がここにいるのかわかっていない様子。
しかし、バイスはそんなことも気にせず男の胸ぐらを掴み、声を荒げた。
「この手紙、誰からの指示だ!?」
「いや、俺はなにも知らん」
「カガリ」
威嚇するように低く唸るカガリ。
「グルルルル……」
「ひぃ。ホントだ! なにも知らねぇ! 昼間、道端を歩いていたらこれを指定された時間に投げ入れろと言われただけだ。金貨三枚くれるって言うから……」
「どんな奴だ?」
「黒いスーツを着た男。一言二言交わしてカネと手紙を受け取っただけだ。詳しくは覚えてねえよ……」
「カガリ、どうだ?」
「嘘は言っていません」
「そうか……。じゃあ、用済みだな」
「え? 用済み? なんだよ……やめてくれ……待って……」
カガリは男を庭まで引きずり出すと、敷地の外へ放り投げた。
「ああぁぁぁ…………」
遠のく悲鳴。まあ死にはしないだろう。貰った金貨を治療費に当てればいいだけだ。
再度手紙の匂いでスーツの男を追えるか試しては見たものの、時間の経過が激しく探し出せるほどの匂いは残っていなかった。
同封されていた地図に記されていた場所は、ノーピークス南。カガリが見つけた場所とほぼ一致している。
「九条。お前がいけ」
「しかし……」
バイスは病み上がりで万全ではない。そう考えると必然的に俺になるのはわかっているが、責任は重大だ。
「九条はなにもしなくていい。ネストが無事に帰ってきてくれればそれでいいんだ。九条には悪いが魔法書を渡してネストと一緒に帰ってこい」
その瞳は真剣そのもの。魔法書なんかより命の方が大事だということくらいわかっているつもりだ。……しかし……。
「いいんですか?」
「ああ。魔法書とネストの命。天秤には欠けられない」
「九条様。お嬢様をよろしくお願いします」
暫くすると、一人の使用人が件の魔法書を運んで来た。それを両手で差し出す使用人の顔も強張って見える。
心配、不安、無念。そんな感情が混ざったような表情。それはセバスも同じであった。
魔法書を受け取ったセバスは、それを俺へと託す。
「ミアはカガリと留守番だ」
「私もいく!」
「ダメだ。今回はギルドの依頼じゃない。担当を連れていく必要はないし、なにより危険だ。取引がスムーズにいくとは限らない」
「……」
口を噤むミアであったが、その表情からは迷いが窺えた。
同行したいけど、迷惑は掛けたくない。恐らくはそんなところだろう。
「俺はプラチナだぞ? ……大丈夫だミア。心配するな……」
その場でしゃがみ、ミアと目線を合わせる。
笑顔でミアの頭を撫でると、その表情は少しだけ穏やかになった。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん。気を付けてね?」
「まかせたぞ。九条」
「はい」
俺は自信たっぷりに答えると、王都スタッグを後にした。
デスハウンドに跨り、月明りも届かない森の中を颯爽と駆け抜ける。
……明日はケツが痛くなるだろう。