🇬🇧夢/膝枕する話と攻防戦(再掲)
頭上から甘いソプラノが降る。男はそれを聞いたが、何も言わず、また何もしなかった。
船を漕いでいた男の眉には、普段よりも濃いシワが寄っている。
しかしソプラノ声は諦めず、そっとイタズラを始めた。
男の硬い髪を撫で付ける。白くやわこいマシマロのような乙女の手のひらが、彼を弄ぶ。眩い金の髪から、首を撫で、耳朶まで手が伸びる。
男が身を捩った。
時間を経て、その指先を、するりと男の胸元に忍ばせた。紺色の襟生地がひく、と揺れる。
アーサーは擽ったそうに顔を歪ませた。その反応に得意気に為り、薄い胸板から手を離して足に触れた。
乙女がやわらかくうふうふ笑う。痺れるように甘い声色は、男の脳をぐずぐずに溶かす。
太腿の内側に手が滑り、そのままくるりと爪が回った。
ぞくぞくとした刺激は骨の髄まで男の理性を揺るがせる。歯の裏まで快感が走り、男は堪らず悶絶した。
しかし、辛抱堪らんのは女も然り。一向に音を上げない男に痺れを切らしている。
「アーサーさん、足が痺れてしまいますので。お膝から離れてくださいまし」
終いには口を開いた。先に口を利いたのは、ソプラノ声の乙女であった。
利かん坊の子供を諭すように、やわこく語りかけ、手はくるりと円を描き続けている。
「嫌だ。寝る」
今度はアーサーも、口を開いた。掠れたセクシィな低音は、どこか舌っ足らずだ。
女はそれを聞き、我が子を窘める母のように困った顔をする。
「アーサーさん、私は明日の準備をしとうございます。離れてくださいまし」
「まだ八時にもなっていない。もっとゆっくりすればいいだろう」
ますます母親のように、適当な理由をつけ、言うことを聞かせる算段に出た。
しかし、バッサリ断られた。
これに女は些か悔しい顔をしたものの、口を挟むことはできなかった。
「いつもネズミみたいに、セカセカ働き詰めじゃないか。ナア、俺のシンデレラ。たまには休んでも、バチなんか当たらねぇよ」
ここまで言われちゃ、もう閉口せざるを得ない。更に珍しく、心配するよう文言も添えられてしまった。
これでは(夢主)の完敗である。
実際(夢主)は、ジョークといえど、思いやられたのが大層嬉しかったのだ。
(夢主)は、これに免じて甘やかしてあげよう、など思わないこともなかった。理性の揺らぎが、すぐそこまで来ている。
しかし、ここで激情に追われ、うっかり一言。
仕様のない方、と。こう言ってしまえば、このまま明日まで膝枕続行編に突入してしまう。それはいけない。
ウンウンと唸る彼女を見かねてなのか、悪魔になろうというのだろうか。アーサーは、男は女の前じゃ仕様のない赤ん坊でいたいもんだよ、と囁く。
この言葉に、母性を擽られた(夢主)は、また小さな獲物のようにころりと落とされてしまった。
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