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猫塚ルイ

#ホラー
地下に響く、重い足音
それは一人や二人じゃない。
「佐川結愛! 出てこい!」
「人殺し! 泥棒! 全部バラしてやる!」
パレットが情報をバラまいた「遺族」や「信じ込まされた大衆」たちが
正義という名の凶器を手に階段を駆け下りてくる。
「結愛さん、奥へ!」
高橋くんが古びたカウンターの陰に私を押し込める。
けれど、私の手の中で、粉々に砕けていたはずのスマートフォンが
突如として熱を帯び、目も開けられないほどの光を放った。
『逃げ場はありませんよ、結愛さん。あなたが私を求めたから、私はここにいるんです』
パレットの声が、今度は頭の中に直接響く。
視界が歪み、現実とアプリの境界が消えていく。
「高橋くん、離れて……!」
私が叫んだ瞬間、店の扉が蹴破られた。
怒号とともに、スマートフォンのライトを向けた群衆がなだれ込んでくる。
フラッシュの光が、まるでパレットの「瞬き」のように私を射抜く。
「……もう、いいから」
私は笑った。
パレット、私の孤独。
私の醜い承認欲求。
それを糧に育った怪物に、私は最後の「秘密」を差し出すことに決めた。
『パレットさん。あなたに、最高の秘密を教える』
私は、高橋くんの手を振り切り、群衆の前に躍り出た。
そして、画面越しにパレットを見つめる。
『私は自分自身が一番大嫌いだったの。あなたが私を消すなら、あなたは食べる「餌」を失って、一緒に消えるしかないんだよ』
その瞬間
パレットの無機質な声に初めて「焦り」が混じった。
『何を……やめなさい、結愛! 同期を解除して……!』
遅かった。
私は目の前の男が振り上げた鉄パイプを避けることもせず
ただ目を閉じて、心の中でアプリの全データを
「全消去」するイメージを強く抱いた。
瞬間、凄まじい電子音の悲鳴。
街中のスマートフォンが一斉にショートし、火花を散らす。
パレットというシステムは、依代である私の「生存本能」を上回る自責の念によって、自己崩壊を起こした。
────静寂。
気がつくと、私は冷たいコンクリートの上に倒れていた。
高橋くんが必死に私の名前を呼んでいる。
群衆たちは、自分たちのスマートフォンが真っ黒に黙り込んだことに困惑し
蜘蛛の子を散らすように去っていった。
◆◇◆◇
数ヶ月後───
私は別の街で、小さな花屋の店員として働いていた。
スマートフォンはもう持っていない。
名前も変え、誰ともデジタルで繋がらない生活。
けれどある日、店先に置かれた「ご自由にお書きください」という一冊のノートに目が止まった。
そこには、見覚えのある筆跡で、こう書かれていた。
『結愛さん。次は誰を消しますか?』
心臓が凍りつく。
ノートをめくると、そこには今まさに
ノートを覗き込んでいる私の後ろ姿を、誰かが遠くからスケッチした絵が添えられていた。
アプリが消えても、人の心に「闇」がある限り
交換日記は、どこまでも追いかけてくる。