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#シリアス
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「パパ、お医者さんになるには、とっても難しい勉強が必要なんだって。私……なれるかな?」
図鑑をめくりながら、ひまりがポツリと呟いた。
その小さな不安の芽を摘み取るのが、親父の務めや。
「大丈夫や、ひまりならやれるで」
俺は和幸に命じ、街で一番の進学塾『叡智塾』の説明会の予約を入れさせた。
「……和幸、筆記用具を揃えろ。戦場が変わるぞ」
「兄貴、塾ってのは情報戦っすからね。自分、徹夜で偏差値と合格実績、洗い出しときましたッ!」
◆◇◆◇
当日
俺は三つ揃えのスーツに身を包み、知性を感じさせるの細縁眼鏡に掛け替えて塾の門を叩いた。
会場には、ピリピリとした殺気を放つ教育ママ・パパたちがひしめき合っとる。
「…えー、当塾のカリキュラムは、偏差値70以上の難関校合格を最短距離で……」
講師の男が、黒板に数字やら数式やらを書き殴りながら、早口でまくし立てる。
俺は一番前の席で、組の抗争計画を練る時より真剣な顔でメモを取っとった。
(……なるほど。この『夏期講習』いうんは、要するに短期集中の『強化合宿』やな。予算の組み方が、蛇頭会のシノギよりエグい……)
説明会が終わった後の個別相談。
俺は、さっきまで自信満々に喋っとった講師の前に、どっかりと腰を下ろした。
「……先生。一つ、聞かせてくれ」
「は、はい!何でしょうか、黒龍院様!」
講師が、俺の「圧」に気圧されて声を震わせる。
「……ワシの娘は、人を救いたいと言うとる。その夢を、偏差値いう数字だけで計れるもんなんか?おたくの塾は、娘の『志』まで磨いてくれるんか、それとも、ただの受験マシーンに仕立て上げるんか……どっちや」
講師は一瞬、呆気に取られた顔をしたが、俺の眼鏡の奥にある「本気」を感じ取ったのか、居住まいを正した。
「……失礼いたしました。当塾では、志を同じくする仲間と切磋琢磨し、困難を乗り越える『心』も重視しております。ひまりさんの夢、全力でサポートさせていただきます!」
「おう、頼むぞ」
俺はガシッと講師の手を握りしめた。
事務所に戻ると、ひまりが玄関でソワソワして待っとった。
「パパ、どうだった……?私、入れてもらえるかな?」
「ああ、街で一番の『道場』を決めてきた。…ひまり、お前は前だけ見て進め。後ろの守りは、ワシと和幸に任せとけ」
「ほんと!パパ、ありがとう!」
ひまりが新しい教材を抱えて、嬉しそうに机へ向かう。
俺は、金庫の隣に置いた塾の分厚いパンフレットを見つめ、ふと笑った。
「…和幸、ワシも、中学レベルの数学からやり直すぞ。……ひまりに質問されて、答えられん親父にはなりたうないからな」
「兄貴……! マジっすか! 自分、関数から叩き直しますッ!!」
夜更けの事務所
かつては札束やドスが置かれていたデスクの上で、俺と和幸は、因数分解の問題集と格闘し始めた。
「…xの二乗……?敵の数か、これは……」
極道親父の挑戦。
次は「受験」という名の、長く険しい、だが光に満ちた戦場へ。
俺は眼鏡を指で押し上げ、xという名の未知の敵に、真っ向から勝負を挑んだ。