テラーノベル
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ヤヌス神殿で一夜の宿を借りたユーリは、翌日、初めて外へと出た。
神殿は公共回廊《フォルム》と呼ばれる広場の一角にある。まだ朝の時刻であるが既に人通りは多く、露店や屋台なども出されていた。
空気はそれなりに冷たい。どうやら今の季節は、早春であるようだ。
アウレリウスが言う。
「ここロンディニウムの町は、ブリタニカ属州の州都。大陸本土の玄関口として、北の防壁との間を繋ぐ重要な拠点だ」
ユーリは周囲を見回した。
行き交う人々は色素の薄い西洋人を中心に、雑多な人種が入り交じっていた。褐色の肌に黒い髪とあごひげの商人や、黒い肌に縮れた髪の南方人。さすがに東洋人は見当たらないが、この様子であればユーリの容貌もそう目立たないだろう。
アウレリウスの先導で広場を出て、町外れにある軍の駐屯地まで行く。柵で囲われた敷地はかなりの広さで、宿舎が整然と並んでいた。
正面門まで行くと馬車が用意されていた。二十人ほどの兵士がその周囲に整列している。
「さて。俺はここでお別れだ」
セウェルスが言う。
「ユーリ、改めて……すまなかった。お前のような戦うすべを知らない女性を、無理矢理に引き込んでしまって」
肩を落とすセウェルスに、ユーリは笑いかける。
「それは、もういいの。本当はよくないけど、謝ってもらいたいわけじゃないわ」
「そう、か。では、もう言うまい」
「うん、そうして。仕事を始めたら手紙を書くわね」
「俺も手紙を書くよ。アウレリウスとユーリに、俺の活躍を知ってもらわないとな」
セウェルスは照れくさそうに笑う。そうしているとただの十代の少年のようで、ユーリはそっと微笑んだ。
「そういうことは、実際に活躍してから言ってほしいものですな」
アウレリウスが言うと、セウェルスはむすっとした表情になった。
「まったくアウレリウスは、いつも一言多い。ユーリ、気をつけろよ。こいつは口うるさいぞ。黙っていればいつまでもお説教をしてくるから、さっさと切り上げるのがコツだ」
明るい笑い声が上がる。やがてそれがふと途切れて、出発の合図となった。
アウレリウスとユーリは、他の兵士たちと共に馬車に乗り込んだ。
「セウェルス様。ご武運を」
馬車から身を乗り出して、アウレリウスが言う。
「あぁ、お前こそ。無事でな」
馬車が動き出した。ガラガラと車輪の音を立てて進んでいく。セウェルスが遠ざかる。
ユーリが最後に大きく手を振ると、彼も振り返してくれた。
こうしてユーリたちは、北へと旅立った。
ユピテル帝国は街道の国と呼ばれる国である。
優れたインフラ整備技術と統率が取れた軍団統治のおかげで力を伸ばし、今では内海の覇者となっている。
辺境のブリタニカ属州もその例に漏れず、街道が整備されている。
また、馬車や徒歩で一日移動する距離に合わせて、宿場町が作られている。おかげで一行は補給や野営の心配をすることなく旅を続けていった。
道中でユーリは文字の読み書きを学んだ。アウレリウスが子供用の教本をくれたので、何度も何度も読み返した。
馬車はそれなりに揺れたが、ユーリは乗り物酔いに強いほうだ。いずれ板バネを導入して乗り心地の良い馬車を作りたいと思いながら、文字の習得にいそしんだ。
そうして北へ街道を進むことおよそ十四日。
ユーリが必死に学んで、基本の読み書きを覚えた頃。
一行は北の要衝、要塞都市カムロドゥヌムに到着したのだった。
カムロドゥヌムは街全体が軍団の駐屯地のような見た目をしている。
全体が城壁で囲まれた四角形の町は、だが、最大の特徴を郊外に置いていた。
「壁……?」
町の北側を見て、ユーリは呟いた。町の城壁のその先、数キロメートルほどの距離を開けて長大な壁がそそり立っている。
壁は左右にどこまでも続いていた。ユーリは馬車から身を乗り出して眺めたが、右も左もどちらも終りが見えない。午後の陽射しが防壁に降り注いで、時折きらりと反射していた。
「ウルピウス帝の防壁だ」
アウレリウスが言う。
「陛下は北の要衝であるこの地を守るため、二十年の月日をかけて防壁を建造された。以来、この土地の安全性は飛躍的に高まった」
「二十年! かなりの距離の防壁ですね?」
「ああ。この土地はブリタニカ島の中で、最も東西の距離が短い。約百二十キロメートルだ。東の海岸線から西の海岸線まで、途切れなく防壁は続いている」
「百二十キロ……」
ユーリは呆然として防壁を眺めた。壁は遠目にもかなりの高さがあり、上を兵士が歩いているので幅もありそうだ。
それだけの土木工事を重機類がないこの国でやり遂げたなんて。
整った街道もそうだが、ユピテル帝国は土木工事を得意とする国であるらしい。
ウルピウスの防壁を背景に見ながら、一行はカムロドゥヌムの町に入る。城塞都市の名にふさわしく、分厚い城壁に囲まれていた。
無骨な見た目の門は、しかし、意外に人通りが多い。商人らしき人々の他、革鎧や毛皮をまとい、剣と弓矢で武装した人々の姿も見られる。
「あいつらは冒険者だよ」
馬車に同乗している兵士が言った。
「正規の軍団兵では手が回らない小規模な魔物退治や、北の魔の森での採集作業などを生業にしている。何でも屋の便利な連中さ」
ファンタジー物語につきものである冒険者は、ここではそんな扱いなのかとユーリは思った。
馬車は門を抜けて一列で進んでいく。
町の北側が軍団の駐屯地になっていて、多くの軍団兵が訓練に励んでいた。
駐屯地は正面中央に司令部がある。
司令部の前の中庭で、一行は馬車から降りた。出迎えを受けながら、アウレリウスを戦闘に司令部に入る。
彼は司令部の奥、正面の部屋に入った。ユーリと兵士たちも続く。
そこは祭壇になっていて、軍旗が供えられていた。両脇には軍旗を警備する兵士たちが控えている。彼らはアウレリウスを見ると、敬礼をした。
アウレリウスはそのまま祭壇の前まで進み、跪いた。兵士たちも一斉に膝をつく。ユーリも慌てて真似をした。
「ブリタニカ属州第二軍団ドリファ軍団長、アウレリウス・フェリクス・グラシアス、ここに帰参したことをドリファの聖霊に報告申し上げる」
低く艶のある声が祭壇の部屋に響いて、ユーリはつい聞き惚れた。
形式的なものだったのだろう、アウレリウスはすぐに立ち上がってきびすを返した。
司令部のホールまで戻ると、アウレリウスが言う。
「ペトロニウス首席|百人隊長《ケントゥリオ》」
「はっ」
アウレリウスの呼びかけに応え、壮年の兵士が進み出た。褐色の髪に灰色の目をした、いかめしい雰囲気の男性である。他の兵士よりも立派な装飾のついた鎧を着込んでいる。
「このユーリを冒険者ギルドに案内してくれ」
「かしこまりました。ユーリ殿、こちらへ」
「え? あの、ちょっと待ってください」
「なにか?」
急な話にユーリが驚いて声を上げると、アウレリウスが振り向く。
「私の働き先は冒険者ギルドなんですか? 軍団内ではなく?」
「そうだ。軍団よりも冒険者ギルドの方が融通がきく。先方に既に話は通してある。きみもやりやすいだろう」
いつの間に、とユーリは思った。旅の途中、伝令と何度も手紙のやり取りをしていたから、そのついでだろうか。
「そ、そうですか。あと、住む場所はどうしたらいいでしょう」
「ギルドの宿舎を手配済みだ。あそこは女性の職員もいる。こまごまとした話は、彼女らに聞くといい」
「はあ」
「さ、ユーリ殿。行きましょう」
ペトロニウス百人隊長に促されて、ユーリはなんだか納得がいかないままに司令部を出た。
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コメント
1件
うわあ、ついにカムロドゥヌムに着いたんだね……! 要塞都市っていう響きだけでワクワクするし、防壁を眺めて呆然とするユーリの気持ち、めっちゃ分かるよ。ロンディニウムでのセウェルスとの別れも、ちょっと切なかったなあ。でもアウレリウスが陰でちゃんとユーリの働き先とか住む場所を手配してくれてて、そういう細やかな気遣いがじんわりくるよね。これからどんな冒険が待ってるのか、すごく楽しみ🥀