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#溺愛
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「アーデンはどこに行った?」
「今日来られるお客様のお部屋に飾るお花をお庭でお花を選ばれていますよ」
侍女長のステラが最後まで答える前にルーカスはいそいそとアーデンの方に向かう。
「あれあれまぁ、旦那様は独占欲丸出しですこと。奥様の傍を片時も離れたくないようですね」
ステラはひとりでこの領地にやってきた不安げなアーデンの姿を思い出しながら、庭先でルーカスとふたりで仲睦まじく会話をしている姿に目を細める。
最近のルーカスの変化は目を見張るものがある。
王都では「冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補」として有名だったルーカスが、アーデンを目の前にすると、まるで雪解けの季節が来たように表情豊かになるのだ。
「早く、本当のご夫婦になられたら良いのに」
ルーカスのことを本当の息子にように大事に育てていた前公爵夫妻のことを思うと、そう願わずにはいられなかった。
春の日差しが眩しい午後、アーデンの従兄弟のヴァージル・トンプソンと同行者として手紙に書いてあったシェイラ・アボット嬢が到着した。
「お初お目にかかります。アーデンの父方の従兄弟のヴァージル・トンプソンです。ご結婚おめでとうございます」
そう言って、用意してきた東方の国で作られた陶器の大きな皿をアーデンに結婚祝いだと言って渡した。
「ヴァージル、これわたしがずっと欲しがっていたお皿じゃない!」
「アーデンなら喜んでくれると思ったよ。ずっと欲しがっていたしね。だから今回、割れないように俺自身がずっと抱えて持ってきたんだぞ」
「またそんな噓ばっかり言って。ヴァージルはいつも大袈裟なのよ」
ヴァージルはおどけた表情をしながら、いとも簡単にアーデンを笑顔にする。
ヴァージルはとても快活で柔軟性や協調性があり、社交的だ。職業柄なのか話題も豊富だ。ルーカスは自分とは正反対の男だと思った。
そして、ヴァージルが同行者だと言って連れてきた女性にルーカスは覚えがあった。
「アボット公爵家の次女のシェイラ嬢か?大きくなったな」
「まあ、ルーカスお兄様、年頃の女性に大きくなったはありませんわ。私も18歳になりましたの。綺麗になったとおっしゃってください」
小柄で華奢で守ってあげたくなるような可憐な可愛さに、どこからどうみても身分の高いご令嬢と言った雰囲気のシェイラ嬢。
いままで自分のことは二の次だったアーデンが雑草なら、シェイラ嬢はピンクの薔薇のようだとアーデンは思った。
「おふたりはお知り合いだったのですか?」
ルーカスが珍しく女性に自ら話しかけたのが気になった。
「ええ、そのとおりなのですよ。ルーカスお兄様とは婚約をしていた仲だったのですから」
「えっ?」
アーデンが想像していた以上の関係の答えで、言葉を失った。
「こら、シェイラ嬢。違うだろう。周りがそう考えていただけだ。7歳も違ったら年の差があり過ぎる」
「貴族の結婚ではよくあることですよ。私は全然構いませんでしたのに。あの時、まだ子どもだったのが悔やまれますわ」
なぜか、アーデンの方を見てシェイラ嬢は勝ち誇ったように微笑んだ。
ヴァージルとシェイラ嬢は、観光を兼ねてしばらく屋敷に滞在することとなった。
「アーデン、すまないな。新婚の邪魔をするようで申し訳ない。大口の顧客でもあるシェイラ嬢にどうしてもって頼まれて、断れなかったんだ。観光が終わってシェイラ嬢が納得したらすぐに帰るな」
「大丈夫。新婚というのがおこがましいぐらいだから」
アーデンがなんとなく淋しそうに微笑む姿にヴァージルは違和感を覚えた。
「いまは忙しい時じゃないのか。小耳にはさんだぞ」
「さすがはヴァージルね。情報が早いわね。この領地には王都に知られていない様々な名産品があることに最近気づいたのよ。だから、産業振興のために領地の物産展を王都で開催することにしたの。元文官のコネを使いまくりよ」
アーデンは自虐的に明るく笑った。
「アーデンはやっぱりすごいな。伯父さんが自慢していたぞ。アーデンがトンプソン侯爵家の借金を無くしてくれたと。詳しいことは話してくれなかったけど、そうなんだろう?」
「お父様、ヴァージルにそんな話をしたのね。その話は詳しくは話せないから内密にお願いね」
「わかってる。それより…あれ、放置していていいのか?」
ヴァージルの視線の先には、シェイラ嬢がルーカスの腕に絡みつきながら、仲良く庭を歩くふたりの姿があった。
「目くじらを立てるほどのことでもないわ」
「ここに滞在してからずっとあの状態だぞ。シェイラ嬢がモルガン公爵の元婚約者候補だと知っていたら一緒に来なかったのにな。俺の責任だ」
ヴァージルは大きくため息をついた。
「ヴァージルが悪い訳ではないわ。知らなかったんでしょう」
「そうだけどな」
アーデンはそんなふたりを見るだけで胸が痛かったし、自分の立場を思い知らされるようで直視するのが怖かった。
(最近は旦那様といると楽しかったから、愛されているなんて思い上がっていたわ。わたしは所詮はお飾り妻なのよ)
「アーデン、そんな顔をするな。なにかと苦労しているお前がやっと幸せになったと思ったのにそうじゃなかったのか?結婚式も挙げていないのにはなにか理由があるのか?」
「それは……」
いままでなにかと面倒を見てくれていたヴァージルにこれ以上心配させることも出来ず、アーデンは言葉を飲み込んだ。
ルーカスはシェイラ嬢に庭の散歩をせがまれ、付き合っていた。
ここ最近ずっとシェイラ嬢がなにかとルーカスに話しかけてくるが、少しも楽しくないし耳に入らない。会話をするならアーデンとする方がよっぽど楽しい。
そのアーデンはと言うと、執務室で物産展に向けての仕事をすると言って、アーデンの従兄弟のヴァージルと一緒にいる。
窓の中にいるアーデンの姿が小さく見えるが、仲良さげにずっとヴァージルと会話をしている。
(やっぱりアーデンはああいう、社交的で優しそうな男が好きなのか?)
ふたりが一緒にいるところを見るだけで、ルーカスは全身から殺気のような冷気が出そうだった。
夜、夫婦の寝室ではすでにルーカスがベットに入っていた。
いつもなら「早く」と急かされるのに、今夜の寝室は静かだった。
「旦那様、なにか怒っておられますか?」
そっとベットに入り、静かにアーデンはルーカスに聞いてみる。
「別に」
ひと言それだけ不機嫌そうに言うとルーカスは、アーデンに背を向けて寝てしまった。
「そう…ですか」
アーデンは力なく消え入りそうな声でなんとか返答したが、涙が出そうでルーカスにバレないようにするのが精一杯だった。
(本来はこれが普通だったのよ。いままでの距離が近すぎたのよ。旦那様にとってこの結婚は不本意だったのだから)
いつもなら自分を抱きしめてくれるルーカスの温かい体温を感じながら眠れるのに、今夜はルーカスが自分が全く知らない他人のようだった。
アーデンの枕がじわじわと涙で濡れていった。