テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
黒星
30
339
返信しようと画面に触れる僕の指先が、嬉しさのあまり少しだけ震える。
【怜治さん!ありがとうございます!】
たったこれだけのやりとりなのに、胸の奥の心臓がトクトクと急速に速度を上げていくのが分かる。
先生の「解散」の号令と同時に
僕は急いで通学カバンに荷物をまとめると、クラスメイトを追い抜くようにして教室を飛び出した。
「早かったね。走ってきたの?」
校門の手前の街路樹の陰に停まっている、見慣れた黒いSUV。
運転席の窓からひらひらと白い手を振る怜治さんの姿を見つけたとき
僕の頬は自分でもコントロールできないほど自然と緩んでしまった。
それはまるで、広い人混みの中で迷子になっていた子供が
ようやく親を見つけたときのような、圧倒的な安堵感だった。
ストーカーの恐怖から逃れたいという理由とは別に
ここ数日で、僕の中で怜治さんという存在の大きさが膨れ上がっているのを実感していた。
「えへへ、怜治さんに早く会いたくて」
助手席に乗り込みながら、息を弾ませてそう言うと、怜治さんは一瞬だけ目を見開いた。
「…可愛いことを言ってくれるね」
「へ?」
「ううん、こっちの話」
彼がフッと視線を逸らす。
ドアを閉めてシートベルトを締めると
車内の狭い空間には、ふわりと甘く香ばしいコーヒーの香りが漂ってきた。
怜治さんがいつもタンブラーに入れて飲んでいる、お気に入りのモカブレンドの匂いだ。
夕暮れの狭い車内に、二人きり。
エンジンがかかる低い重低音と
彼の静かな息づかいだけが、遮音性の高い空間に妙にクリアに響いていた。
「そういえば」
ゆっくりとハンドルを切りながら、怜治さんが前方を見たまま話しかけてきた。
「この間イタリアンのお店に行かないかって話をしたけど、今週の土曜日とかどうかな?空いてる?」
「土曜日ですか?はい!全然空いてます!」
「ほんと?よかった。それじゃあ当日の昼1時ごろ、またさっちゃんの家まで迎えに行くね」
「わっ、ありがとうございます!すごく楽しみにしてます……っ!」
助手席から彼の横顔を見つめると
ちょうど雲の隙間から覗いた夕陽が怜治さんの輪郭を照らし
まるで金色に発光しているかのように美しかった。
普段、お花屋さんの中でたくさんの女性客に笑顔を振り撒いている
「イケメン店員」としての彼とは、どこか違う表情。
僕だけに見せてくれている、柔らかくて、でもどこか落ち着いた大人の余裕があって――
(やっぱり、この人といると安心する……)
胸を締め付けるようなドキドキよりも
身体の芯からじわじわと解きほぐされるような、心地よい温もりを感じる自分がいた。
コメント
1件
第19話、読み終わりました。二人の距離が確かに縮まっているのが伝わってくる、とても丁寧な回でしたね。特に「広い人混みの中で迷子になっていた子供が親を見つけたときのような安堵感」という比喩、主人公の怜治さんへの信頼と依存の境界線を巧みに描いていると思いました。車内のコーヒーの香りや夕陽に照らされる横顔など、閉じた空間の五感を刺激する細部が心地いい。この幸福感が、今後の展開にどう作用するのか…少し緊張しつつも、先が気になります。