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公園を後にした二人は、人通りの少なくなった黄昏時の山手通りを歩いていた。 中也の手には、先ほどの店で買った小さな紙袋。太宰の手には、相変わらず何も握られていない——と思いきや、その指先はときおり、隣を歩く中也のコートの袖口を、子供のように軽く弾いている。
「……おい、さっきからチョロチョロと鬱陶しいぞ」 「おや、バレたかい? 中也が重力で私の指を吸い寄せてるのかと思ったよ」 「んなわけあるか、死ね」
口では突き放しながらも、中也は歩幅を緩める。 街灯が点り始め、二人の顔を交互に明滅させた。
「……なぁ、腹減ったな。この先に馴染みの店があるんだが、寄ってくか」 「中也の奢り?」 「手前が財布を持ってた試しがあるかよ。……まぁ、いいぜ。今日はそんな気分だ」
その「気分」の正体を、二人は口にしない。 昨夜、互いの肌に刻みつけた熱が、まだ服の下で燻っていること。 今日、人混みの中で触れそうで触れない距離を保ちながら、内心では互いの存在ばかりを確認していたこと。
店に入る直前、街灯の死角になる路地裏の入口で、太宰が不意に足を止めた。 中也もつられて足を止める。
「なんだよ」
太宰は何も答えず、スッと中也の顎を持ち上げた。 反射的に殴り飛ばさなかったのは、中也も同じ「熱」を共有していたからに他ならない。 太宰の顔が近づき、鼻先が触れる。唇が重なる直前の、吐息が混ざり合う距離。
「……中也。さっきの店で、隣の席の男が君をずっと見ていたのに気づいてたかい?」 「あ? ……知らねェよ、そんな奴」 「私は気づいていたよ。不愉快だったから、君の肩に頭を乗せておいた。……あれ、私の。手を出すなってね」
太宰の言葉は独占欲に満ちていて、けれどその瞳は、中也にだけ向けられる甘い毒を孕んでいた。 中也は一瞬、呆れたように目を細めたが、すぐに鼻で笑って太宰の首に腕を回した。
「手前、そんなことで嫉妬してたのかよ。……ほんと、救えねェな」
中也は自ら、その距離をゼロに埋めた。 短い、けれど深いキス。 それは「のんびりした休日」の終わりに打たれる、共犯者の契約のような接吻だ。
唇を離すと、中也が唇の端を吊り上げて笑う。
「……安心しろよ。俺をこんなに不快にさせて、最高に酔わせられるのは、世界中で手前一人だけだ」
太宰は満足そうに目を細め、再び中也の袖口を掴んだ。 「そうだね。中也には、私という呪いがお似合いだ」
二人は並んで、夜の闇が降りてきた街へと消えていった