テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「マスター、いつもの」
中也が短く注文すると、カウンターには琥珀色の液体が満ちたグラスが二つ並んだ。 中也はそれを一気に煽ることはせず、氷を転がす音を楽しみながら、隣で所在なげにグラスを回す太宰を横目で見た。
「……で、さっきの続きだが」 「おや、中也から話を蒸し返すなんて珍しい。まだキスが足りなかったのかい?」 「んなわけねェだろ、この唐変木」
中也は顔を背け、少しだけ赤くなった耳を隠すようにグラスを口に運んだ。
「手前が『俺の』なんて抜かすからだ。……普段、他人なんて路傍の石っころ程度にしか思ってねェくせによ」 「ふふ、確かにね。でも、石ころの中に一つだけ、自分を惹きつけて離さない『重力』があったら? それを他の誰かに眺められるのは、死ぬよりも退屈なことだよ」
太宰は中也のグラスを持つ手に、自分の手を重ねた。 ひんやりとした太宰の指先が、中也の体温を奪っていく。けれど、中也はその手を振り払わなかった。
「……勝手な言い分だな。手前こそ、探偵社の連中と仲良くやってんじゃねェのか」 「嫉妬かい? 可愛いねぇ、中也は」 「殺すぞ」
短い沈黙。 グラスの中で氷が溶け、カチリと音を立てる。 外の世界では敵対組織や相棒という肩書きが二人を縛るが、この薄暗いバーのカウンターでは、ただの「中也」と「太宰」という個体が混ざり合っている。
太宰が重ねた手に力を込め、中也の指を絡めとった。 指の隙間に滑り込む太宰の感覚が、昨夜の記憶をより生々しく引き摺り出す。
「中也。……今夜は、帰りたくないな」 「……当たり前だ。誰が帰すっつったよ」
中也は太宰の手を力強く握り返した。 その瞳には、もう隠す気もない烈火のような情熱と、深い愛着が宿っている。
「手前が選んだんだろ。この最悪な『重力』を」 「……あぁ。地獄の果てまで、逃げられないくらいにね」
二人は残りの酒を飲み干すと、どちらからともなく席を立った。 店を出れば、そこには冷たい夜風が吹いているはずだ。けれど、繋いだ手のひらから伝わる熱が、これから始まる長い夜を、何よりも饒舌に物語っていた。