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時は少し遡り、朝宮露子と赤マントが漁港で遭遇する数時間前。
和葉と浸は、春子と共に一度団権団地を訪れていた。当然、絆菜の部屋に絆菜はいない。
ここへ来たのは何か手がかりがないか調べるためだ。家探しすることについては二人共気が引けていたが、春子からの許可は出ている。
部屋の中は整理されており、やや殺風景ではあるものの綺麗な部屋だ。居間へ入ると、タンスの上に写真立てが置かれているのが見える。
「あ、これ……」
そこに写っているのは、今より少し幼く見える絆菜と春子。そして両親と思しき人物の姿だ。
どうやらこの団地内で夜中に撮ったようで、背景は砂場だ。近くには家族で作ったらしい砂のお城が見える。
「……良い写真ですね。赤羽絆菜は、このような笑顔も見せることがあるのですね」
「……うん。お父さんとお母さんと一緒にいた頃は……もっと楽しそうだった」
言葉は過去形だ。部屋の様子を見れば、今二人が両親と共に暮らしていないことはすぐにわかる。
「お母さんが帰って来なくなったのは、三年前。それでお父さんは……」
その言葉の続きを、春子は口にしなかった。しかし思い出してしまったせいなのか、和葉には感じ取れてしまう。
赤羽姉妹の両親は離婚し、やがて父も蒸発している。その後残されたのが、絆菜と春子の二人だけだったのだ。
「お父さんは……」
「良いよ、大丈夫。辛いことは、無理に話さなくて良いんだよ」
諭すように和葉がそう言うと、春子は少し驚いてから口をつぐむ。
「何か手がかりがあればと思ったのですが……」
今のところ、それらしいものはない。
しかし押入れを開けると、浸は訝しげな顔を見せる。
「何かあったんですか?」
「……ええ。しかしこれは……」
押入れの中にあったのは、怪しげな宝石や水晶、数珠や壺の類だった。
「これって……霊具ですか?」
和葉が問うと、浸は一つ一つ触れながら首を左右に振る。
「恐らく紛い物でしょう。これは赤羽絆菜の持ち物ですか?」
「それ……お父さんの……」
どうやらそれらの怪しげなアイテムは、全て父親のもののようだ。
「お母さんがどこかへ行ってから、こういうのばかり買ってきてて……」
妻との離婚で、精神的に疲労していたのだろうか。こう言った怪しげなものを拠り所にして生活していたのかも知れない。
「どれも霊具ではありませんね。霊力の通りが悪いので……ですが」
言いつつ、浸は木箱を手にする。
「この木箱に貼られている札は本物ですね」
既に一度剥がされた痕があるが、その木箱には御札が貼られていた。浸はそれを観察しつつ、蓋を開ける。
「え、開けて大丈夫なんですか!?」
「空ですよ。この木箱は」
浸の言う通り、木箱の中身は空だ。中に入っていた何かを保護していたであろう布が敷き詰められているだけで、それ以外は何もない。
「貼られていた御札は封印のためのものでしょう。かなり弱まっていたので、ある程度霊力のある人間なら剥がせます。この木箱を最初に開けたのは、赤羽絆菜ですね?」
浸の問いに、春子は小さく頷く。
そして春子は、僅かに震え始める。
「……あの時……私が除霊されかけた時……お姉ちゃんが……その箱を開けて……」
それが赤羽絆菜の……赤マントの始まりだった。
団地内で目撃され、ゴーストハンターの襲撃を受けた春子。彼女を守るため、赤羽絆菜は闇雲に父の残したアイテムを使い、偶然あったたった一つの”本物”を使ってしまったのだ。
その時のことを思い出したのか、怯えてしまった春子を和葉は抱きしめる。
「……春子ちゃん……」
次々と流れてくる春子の記憶を噛み締めて、和葉は春子を更に強く抱きしめた。
「恐らく彼女が使っているあの仮面がこの木箱の中身でしょう。そして彼女を霊化させているのもあの仮面です」
「そんな危険なものが、どうして……」
「偶然、としか言いようがありませんね……。高値で売りつけられたアイテムの中に、偶然本物が混じっていたのでしょう。あの仮面については後でしっかり調べる必要があるでしょう」
そう言ってそっと木箱を閉じ、浸は押し入れへと戻す。
「手がかりはありませんでしたが、これで経緯はある程度わかりましたね」
「でも、どこを捜せば良いんでしょうか……」
「こればかりは虱潰しに捜すしかありませんね……。まずは庵熊漁港へ行って見ましょうか。彼女が行きそうな場所は、そこくらいしか思いつきませんし」
とは言え、妹をほったらかして釣りに興じているなどとは思えなかったが。
***
露子の弾丸が、赤マントの身体を貫く。
赤マントの動きは素早かったが、何度も見ておいて見切れないような露子ではない。腹部を貫かれた赤マントは、昨晩のようにそのまま突っ込んでこず、その場でよろめいた。
間違いなく、昨晩よりも動きが鈍っている。そう感じて露子は、止めを刺すために頭部を撃ち抜こうとする。
しかしそれはすんでのところで回避され、白い仮面を僅かに弾丸が削っただけだった。
そしてその間に、赤マントの身体は再生を終える。そして高く跳び上がると、露子の背後に着地してナイフを向けた。
だがほぼ同時に、振り向いた露子が銃を向ける。互いに銃とナイフを向け合い、露子と赤マントはその場で静止する。
これで勝負はつく。そう思って露子は引き金を引こうとしたが、突如どこかから伸びてきた鞭状の何かが露子の拳銃を叩き落とす。
「――――っ!?」
即座に露子は赤マントから離れ、もう片方の拳銃を構えつつ周囲を見回す。すると少し離れた場所に、露子と背丈の変わらない少女が立っているのが見えた。
(……何なのよアレは!)
その少女は、背中から数本の触手を生やしていた。恐らく露子の手から拳銃を叩き落としたのもあの触手だろう。
そして露子が驚かされたのはその顔だ。ツギハギだらけの不揃いの顔は、この夕暮れ時に見るにはあまりに不気味過ぎた。
「ちょっとダメじゃ~~~ん! こんな磯臭いとこに子供はいないでしょ~~」
少女は一度触手を引っ込めると、おどけた調子でそう言いながら赤マントへと駆け寄っていく。
「怪人赤マントは、子供をさらって殺さなきゃダメでしょ! めっ!」
人差し指をわざとらしく立てて少女がそう言うと同時に、露子が弾丸を放つ。
「ん?」
しかしその弾丸は幾重にも重なった触手によって塞がれてしまう。
「人に銃向けちゃあ、めっ! でしょ?」
「はん、触手は良いワケ? じゃああたしも触手生やしちゃおっかな」
「触手は良いよ~。便利だし」
言いつつ、少女は触手を露子へ伸ばす。なんとか回避しつつ少女を撃つ露子だったが、先程と同じ方法で防がれた。
「ほら行っといで」
少女が軽く尻を叩くと、赤マントはすぐに露子へと向かっていく。再び赤マントへ銃口を向ける露子だったが、その横から触手が伸びる。
「このっ……!」
すかさず触手を撃って対応する露子に、赤マントの投擲したナイフが刺さる。どうにか左腕でガードはしたものの、深々と突き刺さったナイフが露子の動きを鈍らせた。
「さっきから何なのよアンタは!」
「……さあ?」
小首を傾げた少女が、触手を伸ばす。そしてそれと同時に赤マントも露子へと迫っていた。
今度は避けきれない。そう判断した瞬間、露子の前を影が横切り、全ての触手が目の前で切り裂かれた。
「わお」
そして向かってきた赤マントのナイフを刀で受け、強引に蹴り飛ばすと、雨宮浸は不敵に笑みを浮かべた。
「状況はわかりませんが、ひとまず間に合ったようですね」
「浸!」
見れば、少し離れた位置から和葉ともう一人、霊がこちらへ走って来るのが見える。露子は思わず安堵のため息をついてから、銃を構え直した。
「とりあえずありがと。何でここに?」
「赤羽絆菜を……赤マントを捜しに来たんですよ。まさかこんなことになっているとは思いもしませんでしたが」
こちらの様子を伺う赤マントと少女を交互に見つつ、浸はそう答える。
「てゆーか萎えるんですけど! 邪魔しないでくださーい! ぷんぷん!」
喚き立てながらいくつもの触手を浸へ伸ばす少女だったが、浸はその全てを切り裂く。霊壁さえも切り裂く雨霧に、切れぬ霊体はないと言っても過言ではない。
そこから一気に距離を詰め、浸は少女に斬りかかる。
「マジスか」
「マジです!」
間一髪、浸の一振りを回避し、少女は軽く浸を睨みつける。
「おいおい邪魔してんじゃねーよタゴサクが。土くせーんだよ」
「それは良かった。実家の畑は私の誇り、土の匂いは勲章です」
「つっまんねー奴!」
そう言って少女は触手を勢いよく伸ばし、海を越えて反対側の波止場のボラードへくくりつける。
「まあいいや。じゃあね霊滅師諸君! ん、ゴーストハンターだったかな!?」
そのまま触手を縮めて向こう側へ逃げ出す少女に、和葉の矢が飛来する。しかし少女はそれを二本の指で受け止めると、チラリとだけ和葉を見る。
「雑魚は大人しくしとけっつの」
和葉は言葉と一緒に、瞬時に悪意と敵意をまとめてぶつけられた気分だった。
ゾクリとしたものが背筋を駆け抜け、一時的に和葉は麻痺したような気分になる。
「……今はそれよりも、あなたが優先ですよ。赤羽絆菜」
浸は視線を、逃げた少女から赤マントへと戻す。赤マントはおぼつかない足取りで、ゆらゆらと浸達の方へ歩み寄ってきている。
「……アイツ、もうただの霊と変わんないわよ」
「そうですか」
「そうですかって!」
「私は助けますよ。私にとって赤羽絆菜はもう、友人ですから」
頑とした態度で言い放つ浸に、露子は思わず嘆息する。
「うわ、出た。もう全然言うこと聞かないモード。しれっと雨霧も使ってるし」
こうなると浸は絶対に譲らない。それは露子もよくわかっていることだ。それにどちらにせよ、怪我をした露子が無理に戦うよりも浸が赤マントを相手した方が良いのは間違いないだろう。
「そのふざけた仮面を今剥がします。雨宮浸の名において!」
駆け出した浸の雨霧と、赤マントのナイフが正面からぶつかり合った。