テラーノベル
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「パパ、鬼ごっこしよう?僕が鬼で、捕まったら終わりだよ。」私の耳に飛び込んできたその言葉は、あまりにも突発で、予想外のものだった。
「…え」
残りのサバイバーは私だけ。体力も限界を迎えたその時、近づいてきたフードを被った赤い影。もうダメだろうと諦めていた時だった。なぜ、急にそんなことを?
私が何も言えないでいると、彼はぽつぽつと言葉をこぼした。
「ねえ、昔…僕達がここに来る前は、よく鬼ごっこして遊んでたよね。パパはいっつも手加減して、僕に捕まってた。」
この子が何を言っているのか理解できない。たしかに、昔はよく鬼ごっこやら隠れんぼやらして遊んでいた。そのとき彼はまだ小さく、私が何かと手加減して勝たせてあげていた…。
どこで手に入れたのか、c00lguyの液晶を弄びながら彼は続ける。
「でも、僕、もう大きくなったんだ。パパの手加減がなくたって、…本気のパパだって捕まえられるよ…だから、ねえ。」
大きな角が生えた頭。真っ白く染まった目。全身が禍々しいオーラを纏っている。
だが、不思議と怖くはなかった。
体こそ変わっているが、心はきっとまだあのころのままだ。ただの遊びが好きな、無垢な小さい子供…。
こんなことをしている余裕はない、分かっているが、でも。
「ははっ、ほんとか?じゃあ試してみよう。一回きりだ。」
つい、そう答えていた。
c00lkiddは一瞬ぱっと目を輝かせると、後ろを向いて数字を数え始めた。
「じゃあ、いくよ!10秒数えたら捕まえに行くからね…」
1,2,3…。明るい声が響く。私はc00lguyを操作し、遠くにテレポートする。さすがに大人気ないか、とも思ったが、本気で行くならこれくらいやったっていいだろう。
その場からゆっくりと歩き出す。見ると、c00lkiddがいる地点からかなり遠い所に来たようだ。
「…7,8,9…準備はいい?できてなくても行くよ!アハハハッ…」
弾んだ笑い声が静かな森に木霊する。先ほどよりも慎重に、足音を立てないように、静かに歩く。歩き続ける。
「テレポートするのは卑怯じゃない?」
しばらく経った後、遠くの方から微かにそんな声が聞こえて、ついくすりと笑ってしまった。だいぶ小さな声だったが、どうやら彼の耳には届いたようだ。
「パパ、そこにいるんだね?」
ゆらり、とこちらを向いたかと思うと、勢いよく赤い大きな体が迫ってくる。右へ、左へ、蛇行しながらそれを避けて走る。
「見つかったか!さて、パパに追いつけるかな?」
普段は絶対に言わないような、煽りの言葉が口から出た。それにむっとしたのか、c00lkiddはさらに速度を上げて追いかけてくる。
「絶対勝ってみせるよ、パパ」
「こっちのセリフだ、c00lkidd」
そのまま走って、走って、走って……木の枝で服が切れるのも、汗が全身を伝っていくのも気にせず。無我夢中で走り続けた。
「はぁ……っ……はぁ…………っ」
もう私の体力は限界に近い。汗が目に入ってじわりと沁みる。だが、負けるわけにはいかない。父親として、敵として。
フラフラしながらも走る、が。
「捕まえたっ…!」
腕をがしっと掴まれた。その勢いのまま後ろに倒れ込む。c00lkiddもかなり体力を使ったようで、2人してぜえぜえと荒い息を吐く。
「…よく…見つけたね……テレポートで、遠い位置にいたはずなんだけど……」
呼吸を整えながらそう呟く。すると、c00lkiddは胸を張ってこう答えた。
「…当たり前でしょ!僕はもう、小さい子供じゃないから…道案内なんてなくても辿り着けるよ」
「道案内なんてなくても、辿り着ける…」
彼が言った言葉を繰り返す。そうか、君はこんなに成長していたのか。私の知らないところで。
「そうか…そうだね……。大きくなったね…c00lkidd。」
隣に座っている、愛おしい我が子をじっと見つめる。姿はすっかり変わってしまったが、この子は確かに私の子供だ。
c00lkiddも私を見つめていたが、その後すくっと立ち上がって私の腕を掴んだ。
「ほら、パパの負けだよ?言ったでしょ、捕まったら終わりだよって」
その言葉に笑いながら私も立ち上がる。そして、世界一大切な私の息子を抱きしめた。
彼も私のことを抱きしめ返しながら言う。
「ねえ、パパ。もし…もし、また昔みたいに…2人で一緒に暮らせる日が来たら、そのときは……」
身体が炎に包まれる感覚。でも、それは不思議と熱くはなくて、むしろ心地よい暖かさを感じた。
「パパ、だいすきだよ。」
薄れゆく意識の中、彼が囁くようにつぶやいたその言葉が、ずっと頭の中に響いていた。
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