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一週間後の土日が教採の試験日で、さすがの大智君も最近少しぴりぴりしている。といっても彼は私に当たり散らすような卑怯な人じゃない。セックスを求めてくる回数が以前より増えたからストレスがたまってるんだろうなと感じただけだ。妊活中でもあるし、そういうストレス発散なら大歓迎です。
「詩音さん」
「なあに」
「ほしい」
「私を?」
「うん」
竜星のようなテクニックがあるわけでもなければ、礼央のようなパワーがあるわけでもない。でも大智君とセックスすると安心できるというか、体中の力が抜けてリラックスできる。だから私は大智君とのセックスが大好きだ。もう二度とほかの男とセックスしたいとは思わない。
昨夜もさんざん愛し合ったのに、土曜の朝、私たちはまた二人とも裸になっていた。仰向けに横たわる私の性器に顔をうずめて、必死に愛撫している。そんなに真剣にしなくてもと思うけど、それが彼のやり方なのだ。
童貞を捨てたばかりなのだから下手なのは仕方ない。でも彼は自分だけ気持ちよくなればいいとは考えない。挿れて出して終わりではなく、必ず舌と指で私の敏感な部分を愛撫してくれる。上手下手は二の次。私にも気持ちよくなってほしいと考える気持ちが何よりうれしい。
「気持ちいいですか?」
「うん、とっても!」
愛液が溢れてぴちゃぴちゃ音をさせてるのだから聞くまでもない気がするけど、彼も私の言葉を聞いて安心したいのだ。
竜星たちに開発されて、私の体は感じやすくてとても敏感なものになった。こんなによく濡れる女はいないと言った男も三人いた。十二人の男たちとのセックスが私の体を、セックスするのに最適化されたいやらしい体に変えてしまったのだ。
そんな体にされてしまったあとだから、もう誰も愛さないと決めて一度も男と触れ合わなかった七年間は本当に気が遠くなるほどつらかった。ときどき猛烈にセックスしたい気持ちに襲われて、男を求めて火照ったままなかなか鎮まらなくなるこの体が嫌で嫌で仕方なかった。
そういうとき初めは自分の指で慰めていたけど、何年かしてそのための器具を買った。ほぼ毎日お世話になっていたと思う。私が七年間なんとか生き延びられたのは自分の指とあの器具のおかげだ。大智君一家との同居が決まってそれまでのアパートを引き払うとき、その器具も捨ててしまった。
私はセックスが大好きだ。七年間私は自分のそういう本心を押し殺して生きてきた。でも今は、自分の体をこんないやらしい体に変えられてよかったと思えるようになった。だって大智君のまだ稚拙な指遣い、舌遣いでも簡単に絶頂に達することができるから。感じてる演技なんてしたことがない。
「詩音さん、そろそろ挿れるね」
「うん、もっともっと気持ちよくして……ああっ!」
大智君の性器を受け入れただけでいやらしい声が漏れてしまう。
いつか大智君と結婚できたとしてもセックスレスになったとしたら、私は死んでしまうかもしれない。だからそうならないように、大智君にも私とセックスしたいとずっと思ってもらえるように、私はもっともっと自分をきれいに磨き続けなければいけないのだろう――
「詩音、詩音、詩音……」
「はっはっはっはっはっはっ……」
お互いを求める声と吐息がリズミカルに繰り返される。さらに愛液が溢れ出てくるのが自分でも分かる。もう私は君なしでは生きていけない!
「イクっ」
「僕も!」
大智君の精液が私の奥深くでほとばしる。君の赤ちゃんを産みたいと心から思った――
そのとき、部屋の奥のふすまが開けられて、すぐに閉められた。
「ごめんなさいね。大智にお客さんが見えて、すぐに知らせてあげないとって思って……」
ふすまを隔ててしどろもどろのお母さん。夜ならともかく朝十時からセックスしてるなんて普通思わないもんね。かえって申し訳ない気持ちになった。
「ごめん。また君の裸を見られることになってしまって……」
「私はいいから、早くお客さんに会ってあげて!」
それにしてもお客さんって誰だろう? 今まで誰かが大智君を訪ねてきたことなんてない。友達もいない大智君にわざわざ自宅まで訪ねてくる人がいることが不思議だった。
「お母さん、お客さんって誰?」
「勝呂唯さんって方。中学のときの大智のクラスメートだって言ってた」
「勝呂さん!」
大智君はそう叫ぶなり絶句した。
「今日は会わないで、また出直してもらう?」
「いや会うよ。客間に通して待っててもらって」
「伝えるわね」
お母さんがぱたぱたと向こうに駆けていく。大智君は今まで見せたことのない深刻そうな顔をして立ち上がり、急いで服を着始めた。私も急いで起き上がる。
「詩音さん、同席してもらってもいいですか?」
「君がそうしてほしいなら……」
「もし僕の様子がおかしいと思ったら、殴ってもいいので僕を正気に戻して下さい」
冗談でそう言ったわけじゃないことくらいは分かる。私は何も答えず、ただ小さくうなずいて見せた。
勝呂唯は小柄な女だった。就活で着るようなリクルートスーツに身を包み、出された座布団に座らず畳の上に正座して座っていた。
大智君が客間に入ってくるのを見て口を開きかけたけど、続けて私も入ってくるのを見てまた口を閉じた。
「勝又君、突然押しかけてしまってごめんなさい! 来るにしても電話でアポを取ってからにすべきなのは分かってるんだけど、〈本人は会いたくないって言ってますが〉って家族の人に伝えられるだけで、君の声も聞けずに断られるかもしれないって思い直して、直接来ることにしたんです」
「勝呂さん、中学のとき以来だね。近くに住んでるんだろうから、そのうち会うかもしれないとは思っていたけど」
「ううん、私は横浜にある大学に入学して、こっちから通うこともできたけど、どこかでばったり君と会うことになるのが怖くて、入学したときからずっと向こうで一人暮らししてたんだ」
「そんなに僕と会いたくなかったんだ。当然か。僕は君にひどいことしたからね」
「そうじゃない! ひどいことをしたのは私! あの頃のことを君に責められるのが怖かったんだ!」
中学のとき、大智君が自殺未遂に追い込まれるほどのひどいいじめに遭っていたのは聞いている。当時のいじめの加害者が今になって謝りに来たのかと思ったけど、そんな単純な話でもなさそうだ。
よく考えたら、いじめの加害者が自分から被害者に謝りに行くわけがない。そもそも悪いことしたと思ってないか、悪いことしたという自覚はあってもたいしたことじゃないと思ってるか、そのどっちかなんだから。
「あの、そちらの人はお姉さんですか?」
「西木詩音さん。僕の婚約者で、もういっしょに暮らしてる。僕の就職が決まったら入籍することになってる。そういう人だからこの場に同席してもらってもいいよね」
「それはもちろん……」
唯は心の底から驚いたようだった。
「勝又君、婚約者がいたんだね。おめでとう! 本当によかった! もし君があの頃のことを引きずって七年経った今も一人ぼっちで苦しんでいたんだとしたら、私は――」
唯はハッとしたように口をつぐんだ。
「ううん、なんでもないです」
「あれから七年か。勝呂さんは今幸せなの?」
「幸せだって感じたことはなかったかもしれない。私のせいで自殺未遂するまでに追い込まれた人がいるのに、自分だけ幸せになるなんて絶対に許されないってずっと自分を責めてきたから」
「それなら大丈夫。僕は今、自分でもときどき信じられなくなるくらい幸せだから。君もあの頃のことは忘れて自分の幸せを見つければいいよ」
「あんな目に遭ったのに優しい人なんだね、君は……」
唯の目元から涙がこぼれ落ちる。私という婚約者がいなければ、今にも恋が始まりそうないい雰囲気。正直おもしろくない。
「大智君、結局この人はかつて君をいじめていたの? いじめてなかったの?」
いつまで経っても二人の話は要領を得ない。私は一番聞きたいことだけを問いただした。
「もしいじめてたっていうなら、今日のところは帰ってもらってほしい。たとえ君本人が許したとしても、私は自分の恋人を自殺未遂に追い込んだ人たちを一生許す気はないよ」
「勝呂さんが僕をいじめたことはないよ。むしろ何度も助けてくれた。僕が大勢に囲まれてる中に一人で飛び込んで僕を連れ出してくれたり、僕がいじめられてると先生に訴えてくれたり。当時、勝呂さんは僕のいるクラスの委員長だった。クラスで一番正義感も責任感も強かったと思う。実際、僕を助けてくれたのは勝呂さんだけだった。本当に感謝してる」
「でもあのときから私は勝又君を助けるのをやめた。君がどれだけひどい目に遭わされていても、見て見ぬ振りをするだけだった」
「あのときって?」
私は唯に聞いたのだけど、唯は言いづらそうに俯くだけ。答えたのは大智君だった。
「僕が勝呂さんの体育着に精液をかけたとき」
私は言葉を失った。助けてくれた人にどうしてそんなひどいことができるの? そんな変態だったからいじめられたんじゃないの? そんな言葉が出かかった。
「勝又君が小山田君たちに無理強いされてそうしたことは最初から分かってた。それもいじめの一環だって知ってたのに、汚された体育着を見てこれ以上自分に被害が及ぶのが怖くなって、君を助けるのをやめた。途中で助けるのをやめるくらいなら、最初から助けない方がマシだったかもしれない。私をすがるような目で見てくる人を、私は自分かわいさに見捨てたんだ。それから一ヶ月も経たないうちに君は自殺未遂して、命を取り留めたと聞いたあとも何ヶ月も学校で姿を見かけることはなかった。君が学校に復帰してきたのを見たときはうれしかった。幸い復帰後は小山田君たちも君をいじめなかったけど、いつ見ても君は一人ぼっちだった。君に土下座してあのときのことを謝りたかった。でもどんなに罵倒されるかと怖くなって、同じクラスにいるのに一言も話せないまま君も私も卒業して、それぞれ違う高校に進学した。当時の私はホッとしていたと思う。君がそばにいなくなって罪の意識に苛まれることがほとんどなくなったから」
「罪の意識がなくなったのに、なんで今頃謝りに来たの?」
また唯に話を振った。今度は唯が答えた。
「実は私、来週教員採用試験を受けるんです。笑っちゃいますよね。いじめを見て見ぬ振りをした卑怯者が学校の教師になりたいなんて。でもそれは小学生の頃からの夢だったんです。だから勝又君にあのときの私の罪を許してもらって、心のわだかまりをなくした上で試験に臨みたいって考えたんです」
何それ? 自分の心のわだかまりをなくしたいから許してほしい? それは大智君のためじゃなくて、全部自分のためじゃん!
身を乗り出してまくし立ててやろうとした私を、大智君が遮った。
「詩音さん、ありがとう。あなたが勝呂さんに厳しく言うのは、僕のため、僕を守るためだということはよく分かってます。正直言うと当時、勝呂さんが僕を助けてくれなくなったのはショックでした。勝呂さんという歯止めがなくなって、僕へのいじめも一気にエスカレートしたのも事実です。でもそのことをずっと悔やんで、こうして罵倒されるのを覚悟して謝りに来てくれたんですよね。僕は勝呂さんは立派な教員になれると思うし、ぜひそうなってほしいなって思いました。僕は勝呂さんにいじめられたことはないので許す資格があるかどうか分からないけど、勝呂さんが許してほしいと言うなら許しますと答えたいと思います。勝呂さん、それでいいですか」
「勝又君、ありがとう! 謝りに来て本当によかった……」
張りつめていたものがプチンと切れたみたいに、唯が激しく泣き出した。
このあと、大智君も教員採用試験を受けるのだと聞かされて、唯は飛び上がるほどびっくりしていた。
「勝又君、きっといい先生になれると思うよ」
なんて言っていたけど、さっき再会したばかりでなんでそこまで分かるの? 言葉の軽い女だなと思った。
唯は大学のある神奈川県ではなく、親元の静岡県で受験するそうだ。受験する校種と教科も大智君と同じ高校の国語科。見事に大智君と競合する。唯が合格して大智君が不合格になったら嫌だな。正直嫌な予感しかしない。
唯が帰ってから大智君に聞いてみた。
「中学のとき唯さんのこと好きだったでしょ?」
「うん。僕の初恋の人だった。もちろん告白もできなかったけどね」
正直にそう言われて安心した。何を証拠にとか、勘違いだよとか否定されたら、それはたぶん今でも唯のことが好きだと言ってるのと同じだから。
「詩音さん、もしかして勝呂さんに嫉妬したんですか?」
「少しね……」
「僕らの部屋に戻りましょう。七年前、僕が自殺を図った経緯を教えますよ」
「それは唯さんと関係ないんじゃなかったの?」
「勝呂さんは自分が助けるのをやめたから僕が自殺したってまだ思ってるみたいですね。それは違うけど、彼女は僕の自殺と関係ありますよ」
そのときの大智君の顔は怒ってはいなかったけど、なんだかとても寂しそうに見えた。
七年前、気がつけば十一月になった。
十二人の男たちとの刺激に満ちた、そして小野先輩とのプラトニックな交際はまだ続いていた。
街にはクリスマスソングが流れる。今までクリスマスに恋人がいたことがなくて、聖夜といっても誰にも選ばれなかった惨めさを胸にひたすら眠るだけの夜でしかなかった。
今年は小野先輩も加えれば恋人が十三人もいる。誰と過ごせばいいのだろう? 私が決めていいんだよね?
最高のクリスマスにするためにいろいろとプランを練る楽しい日々を送っていた。
クリスマスが終わり年をまたげば、竜星と礼央の誕生日がすぐにやってくる。二人とも一月生まれ、次の誕生日で二十三歳になる。二人にどんな誕生日プレゼントを渡すか、それを考えるのもとても楽しい。
今日のデートの相手はラモス。外で食事してから斉藤大輔の部屋に連れ込まれ、すでに二回セックスを済ませている。
申し訳ないけど、正直あまりときめかない。とはいえ私の気を引こうとして、あれやこれやと話しかけてくる健気なところはかわいいと思う。
「姫、おれ免許取ったんですよ」
ラモスは竜星の二つ下だから今二十歳か二十一歳。そういえば誕生日がいつかも知らない。何度もセックスした相手なのに誕生日も知らない。よく考えたらおかしな話だけど当時は全然気にしなかった。十二人の中に誕生日がいつか知らない者はラモス以外にも何人かいた。
「何の免許取ったの?」
「原付です」
二十歳過ぎて今頃原付? 変な子だなと思った。知ってたけど。
「免許見せて」
と言ったら素直に見せてくれた。誕生日は先月。つまり二十一歳、私より一つ年上か。と思ったけど、誕生年の数字を見て、計算が合わないことに気がついた。免許証の印字が正しいとするなら、ラモスは先月十六歳になったばかり――
そんな馬鹿なと心の中で叫んで押しつけるように免許証を返した。私は二十歳。十八歳未満の児童と性交することを淫行と呼び、淫行が都道府県の条例で禁止されてることは大学の授業で習った。
私は教育学部の教員養成課程の学生。近年、淫行などで逮捕される教職員があまりに多いので、大学でも教師の卵である私たちが将来そういうことにならないように、授業の中でコンプライアンス(法令遵守)について多くの時間を割いて指導している。さまざまな事例について紹介された中に、大学生のときに十七歳の女子高生と淫行し、翌年教員として採用されたあとそのことが発覚し懲戒免職となった、というケースもあった。私がラモスとしたことは男女を入れ替えれば、このケースとほぼ同じだろう。そもそも男女の違いは関係ない。淫行した相手が女子でも男子でも十八歳未満であるなら、発覚すれば処罰を免れない。
しかもラモスとは今日が最初じゃない。彼が十五歳のときから何度もセックスしてきたことになる。十八歳未満だと知らなかった。何度も会っている場合、そんな言い訳が通用しないことも習った。
ラモス本人が警察に相談することはないだろうけど、このことを彼の家族に知られたら……。私は逮捕されるのか? 大学を除籍されるのか? 運よく大学を卒業するまで発覚を免れたとしても、教員になってから発覚すればその時点で懲戒免職。
淫行の時効は三年だけど時効完成は犯罪になるかならないかの違いしかない。バレるのが三十年後だったとしても懲戒免職だ。その恐怖に怯えながら教壇に立ち続ける? そんなの絶対に無理だ!
「姫……?」
ラモスが心配そうに私の顔を覗き込む。鈍感なラモスに心配されるくらいだから、私の顔はさぞや真っ青だったことだろう。
「ごめん。急用を思い出して、今日はこれで帰るね」
「こんな遅い時間に?」
「う、うん。ごめんね……」
帰宅してすぐ竜星に電話をかけた。
「詩音? 今夜はラモスと会ってるんじゃなかったの?」
「ラモス君が取ったばかりだという原付の免許証を見せてもらったんだ」
「それで?」
「生まれた年で計算すると、彼十六歳なんだけど! どういうことか、竜星さん知ってる?」
「ああ」
竜星はまったく取り乱さない。いつもの竜星だった。
「あいつ兄弟で同時に免許取れたって言ってた。詩音が見たのはあいつの弟の免許なんだと思う。名前見た?」
「なんかローマ字で書いてあったのは覚えてるけど、詳しいスペルは覚えてない」
「つまりそういうこと。あいつが抜けてるの、詩音もよく知ってるよね。びっくりした?」
「びっくりした! なんだ、そういうことか。私、人生終わったかもって放心状態でうちまで帰ってきたのに……」
「詩音、今一人?」
「うん」
「心細そうだから今夜一晩そばにいてあげたいって思ったんだけど」
「すぐに来て!」
思いも寄らず流星に抱いてもらえることになって胸が躍った。
それからすぐに現れた竜星に何度も何度も絶頂に導かれるうちに頭の中が真っ白になり、不安も心配事もすべて忘れた。前にもこんなことがあった気がすると思いつつ、いつのまにかおとぎ話の世界の中にいるような深い眠りに落ちていた。