女王が帰還した。
大株主の立場で姉を追い出した父が死に、会社に帰ってきたのだ。
姉は結局、父の火葬に間に合わなかった。しかし、その翌日に日本に帰ってきて、遺骨を見に佐橋の家に寄ることもなく、直接会社へ行き、仕事を再開したようだ。
最近まで自分が使っていたはずの社長室の扉をノックし、部屋に入る。
「麗、お疲れ様。大変だったろうに、よく頑張ったわね」
久々に見た姉は仕事を捌きながら、麗にちらりと視線を送ってくれた。
まだ一応辞令は出ておらず、社長は麗なのだが、社長の椅子は姉のために存在しているようにしか見えない。
ここ数年で、姉は更に美しくなったと思う。
ボブにカットされた艶やかな黒髪を耳にかけ、意思の強そうな大きな目には、常人では持ち得ない輝きが宿っている。
「ううん、私は大したことはしてないよ。明彦さんや重役の皆さんが踏ん張ってくれただけ」
「素直に感謝されておきなさい。社長の椅子はあんたには重圧だったでしょう?」
「うん。解放されて嬉しい」
そう、嬉しいはずなので、麗は笑ってうんうんと頷いた。モヤモヤとした感情は気のせいだ。権力の魔物という奴にきっととりつかれていたのだろう。
「あれの遺産を入金しておくからサインして。悪いけど、この会社の株は私がもらうから全部放棄してね。土地は母さんにしたから、あんたはお金」
姉が継母に分配すると決めた土地は駅前にあり、駐車場として活用されている。先見の明があった祖母が購入したものだ。
月に一度入金されるので、父から生活費を入金されていたときと継母の生活は変わらずに済むだろう。
「あんたは母さんと違ってお金に関してはしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、無駄遣いしないように。といってもあれが豪遊していたから大した金額じゃないんだけどね」
「私の立場で遺産まで頂くのは申し訳ないし、お母様と姉さんで分けて」
姉が渡してきた遺産分割協議書と書かれた紙に書かれた麗への遺産額は、麗にとっては大金だが、確かに姉や明彦には大したことがない金額だろう。
それでも、このお金があった方が会社を再建する姉の助けになると麗は思った。
「麗、結局あれの入院の面倒もあんたが看たんでしょ? 母さんはそういうのやらないだろうし。当然の権利よ、受け取っておきなさい」
「はい、姉さん」
姉に命じられるとついつい聞いてしまい、麗はサインした。
姉もそれがわかっているから直接言ってきたのだろう。
「ところで、姉さん、義彦さんとお付き合いしてたんやね、知らんかった。今度恋バナとか聞きたいかも」
「付き合う? ああ、そんなんじゃないわ。ただのセフレ」
「セフレっ!???」
なんでもないこととばかりに言う姉に麗の声は裏返った。
「別に今どき珍しくもないでしょう?」
「その、でも、義彦さんは……」
あの、姉の寝顔を見ていたという言葉。そんな言葉、姉を想っていないと出てこないはずだ。
「そうね、私に惚れてるわね」
なんでもないことのように言う姉に麗は困惑した。
いつもならば、さすが姉さん。進歩的だよねと、姉の行動を肯定しているはずなのに。
「あ、そうそう、アメリカの会社の引き継ぎは大丈夫なん?」
「ええ、はじめから父が死んだ時点で抜けるとは伝えていたから」
姉はアメリカでスタートアップ企業? というやつに参加して朝から晩まで働いていたらしい。
その会社の華々しい成果を肩書の一つとして持ち帰ってくるために。
すごく忙しかったのだろう。麗は一応、自身の結婚や社長就任など何かあったときはメールで知らせていたが、返事はいつも了解のみだった。
(仕方ない。だって姉さんは忙しいもの。そんな忙しい姉さんを支えるのが私の喜び)
麗がいつものように姉に陶然としなかったからだろう。姉が眉をひそめた。
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