「おはよー佐藤くん!
昨日はありがとーね」
「こっちこそ。
あれからレイさんと無事帰れた?」
「うん。佐藤くんのほうはどう?」
「あぁ。
もう遅い時間だったし、二ノ宮を送ってから帰ったよ」
「……そうだったんだ!」
その言葉にほんの少し心が痛むけど、杏が大事に思ってもらえているのは嬉しいことだし、苦しいのも前ほどじゃない。
(よかったね、杏)
心の中で呟くと、私は佐藤くんと話をしながら席に着いた。
少ししてSHRが始まり、先生が今日の連絡事項を告げた。
「今日は連絡がひとつあります。
英会話の授業に、アメリカ人の方が来られることになりました」
「えーっ、聞いてねーよ!」
男子のひとりががすぐさま反応すれば、急に教室内がざわめきだした。
(えっ、まさか……)
頬杖をついてぼんやりしていた私は、思わず顔をあげる。
「静かにー!
その方は二時間目から全学年を回る予定です。
みんなは普段通りの時間割りで、変更はありません。
以上!」
先生が教室を出て行くと、次第にざわめきも落ち着いた。
対する私は鼓動が騒いだままで、レイの顔が頭をよぎる。
違うと思いたいのに、遊園地帰りに彼が「明日」だなんて言うから、よぎる不安や可能性を否定しきれなくなった。
(……いや。 そんなはずない、そんなはずないよ)
その「アメリカ人」がレイだなんて確信はないし、そもそも朝、けい子さんはなにも言っていなかった。
理屈を並べて、必死にレイじゃないと自分に言い聞かせる。
なのに3時間目の終わり、移動教室に向かう途中で、1年の教室から大きな嬌声がした。
「えー、なんだろ今の」
不思議そうに言った杏のとなりで、私の不安に似た動悸が激しくなった。
そして5時間目。
なんとも言えない気持ちで先生を待っていると、数分遅れでドアが開いた。
同時におしゃべりしていた女子たちが、水を打ったように静まり返る。
壇上に立ったレイは、いつもどおり穏やかな笑みを向ける。
私が息を詰めたのと、「きゃあああ!!」と教室中に嬌声が響き渡ったのは、ほぼ同じタイミングだった。
「静かにー!
夏休み前の特別授業で、今日はアメリカ人のレイ、フィリップさんに来てくださっています。
今日の授業は、レイさんとのお話です。
ちなみにレイさんは日本語がわかりませんから、英語のみで話をしてください」
「えぇーっ、まじかよー」
「キャーッ!!」
男子のめんどくさそうな声と、女子の黄色い声が混じった。
「じゃ、いつものディスカッショングループに分かれまーす!
レイさんにひとグループごとに回ってもらうので、質問に英語で答えましょう。みなさんも質問などをして、「会話」を楽しんでください」
「じゃ、お願いします」と先生に促され、レイは笑顔のまま軽く礼をした。
私は呆然と壇上のレイを見ていたけど、はっとして慌てて視線を外した。
(もう、もう、なんでよ……!)
けい子さんは市が主催する英語サークルも所属しているから、そのつてで呼ばれたんだろうけど、それにしたってなんでレイなの。
ほかのボランティアの知り合いの人なら、「こんにちは」と笑顔で挨拶だってできたのに。
(もう、けい子さんもけい子さんよ。レイが来るなら言ってくれたらよかったのに……!)
行き場のない文句を心の中で並べていると、杏と佐藤くんがこちらを振り返った。
ふたりは「どういうこと!?」といった顔をしていて、私は考えるよりも先に両手で「バツ」をつくる。
(嫌だ、ばれたくないよ……!)
だってレイが登場しただけでこの騒ぎなのに、知り合いだと知れたら絶対質問攻めだし、大騒ぎになる。
「言わないで」という意思表示に、杏と佐藤くんは戸惑いながらもとりあえず頷いた。
先生の指示で、みんなは席を立って机をくっつける。
すでにひとつめのグループに加わったレイは、みんなに質問をしているようだった。
「ちょっと、うちらはどうするー?」
同じグループの緒方さんが、レイのいるグループを横目に言った。
「どうって、うちは広瀬がいるから余裕だろ」
中川くんの発言に、私は慌てて首を横に振った。
「ちょっと待って、私任せは困るよ!」
「えー、だってなぁ。
話ったって、なに話せばいいんだよー」
だるそうに言う中川くんのとなりで、谷田くんが「あ」と思い付いたような声をあげる。
「ならさ、あの人に自己紹介とかしてもらえば?」
「おお、それいいな! 時間稼げそうじゃん」
中川くんが名案だとばかりに指を鳴らしたところで、後ろでどっと声があがった。
なんだろうと振り向けば、盛り上がっているのはレイのいるグループで、女子は顔を真っ赤にしている。
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