バザーにある屋敷の応接室に通されたシャーリィ達。しばらく待機していると、数人の護衛らしき男性に守られた真っ白な短髪に見事な髭を整えた老紳士が入室してきた。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。遂にファイル島の有力者と直接交渉が始まりますけど……このお爺様、何処かで見たような……。
「お待たせしました。ようこそ『ダイダロス商会』へ。我が主は現在所用で手が離せず、代わりに私ラウゼンが商談に当たらせていただきます」
「ほら、お嬢」
私はベルに促されてローブを脱いで素顔を表します。もちろん服装はお母様の礼服。ルミのケープマントも一緒です。
「お初にお目にかかります、ラウゼン様。『暁』代表のシャーリィと申します。此度はお時間を頂きまして、ありがとうございます」
私は膝を折り、スカートを摘まんで一礼するカーテシーで応じました。貴族風の挨拶です。
「これは、丁重なご挨拶を。どうぞお掛けください、お嬢様」
あちらもなにかを感じてくれたようです。だって仕草に気品がある……間違いなく貴族か、それに準じた高貴な身分だ。なぜこんな場所に居るか気にはなりますが。
「ありがとうございます」
私はソファーに座り、向かいにラウゼンさんが座ります。ベル達は私の後ろに立ち、あちらも護衛の方が後ろに立ちました。
「さて、本日はどのようなご用向きでしょうか?御取り引きの内容を伺っても?」
「はい。アスカ」
私と同じくローブを脱いだアスカが大事そうに抱えているアタッシュケースを私の前に持ってきたのでそれを受けとり、蓋を開いて中身をラウゼンさんに見せます。
「こちらの買い取りをお願いします」
中身は薬草が三束。特に希少な種類を選びました。
「これはこれは、『満月草』ですかな?それも状態が良い」
満月草は薬草の中でも最上位で、|回復薬《ポーション》の精製に欠かせない大変希少なものです。
……農園では雑草のように群生していますが。
「これは一部です。まだまだ船倉に蓄えていますが、こちらで買い取ることは可能ですか?」
そう問い掛けると、ラウゼンさんは姿勢を正しました。
「もちろん買い取らせていただきます。薬草の類いは需要が高く、満月草ともなれば高値が付きます」
「それは良かった。それで、お値段は?」
「そうですな、一束金貨一枚でどうでしょうか?」
ふむ、金貨二枚。破格ですね。他の相場に比べたら少しだけ安いような気がしますが。確か金貨三枚が相場のはず。
「分かりました。今回お会いしていただけた事ですし、割安で売却させていただきます」
相場を知っている上で応じていると伝える意味を込めて返答します。
……まあ、実際雑草のようにどんどん生えてきますからね。原価は人件費くらい。それでも月に金貨一枚ですから、ボロ儲けです。
「それはそれは、ありがとうございます。それで、数は如何程ですかな?」
「千束ありますが、買い取れますか?」
おっと、護衛の皆さんが目を見開いていますね。
「千束ですか。となれば金貨……いや、星金貨二十枚が必要になりますな」
ちなみに金貨百枚で星金貨一枚です。レイミが一億円と呟いていました。何の単位でしょう?
「流石に高過ぎますか?」
「星金貨二十枚となれば、我々としても今すぐに用意することは出来ませんな。猶予頂くか、あるいは代わりの取引による支払いを考えますが」
「それでしたら、購入したいものがあるんです」
「ほう、それはそれは。当方としては御用意できないものは無いと自負しております。何なりとお申し付けを」
大きく出ましたね。それなら遠慮無く。
「私が求めるものは『飛空石』、それも良質なものを探しています」
私がそう言うと、ラウゼンさんは怪訝な顔をされました。
「『飛空石』……でございますか?失礼ながら、あなた方はロザリアの方とお見受けします。仮に『飛空石』を手に入れたとしても、それを操作する術はおろか維持する技術も無いと思いますが」
「その事については、ご心配無用です。代金は惜しみません。何とか手に入りませんか?」
「ううむ……当商会としてもご要望にお応えしたいのですが、『飛空石』、それも良質なものとなれば容易ではありません」
「手に入らない、と?」
「いいえ、手に入れてみせましょう。ただし、代金としましては今回の取引の金額の半分を頂きます。『飛空石』を入手して、維持するために魔石も必要となりますからな」
つまり星金貨十枚……ううむ。
「もう少し安くなりませんか?」
「これが平時ならば半額でも手に入りますが、アルカディア帝国は現在内戦中。規模は小さなものですが、今後を見越して良質な『飛空石』や魔石は入手することが極めて困難となっております」
……そこを狙って薬草で利益を出している手前、あまり文句も言えませんね。しかし、利益の半分を個人的なことに使うわけにはいきません。残念ですが、今回は諦めるしかありませんね。
「……分かりました。残念ですが、今回は諦めます。無理を言って申し訳ありません」
「こちらこそ、ご期待に添えず……いや、せっかくご縁を頂けたのです。ただ返しては我が商会の名折れ。今後ともご贔屓にして頂く確約が頂けるならば、耳寄りの情報を差し上げますが」
ほほう。
「そちらが代金を踏み倒さないと言う確約が頂けるなら、考えますが?」
実際踏み倒して逃げようとした商人は何人も居ましたからね。全員適切に処理しましたが。
「我が『ダイダロス商会』の名に誓いましょう」
口約束?
「それだけですか?」
「取引は信用が第一。この島で最大の商売をさせていただいている我が商会の信用を賭けます」
ふむ。
「分かりました。では条件をひとつだけ。あなた方の主、つまり『ダイダロス商会』の会長との面会を求めます。それが叶えば今後は『ダイダロス商会』とのみ交易を行う。それでどうですか?」
耳寄りの情報とやらも気になりますし、折角見付けた良い商売相手。怒らせないためにも、この辺りが譲歩の限界でしょうか。
「生憎と我が主は多忙を極めます。今すぐとはいきません」
「その耳寄りの情報を得た後でも構いません」
「……良いでしょう。買い取りで誠意を見せてくださったのはあなた方です。必ず我が主との面談を実現させましょう」
「ありがとうございます。それで?」
「こちらをご覧ください」
そう言ってラウゼンさんはテーブルに海図を広げました。
「ここファイル島から南東に一日の場所に、無人島からなる『カロリン諸島』が存在します。先日そこで中規模の飛空船、飛空挺による空戦が行われたのです。そして幾つかの飛空船が島に墜落した」
ほほう。
「その飛空船には『飛空石』が遺されている可能性があると?」
「左様でございます。この情報はまだ広まってはいないでしょう。なにより『カロリン諸島』周辺は強力な魔物が住まう危険な海域。『飛空船』のパーツは高値で売れます。上手く行けば一攫千金、失敗すれば破滅。さあ、如何なさいますかな?」
手堅くお金で手に入れるか、危険を承知で冒険するか。
……ここで手堅い手段を選んでいるようでは、悲願なんて成し遂げられませんね。
「分かりました。『飛空石』以外の資材などは買い取って頂けますね?」
「もちろん、今回の代金と合わせて用意させていただきます」
「では薬草も私達が帰ったら引き渡しますね」
念のためです。
「畏まりました。ご無事の帰還を願っております。貴女に大いなる母の祝福があらんことを」
っ!?やっぱりこの人はっ!
私が確信を抱くと同時に強い怒気を感じて後ろを見ると、青ざめてるエレノアさん、苦笑いのベル、怖い顔をしたルイ、そして眠そうなアスカが映りました。
……あっ、これ怒られるパターンだ。
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