依存先候補、一件目!
―一件目と云っても此れが唯一の候補だが―
探偵社だ。
溜まった仕事を淡々と熟して行く。忌々しい記憶が思い起こされそうだが、反抗して静かに、何も考えず進める。
何時もは目にする事が出来ない此の私の様子に、徐々に視線が集まる。
「之から何が起きるんだ…槍が降るか…?」と云う巫山戯た国木田君の声が聞こえる。莫迦正直、声に出てるよー。
仕事に依存…は無理だな。出来るとすれば此の仲間が居る環境か。と成れば絆の確認の為にやる事は一つ!
「ねーえー誰かー出張の仕事残って無ぁーいー?」
「あ、僕之から行く処ですよ!」
名乗りを挙げたのは敦君だった。
道中に何時もの川が見える。何だか何時もより濁った色だ。其の甘美な誘惑を退けて、事件現場へ向かう。
現場に着くと直ぐに、金切り声を上げる女の様な何かを見た。
『ギャァァア”ア”ッッ!!!殺ッッ、スッッッ!!!!』
異能か?一般人に危害を加えようとしている。
「敦君!一般市民の保護、避難は頼む!」
「解りました!」
却説、本体は何処だ。あれの中に在るか。後ろに回り込んで…
『待ッッデッ、行カッ、ナイデェェ”』
!
今、
『アイツラ”ッ、ナノォ”ォ”??』
『イ”ヤ”ァアア”ア”』
「太宰さん!!」
ハッとして気付いた時には既に攻撃を受けていた。
痛い。
何して呉れる。
此のッ…!!
『ヤ”ア”ァァァ……』
「太宰さんナイスです!!」
『駄…目……』
与謝野女医に治療して貰った後で事情聴取をした。
大切な人の望んだ殺しを果たそうとしていたらしい。
「貴方がそれ程迄に大切にしていた方だったので或れば、其の方も貴方を大切にしていたのですか?」
敦君が云った。そして女性は下を向いたまま頷いた。
「貴方を大切にしていたのならば貴方の手を汚させる事はしたく無かった筈です。」
「…」
「ですが貴方は未だ罪を犯していない。」
「大丈夫、之からです!」
そうして彼女は一度帰って行った。
敦君は優しいな。だからこそ、自分の中身を曝してはいけない様に思える。
「太宰さん?」
ふと声を掛けられる。
「先刻の人、気の毒でしたね…。」
「え?ああ、そうだね。」
「あれ程人を想って生きられるなら、」
「殺しじゃ無ければ美談だったのに…。」
あ。
そうだ。
私は織田作の言葉を今も大切にしている。
だから人を救う側に立っている。
だが若し其の言葉が、人を殺せ等と云うものだったならば私はどうしていただろう。
…其れでも屹度私は、其の通りにしていただろう。
でも何方にしたって其の言葉の重みは変わらない訳だし。
社会の悪と善の見分けも付かない私には、善を選ばせて呉れた織田作の存在が唯一、恵まれたと云える事だろう。
何にせよ、私は社会的善の立場に居られる事に感謝しなければならない。
否、待て。
彼の言葉が意味していた『望み』とは、社会的善だったのか?本当に?
違う。
彼は私に、人を救う方が単に人を殺すよりも良いと云ったのだ。
詰まり、私が人を救う事を望んでいた。
私は今、社会的善の立場に立っているだけで、人を救えてはいない。
私にとってはの『救い』とは、一体何なのだろう。
次の日も探偵社に出勤。時間通りに。
其の次の日も時間通りに出勤。
更に次の日も時間通りに出勤。
毎日、正しく働いて、知ろうとした。
然し、『救い』は見付からなかった。
「如何したんだ太宰。体調でも良くないのか。」
「国木田君、」
「何だ。」
「君は此処で何を救った?」
どう答える。
「…何だ藪から棒に。」
「いーから。」
「そうだな…先ず依頼人は救っているだろう?」
「其れからまあ、自分自身も救っている事には成るな」
!
「此の仕事が出来て、人を扶けて、俺の理想は正しく叶っていく。 」
「其れで最終的に自身を救っているだろう。」
嗚呼、そうか。
「うん…そうだね。」
「……」
其れから数時間後、社員は皆退社しガラリと空いた部屋の中に私一人が取り残された。
いや、私を含め二人か。
「何です?態々こんな時間迄残って、」
外は夜だから、窓を眺めて居れば自分の後ろの人間に気付く事は容易い。
「乱歩さん。」
私は一体彼に何を見透かされているのやら。
「僕は止めておけ、って云う心算だったんだけどね。」
「太宰の奥底に沈むものを僕はどうにも出来ない。」
「どうにも出来ないのに止める権利が僕には無かった。」
「但し、一つだけ云っておく。」
「自分の信念は何が有っても守り抜け。」
……。
嗚呼、そう。
全部解ってる上で、止めたりしない。
全く貴方は恵まれてる、って心底思いますよ。
他人では理解し得ない心境も、口出しが出来ない状態も、全部自分で知った後で『救い』に出会った。
理想的な人の生だ。
私もそんな世界を観てみたい。
だから…―――
「有難う御座いました。」
「あれ?太宰さんは何処に行ったんですか?」
賢治君の声が探偵社に響く。
「そう言えば見掛けないな。もう昼過ぎだぞ。」
国木田が文句を云う。
「また前みたいに自殺を始めたのでは?」
敦君も続ける。
「碌でも無いな。考える暇が有れば仕事が幾らでも進む。」
そうして皆自分の仕事を再開する。
僕は彼等に話すべきだ。
其れでも此の儘云って仕舞えば、認めてしまう事に成る様で嫌だ。
…太宰はもう二度と、探偵社には帰って来ないと云う事を―――――
どうでした?