第一章 〜喰〜
第一節 【初まり】
腹が減った。
大学からの帰り道、僕はコンビニに寄ることにした。正確にいえば帰るわけではなく、これから先輩の家に向かうつもりだ。
店内に入り、いつものように唐揚げと肉まんを買おうとした時、おにぎりの棚に新作が並んでいることに気がついた。
『ツナマヨ味噌納豆』とかいうヤバい味と『タピオカミルクティー風イクラ』というイカれた味。
このコンビニが全国チェーン店ではない理由がよく分かる。いや、全国でないからこその品揃えか?
先輩への手土産にと思ったが、あの珍味大好きクレイジーなお方が自宅から大学の途中にあるこの店の新作を既に食べている可能性も十分にある。
となればどちらを食べているか…きっとよりヤバい方を選んだに違いない。
つまりツナマヨ味噌納豆を買うのが正解ということになる。これなら僕もギリギリ食べることが可能だからだ。
一つ手に取るとレジに向かう。店員に肉まんと唐揚げを頼み、支払いをスマホで済ませると商品の入ったレジ袋を受け取る。
財布を持ち歩く必要が無くなるとは、便利な時代になったものだ。
店から出ると肉まんを取り出し、思いっきりかぶりつく。温かい肉まんを頬張ると幸せな気分になれる。空っぽだった胃を満たすように食らいつき、あっという間に肉まんが消える。
しかしながら、僕の腹はまだ空腹を訴える。そこで唐揚げを取り出し、歩きながらゆっくりと味わう。
最後の一つを飲み込んだ時、丁度先輩の家が見えた。
食べてばかりではデブまっしぐらなので、マンションの階段を駆け上がり、そのまま三階の先輩の部屋まで小走りで行く。
立ち止まり息を整え、インターホンを押す。
「開いてるから入って」
と言われ、ドアに手を掛ける。簡単に開く扉を見て、不用心だなと思う。いつも通り___だった。
後ろで閉まる扉。適当に靴を脱いで上がり込む。
「先輩ー、あのコンビニ新作のおにぎり出てましたよ。」
リビングに顔を出して覗き込む。整頓された部屋、座り込む長い黒髪、窓から見える空。今日も綺麗だ。
「いらっしゃい。どんな味なの?」
彼女が振り返る。整った顔、艷やかな黒髪、スタイルも良い。デブではない。おかしい。
あれだけ食べているにも関わらず行動と結果が伴っていない。
「ツナマヨ味噌納豆ってやつです。あ、タピオカミルクティー風イクラってのはもう食べましたよね?」
レジ袋からおにぎりを取り出すと、彼女に見せる。
「あら、それは食べたわよ。あと、タピオカ風イクラは今日発売だから食べてないわ。」
「え?じゃあ……」
「ええ、よろしくね。」
やってしまった。既に食べていた方を買ったとは。
大学の先輩こと田辺 大菜(たべ おおな)は美人で、頭も良い。しかし彼女は変わり者であまり近づく人はいない。
彼女には悪癖がある。一度食べた料理は二度と口にしないのだ。といっても味つけや食材に違いがあれば問題ない。何が言いたいのか……つまりこの酷いおにぎりを彼女が口にすることはもう無い。必然的に僕が食べることになる。
「はぁ……先輩。これどうでした?」
もう肉まんと唐揚げを食べてしまったので満腹だ。先輩の近くに座り込み、おにぎりを見つめる。
「美味しい具を混ぜればいいわけではない…って感じだったわね。」
もう一つこの人のおかしいところは、とにかく色々な味を知りたいらしく、どれだけ不味かろうと見た目が悪かろうと、何でも一度は口にするところだ。
「それはつまり不味いってことじゃないですか。」
ため息をつく。食べる気が湧いてこないので、レジ袋に戻す。
「…何読んでるんですか?」
先輩に視線を戻すと、どうやら読書をしているようだった。食事以外の彼女の唯一の趣味だ。
「あら、職くんも興味があるのかしら?」
職くんというのは僕のことだ。色植 職(いろうえ つかさ)。彼女いない歴=年齢の何の特徴もない平凡な大学生である。
「『職くんも』ってどういうことですか?」
「私も興味があって読んでいるの。」
「何に興味があるんですか?」
「カニバリズム」
「……え?」
カニバリズム……人が人を食べることだった筈だ。
「いやいや…本気ですか?」
「ええ、そうよ。」
これは大変なことになった。彼女は一度食べると決めたものは絶対に食べる。
「いや、普通に法律とかに引っかかりますって」
「バレなければ問題ないわ。」
「僕が警察に言ったらどうするんですか?」
「職くんは手伝ってくれるわよね。」
これは…脅しだろうか。もしかしたら食べられるのは僕かもしれない。
「じゃあ…百歩譲ってバレないとします。人肉なんてどうやって手に入れるんですか?」
「それは大丈夫よ。」
「え?いや、僕は殺人には加担しませんからね。それとも、もしかして僕を…」
「殺人はしないし、職くんは美味しくなさそうだから…。」
安心したが、同時に何か侮辱された気がするのは気の所為だろうか。
「それじゃあどうするんですか?」
「死体からちょっと貰うのよ。」
立派な犯罪だった。
「あの、先輩。死体損壊罪って知ってます?」
「バレなければ問題ないわ。」
「またそんなこと言って…バレない筈ないですよ。」
「いえ、バレない方法があるわ。」
もう駄目だ。これは犯罪の臭いしかしてこない。
「止めておきましょうって。」
「職くんは…興味ないの?」
「……無いです。」
「嘘つく必要は無いわよ。」
しばらく無言が続いた後、先輩が口を開いた。
「それに、これは社会貢献にも繋がるわ。」
「……はい?」
カニバリズムが社会貢献?食料問題が解決するとでも思っているのだろうか。
「最近の連続殺人事件、知ってるかしら?」
「ああ…ニュースでよく見ますね。」
相次ぐ女性だけを狙った殺人事件のことだ。悪趣味なことに、どうやらこの殺人鬼は女性を殺害した後、死体を解体したり、一部を親族の家の前に置いたりして反応を愉しんでいるらしい。
「それと何か関係が?」
「ええ、その犯人が殺害する瞬間を写真に収めて、立ち去ったところで死体から肉を貰い、証拠は警察に渡すの。」
「……ええと…?」
「殺人鬼の、死体を傷つける癖を利用するの。上手く行けば犯人は捕まって、それに貢献した私達が疑われることは無いわ。」
「そんな無茶な…。」
一つ分かったことがある。どうやらこの先輩は殺人鬼よりも頭がおかしいようだ。
「いい考えだとは思わない?私達は新鮮なお肉が、警察は凶悪犯罪者の身柄が手に入るのよ。皆がハッピーになれるわ。」
「あの、少なくとも二人は幸せじゃない人がいると思うんですが。」
「誰かしら?」
「犯人と被害者…。」
「あら、犯人は幸せでなくてもそろそろ捕まるべきだと思うのだけれど。」
「じゃあ被害者はどうするんですか?今の話だと殺害されるところをカメラ持って眺めるみたいですけど。」
「流石に殺害現場は難しいわ。解体に立ち会うのがベストね。」
「あの〜…ちなみにそれは誰が…。」
「職くんに頼みたいのだけれど。」
「たった今、三人目の不幸な人物が生まれてしまいましたが。」
「頼りにしてるわ。」
「頼らないで下さい。」
この時、僕は半分冗談だと思っていた。ここで彼女をしっかりと止めるべきだったのだが。
まさかあんなことになるなんて、考えもしていなかった__
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