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どういうことだ…?
雪乃は首を傾げる。
もう音楽を奏でることはない…?
執事の悲しげな顔に、雪乃が口を開きかけた時、
「何故だか教えてあげましょうか?」
話を聞いていたかのように、立花が現れた。
「美希様…」
「いいのよ、坂本。誰にも言わないつもりだったけど」
隣に立つ執事を制し、雪乃に近付く。
「あなたなら、話してもいいって思ったから」
その真っ直ぐな視線に、雪乃も目を離せない。
「…ある時から、私は音楽を遠ざけた。楽器からなにから、もう二度と触れないように」
「…それは、合唱コンクールで歌わないって言ったことと関係が?」
「ええ。そうよ」
立花は目を細め、白いピアノを見つめた。
「…歌えないの。歌えなくなってしまったの。ある日突然」
その言葉に、雪乃は目を見開く。
立花は口角を上げ視線を落としながら、自分の喉を指先で触れた。
「…歌おうとすると、声が出なくなってしまうの」
そう言って立花は口を開け、パクパクと動かす。
しかしそこから漏れるのは、掠れた声のみ。
その光景に、言葉を失う。
「ね?だから、もうやめたの。音楽を」
喉をさすりながら、少し諦めたように笑う立花。
「これを見て母様も私のことを見放したわ。あんなに熱心に歌を教えてくれていたのに。歌えない私に価値はないみたい。
それから私は歌えないことを隠して生きてきた。世界的に有名な歌手の娘が歌えないなんて、母様の恥だもの」
俯いて笑う立花。
そうか。
『歌わない』じゃなくて、『歌えない』だったのか。
雪乃は目を細め、じっと立花を見つめた。
どれだけ辛かっただろう。
きっと大好きだった音楽を手放すことも、
母親に見放されることも。
それを誰にも知られないように、生きていくことも。
「…でもいいの。今は父様の手伝いをする為に勉強で忙しいし、もう昔のことだし」
吐き捨てるようにそう言って、立花は雪乃の手を引く。
「ほら、もう寝ましょ。あなたの部屋も用意してるから。あ、今話したことは勿論他言無用よ」
さらっと話題を変え、雪乃を引っ張っていく。
「坂本、もう寝るから」
「かしこまりました」
頭を下げる執事を横目に、2人はその部屋を出た。