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断髪式

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ホワイトデーと重なった苺歌お姉ちゃんの19歳の誕生日。

今年の僕と有一郎からのプレゼントは、最近耳に穴を空けたお姉ちゃんに似合いそうな可愛いピアス。耳にぴったりくっついているタイプと、揺れるタイプの2種類。お姉ちゃんは金属アレルギーではないけれど、そんな人でも安心な、肌に優しい金属らしい。


お姉ちゃんはすごく喜んでくれて。お風呂と寝る時以外はいつもそれを日替わりで着けてくれていた。







今日はとうとうお姉ちゃんの引っ越しの日。

涙でぐしゅぐしゅになるかと思いきや、意外と平気だったのは、お姉ちゃんが今後の楽しい計画を話してくれていたから。

引っ越しの荷物が片付いたら、僕と有一郎の2人でお姉ちゃんちに遊びに行くんだ。その時に向こうで何を見て回るか、どんな美味しいものを食べるか、事細かに提案してくれたお姉ちゃん。

それに、今日アパートに泊まって、水道やらガスやら電気やらの開通に立ち会ったら、またこっちに戻ってくるって。

蜻蛉返りするのは大変だろうけど、正直言って嬉しかった。




『じゃあ、行ってくるね』

「気をつけるのよ」

「お姉ちゃんまたね」

「帰ってくるの待ってるね」

『うん、ありがとう』


新幹線の駅のホーム。母さんと僕たちの見送りに、お姉ちゃんがにっこり笑う。僕たちがプレゼントしたピアスが、今日もお姉ちゃんの耳できらりと光った。


あと少しで新幹線が来るという時に、父さんがポケットから何かを取り出す。

それは……え!?パンツ!?


「苺歌!これを持って行きなさい」

「ちょ…、なんで父さんの使い古しパンツなんて持たせるの!?」


僕と同じくぎょっとする兄さん。

対照的に、お姉ちゃんは可笑しそうにくすくす笑っている。


『あのね、ひとり暮らしの女性の家に男物のパンツを干しておくと狙われにくいって話があるのよ』

「昔からよく言うわよね」

「そうだよ。だから大事な大事な苺歌とその家が変な奴に狙われない為の魔除けなんだ!」


そ…そうなんだ……。


『お父さん、ありがとう。男物のパンツはしま●らのワゴンセールで買ったのがあるから大丈夫だよ』

「そうか?何枚あってもいいと思うぞ?」

『ううん、平気。4枚セットを買ったから日替わりでぶら下げとく 』


頑として自分の使い古しパンツを持たせようとする父さんと、やんわり断るお姉ちゃん。

いくら父親でも、よれよれのくたびれたパンツなんて新居に持って行きたくないよねえ。

しかも公共の場でパンツ差し出さないでよ。


「父さん。お姉ちゃん要らないって言ってるんだからやめなよ」

「うう…そうか……」


僕と父さんのやり取りに、お姉ちゃんが少しほっとしたように僕に笑いかけてくれた。




「あ、来たよ」


有一郎の声に、ホームを見る。

ゆっくりと新幹線が入ってきて、ゲートが開く。


僕たちは順番にお姉ちゃんとハグをして、乗り込んだお姉ちゃんに手を振った。














その次の日の夕方、お姉ちゃんが時透家に帰ってきた。たった1日ちょっと空いただけでも再会が嬉しくて、僕と有一郎は競うようにしてお姉ちゃんを出迎えた。




晩ごはんの後。リビングでまったり過ごしていると、お姉ちゃんがおもむろにソファから身体を起こして僕たちに声を掛けた。


『ゆうくん、むいくん。お願いがあるの』

「え?」

「何なに?」


何だろう。お姉ちゃんから僕らにお願い事って。


『あのね、断髪式に付き合ってほしくて』

「え!?だんぱつ!?」

「お姉ちゃん髪切るの!?」


せっかくの綺麗な長い髪なのに。勿体ない……。


『ヘアドネーションしたいんだ』

「「ヘアドネーション??」」


聞き覚えのない単語に、見事に揃って復唱する僕と有一郎。


『その協会に髪を寄付するとね、医療用ウィッグになって、病気だったり体質で髪の毛に悩みを抱える人のところに届くんだって。素敵でしょ?』

「そうなんだ!」

「知らなかった。お姉ちゃんはその為に髪を伸ばしてたの?」

『うん。またやりたいなって思ってた』


切ったら捨てられる運命の髪の毛が誰かの役に立つんだね。優しいお姉ちゃんらしい。


「断髪式って何すればいいの?俺たち美容師さんじゃないから上手に切れないと思うよ」


兄さんが不安そうにたずねる。


『大丈夫よ。美容師さんが細いゴムで髪の毛を分けてまとめてくれるから、その毛束を持って、結び目の少し上を切ればいいの。…前にドネーションカットした時は、お父さんとお母さんがハサミを入れてくれたんだよ』


そういえば、お姉ちゃんが中学生の時にも長かった髪をバッサリ短く切ったことがあったな。事情を知らない僕らは、お姉ちゃんが失恋したんじゃないかって大慌てしたっけ。


「そのやり方ならできるかも。お姉ちゃんの断髪式やりたい」

「うん!僕も!」

『ありがとう!ドネーションカットを受け付けてる美容室がここなんだけど、明日ってどう?』


お姉ちゃんがスマホで美容室のサイトを見せてくる。


「明日は将棋ないから俺も無一郎も空いてるよ」

『そっか!よかった。じゃあ、早速予約しようかな。明日はよろしくね』

「「うん!」」


お姉ちゃんの綺麗なロングヘアとも今夜が最後なんだ。そう思うとちょっと寂しいけれど、名前も顔も知らない誰かがウィッグで笑顔になってくれるなら、こんな素敵なことないよね。













翌日。美容室に行く前に、お姉ちゃんのロングヘア姿を一心不乱に写真に収める両親。

お姉ちゃんはちょっと困ったような顔で笑っていた。




「いらっしゃいませ」

『ドネーションカットをお願いしていた時透と申します』

「お待ちしておりました。…あら?双子ちゃん?」

『はい、弟たちに断髪式を頼んだんです』

「いいですね!ではお姉様はこちらにどうぞ。弟さんたちは少しお待ちくださいね」

「「はい」」



お姉ちゃんが書類にサインをして、椅子に案内され、美容師さんが手際よく長い髪をいくつかに分けていく。


「はい、お待たせいたしました。弟さんたち、こちらにお願いします」


ドキドキしながらお姉ちゃんに近付く。美容師さんがお姉ちゃんのスマホで動画を録り始めた。


まずは有一郎から。左手で毛束を持って、右手で結び目の少し上にハサミを当てる。


「お…お姉ちゃん…いくよ……」

『うん、お願い』


何でも器用にこなす兄さんだけれど、結構緊張するタイプで。この時だって手も足もプルプルしていた。


シャキ……


「…ぷはっ…!」


息を止めていたのか、真っ赤な顔をした有一郎が切り取った毛束をトレイに置く。


「はい、ありがとうございます!お上手ですよ!では次の方お願いします」


僕の番だ。


「お姉ちゃん、次は僕がいくね」

『うん、よろしくね』


笑顔のお姉ちゃんと鏡越しに目が合う。


僕は深呼吸をひとつして、お姉ちゃんの髪にハサミを沿わせた。


シャキッ


「できた…!」


その後も交互にお姉ちゃんの髪にハサミを入れた僕たち。最後のほうでは有一郎も落ち着いていた。


「お2人ともありがとうございました。では、これから整えさせていただきますね」

「「はい」」

『ありがとう、2人とも。ちょっと待っててね』

「うん!」

「楽しみだね!」





「はい、これで終了でございます。お疲れ様でした」

『ありがとうございました』


カットとシャンプー、ブローを終えて、生まれ変わったお姉ちゃんが僕らのところに戻ってきた。


「「!!」 」

『お待たせ。どうかな?』


腰まであった柔らかな長い髪は、肩と耳の間くらいまで短くなっていた。


「すごく似合ってる!」

「可愛い!」

『ふふ。ありがとう』


お姉ちゃんのショートヘアを見ていたら、なんだか僕も切りたくなっちゃった。


「あの」

「はい?」

「僕もドネーションカットお願いしたいです!」

「はっ!?」

『えっ…むいくん!?』


お姉ちゃんと兄さんが驚きの声をあげる。


「あら、いいですよ。今日はこの後予約入っていないので。……弟さんの髪も30cm以上ありますね」

「やった!じゃあ、お願いします!」


とんとん拍子に話が進んでいく。


隣でそわそわしていた兄さんも口を開いた。


「あの!俺もお願いします!ドネーションカット!」

『えっ!?ゆうくんも!?』


なんと、断髪式について行った美容室で僕たちもドネーションカットをしてもらうことになった。

突然の思いつきに、お姉ちゃんはちょっと心配そうにこちらを見ていたけれど、僕たちが言い出したら聞かないの知っているから。まあ、いいか、というように眉を下げて微笑んだ。


僕たちの断髪式も、お姉ちゃんがハサミを入れてくれた。

その後、2人して同じような髪型に整えられる。

ちょっとくらい違いが分かるようにしてもよかったんだけれど、双子で髪質も似たような感じだったから、結局こうなっちゃうらしい。






帰り道。3人並んで歩く。3月といえど、まだ少し風が冷たい。


『2人とも、短いのもよく似合うよ。でも随分思い切ったね』

「お姉ちゃんとお揃いだからいいの」

「うん、そうだよ」


僕たちが言うと、お姉ちゃんはにっこり笑った。花の形のピアスが嬉しそうにお姉ちゃんの顔の横で揺れていた。






帰宅してからは、今度は短くなった髪のお姉ちゃんを一心不乱に写真に収める両親。ついでに僕たちも写真を撮りまくられた。


「ところで苺歌。来年は成人式だけど、それまでに髪はある程度伸びるかしら?」

『あ、そうだったね。忘れてた』


母さんの質問にお姉ちゃんがけろっとした顔で笑う。


『まあ、1年近くもあれば背中くらいまでは伸びるでしょ。長すぎてもヘアセットしにくいらしいから、ちょうどいいんじゃないかな?』

「そうね。よかったわ」


母さんもほっとしたように微笑んだ。


「苺歌は何色の振袖が着たい?」

『え?私はいいよ。スーツで行こうと思ってたし』

「何言ってるの!」

「振袖着ないのかい!?」


身を乗り出す両親に、お姉ちゃんがぽかんと口を開ける。


「私たちはあなたの振袖姿を見るのが夢だったのよ。せっかくなんだからレンタルじゃなく苺歌の為の振袖を仕立ててもらおうと思っていたんだから!」

「そうだよ。遠慮しないで好きな色の振袖を着てほしいんだ」

『え…でも高いし……。着る機会もそんなにたくさんはないでしょ?』


両親の圧にお姉ちゃんもたじたじだ。


「苺歌が結婚して生まれた子どもが女の子なら、その子が大きくなってから着せればいいさ」

「そうよ。使わないなら後々リメイクしたっていいんだから」

『うーん……』


そこに兄さんが口を挟む。


「母さんね、自分の成人式の振袖があんまり気に入らなかったんだって。でも母さんのサイズではそれしかなかったらしくて。だから娘のお姉ちゃんには自分が好きな色とか柄のお着物着てほしいんだよ」


お姉ちゃんが視線を向けると、母さんが頷く。


「お金のことなら心配しなくていいの。苺歌に振袖を作ってあげる為だけの貯金だってあるんだから」

「苺歌〜!頼むから美しい娘の美しい振袖姿を見せてくれよお〜!」


必死な様子の両親。


「僕もお姉ちゃんの晴れ姿見たい」

「俺も。ハタチの思い出は一生に一度だよ。綺麗なお着物着て、また写真館で家族写真撮ってもらおうよ」


僕と有一郎も説得する。



『……うん…分かった。ありがとう。じゃあ、お着物一緒に選んでね』

「「やったー!」」

「もちろんだよ!」

「楽しみだわ!」


根負けしたお姉ちゃんを、4人でむぎゅっと抱き締めた。











つづく

時透さんちのお姉ちゃん

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