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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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 エウィンの勝利が、戦場の空気を一変させる。

 一方で、構図そのものは変わっていない。

 イダンリネア王国と謎の魔女軍団。勢力としては依然としてこのままだ。

 彼らは言葉が通じるにも関わらず、忌み嫌うように戦っている。

 恨みつらみがそうさせており、ましてや、そう仕組まれているのだから当然だ。

 ゆえに、途中下車は許されない。

 これはそういう争いだ。

 立ち込める煙がいくらか落ち着くも、この地に以前の面影は見当たらない。

 ジレット監視哨。

 イダンリネア王国から最も遠い、軍事基地。

 六人の魔女に襲撃された結果、跡形もなく焼き尽くされた。

 小山のような瓦礫はその残骸であり、その中だけでなく周辺にも多数の亡骸が放置されている。

 痛ましい光景だ。直視すらもためらわれる。

 そうであろうと、彼らは迎え撃つしかない。


(とにかく今は、目の前のことに……)


 エウィン・ナービス。魔女を二人も退けた立役者。譲り受けた片手剣を使いこなせる技量は、過去の努力が実を結んだ結果だ。

 ただの傭兵でありながら、この戦いに巻き込まれてしまった。

 しかし、パワーバランスを覆したのもまた、彼の働きだ。


「やるぅ。お姉さんもがんばっちゃうゼ」


 エルディア・リンゼー。イダンリネア王国に移り住んだ、魔女達の長。

 二十五歳の若さで同胞に慕われている理由は、先代の一人娘であると同時にその人柄と実力の賜物か。

 先ほどから、闘気が体外へあふれ出ている。それが茶色い髪やオレンジ色のロングスカートを静かに揺らすも、準備としては道半ばだ。

 これは彼女のとっておきであり、時間をかければかけるほど、身体能力が向上する。眼前の敵とやり合うためには、必要な手続きと言えよう。

 その三人だが、さらに仲間が殺されたことで、旗色の悪さを実感した。


「あいつ、やばくなーい?」


 不真面目そうな魔女が、黄色い髪を指でクルクルと遊ばせる。

 そのは肩まで垂れるストレートヘアー。前髪は七三分けのように整えられるも、野暮ったさは微塵も感じられない。

 灰色のセーターは袖が長く、両手がすっぽり隠れている。

 対照的に黒色のズボンはみっちりと下半身を締め付けており、そのアンバランスなところが彼女の魅力だ。

 名前はケトレー。愛用する武器は片手剣。弱気な発言が多い理由は、そのような性格に起因する。


「マリリンだけならまだしも、オリガまで……。完全に想定外」


 中央の魔女が、無表情をこわばらせる。

 ムセル。茶色い髪が眉毛を隠しており、一方で両耳は露出している。

 黒一色のコーディネートは半袖半ズボン。動きやすさだけを重視しており、この服も仲間に見繕ってもらった。

 腰から下げた二本の短剣が彼女の武器だ。

 二刀流。誰の目からも明らかな戦闘スタイルと言えよう。


「ふん」


 無口な魔女が前髪をかき上げる。

 彼女の名前はサラ。三人の中で最も背が高く、口数の少なさも相まってどこか高圧的だ。

 オレンジ色の髪は長く、質素な長袖と長ズボンは麦色で統一している。

 その背丈はエルディアさえも上回っているのだが、年齢は二十歳ゆえ、この中では最年少。

 彼女は凶器の類を携帯していない。拳こそが武器だと自負している。

 ケトレー。

 ムセル。

 そして、サラ。

 この三人が、エルディアの前に立ちはだかっている。

 彼女らもまた、マリリンやオリガと同様に古傷まみれだ。

 顔や腕、足、衣服の下にも、多数の傷跡が刻まれている。

 魔物を狩り続けた証か?

 王国軍に抗ってきたのか?

 それを知るには、直接問うしかない。

 しかし、エルディアはあくまでも冷静だった。


「前回みたいに逃げてもいいんだよ? 今回も見逃してあげる」


 安い挑発だ。

 そうであろうと、敵の逃亡は彼女にとってもありがたい。

 なぜなら、生存者の救助こそが最優先だ。

 彼女の魔眼には、横たわる人間が十人前後も映り込んでいる。

 全員死んでいるのか?

 何人かは瀕死ながらも息をしているのか?

 何一つわからないながらも、それゆえに諦めるには時期尚早だ。

 その多くが軍服を着ているのだが、その中に見知った人物が紛れている。

 先走った四人の内の二人だ。どちらも前のめりに倒れており、動く素振りは微塵もない。

 エルディアが単身で駆け付けた場合、どうすることも出来なかった。回復魔法の類を使えない以上、声掛けが限界か。

 しかし、今回はアゲハが同伴している。触れるだけでどんな傷も治せるのだから、生存者の確認は急ぎたい。

 残念ながら、そのような事情をくみ取れるほど、眼前の魔女は優しくなかった。


「我らがリーダーは助けてくれないみたいだしー? やるだけやってみよっか?」

「あいよ」

「ふん」


 ケトレーの意見に、残りの二人が賛同する。

 一方、エルディアはこのタイミングで気づかされた。


(リーダー? あ! 確かにいない! 一番やばいのが!)


 敵の総数は五人ではない。

 周囲には見当たらないが、本来は赤髪の魔女を含めての六人組だ。

 そうであると思い出した以上、警戒心を高めなければならない。

 前回の遭遇戦で五人を追い詰めたにも関わらず、全員に逃げられた理由。それこそが、六人目の魔女だからだ。


(魔眼の解放が途中だけど、仕方ない。合流される前にやらないと!)


 リーダーがいない内に、眼前の三人を倒す。彼女が現れてしまったら最後、手詰まりとなってしまう。

 エルディアは焦るように背中の両手剣を抜き取る。

 両刃の刃は幅広な上、その太さは力強い。

 灰色のこれはスチールクレイモア。小さな子供は当然ながら成人男性でさえ腰を抜かす重量ながら、この傭兵は右手だけで軽々と扱う。

 鈍器としても使えるだろうが、これはれっきとした刃物だ。エルディアは真ん中に立つその魔女へ、焦るように刃を振り下ろす。

 避けられなければ、人間など瞬く間に真っ二つだ。頭頂部から切り裂かれ、胴体含めて左右へ分割されてしまう。

 残酷な話だが、エルディアはそうするために右腕を振り抜いた。

 これは殺し合いゆえ、慈悲という単語はどこを探しても見当たらない。

 しかし、彼女の目論見は否定される。

 悲鳴の代わりに鳴り響く、身がすくむほどの金属音。刃と刃がいがみ合うようにぶつかった結果だ。


「くっ!」

「すごい馬鹿力。両手で受けて正解」


 エルディアが顔をしかめる一方、防いだ側は無表情を貫く。

 標的とされたムセルだが、即座に反応してみせた。

 つまりは、腰の短剣二本を早撃ちのように抜くと、頭上から迫る刃を小さな刃二個で受け止める。

 スチールクレイモアとスチールダガー。どちらも鋼鉄製の武器ながら、その大きさは天と地ほどの差だ。

 ましてや、腕力に加えてその重さが牙をむく以上、せき止めるなど不可能に近い。

 しかし、おかっぱ頭を揺らしながら、この魔女は平然とやってのける。

 ただ者ではないとわかっていても、エルディアは怯まずにはいられなかった。

 その隙をつくように、隣の魔女がそこからいなくなる。

 一人で逃亡を図ったわけではない。

 ましてや、アゲハ達の方角でもない。

 駆け出そうとしていたエウィンだが、その目論見を予想出来ていなかったことから、呆然と立ち尽くしてしまう。


(う、そういうことを、するのか……)


 いくつもの視線が向けられたその先では、軍人と魔女が寄り添うように立っている。

 正しくは、茶色い軍服を着た大男に対して、移動を終えたケトレーが剣を突き刺そうとしている。

 瓦礫の山を眺める彼の名前はマーク・トュール。第四先制部隊の隊長であり、部下のほとんどが殺された結果、戦意を喪失してしまう。

 この男に出来る唯一の行為は、悲しむことだ。

 総勢八十人の部隊が、呆気なく壊滅させられた。

 ゆえに本来ならば怒るべきなのだろうが、この男の場合、その事実によって心が折られてしまった。

 このようなコンディションでは、戦えるはずがない。

 むしろ、部下の元へ行けるのならば、その刃で貫いてもらっても構わない。


「殺したいなら、殺せ」


 生気のない声ながら、振り絞るように言い放つ。

 これがマークの精一杯だ。エルディア以上の巨体ながら、その姿は小さく見えてしまう。


「人質なんだから、すぐに殺すわけないでしょー。せいぜい役立ってよねー。はぁ、あんた達だけだったら楽勝だったのに……。まさかマリリンとオリガがやられちゃうなんて、本当に誤算」


 このタイミングでケトレーは愚痴る。

 彼女の言う通り、救援が現れなければ、六人の魔女がこの地を壊滅させた後、全員が意気揚々と撤退していた。

 しかし、駆け付けた三人によって戦況は覆される。


「どういうことだ?」

「は? あんたの後ろでドカドカやってたでしょ? ふ~ん、本当に心ここにあらずな状態で、突っ立ってたんだ」


 片手剣の刃を喉元に突き立てながら、魔女は静かに呆れる。

 当然だ。ここは戦場と化し、多数の命が散っていった。

 その中には彼女の仲間も含まれるため、苛立つようにため息をついてしまう。

 そうであろうと、マークは心神喪失ゆえ、部下が殺されたこと以外は何一つ把握出来ていない。

 ゆえに、長い青髪を傾けながら、人質という立場を忘れて尋ねてしまう。


「誰が、誰をやった?」

「マリリンとオリガが殺されたって言ってるでしょー。じゃなきゃ、人質なんて狡い真似、するわけないっつーの。ホントーに物分かりが悪いんだから」

「……誰が、おまえ達を?」


 第四先制部隊の隊長として。

 もしくは、一人の軍人として。

 マークは問い続ける。

 なぜなら、にわかには信じがたい。

 眼前の魔女がただの人間でないことは、重々承知している。部下が瞬く間に殺されたという事実だけでなく、先の戦闘で異常な身体能力を見せつけられた。

 第四先制部隊だけでは勝てるはずがない。

 そう理解しているからこそ、解答を求める。


「人質の癖に偉そうなんだから。ほら、あそこ。あんたと違って強そうに見えないけど。ねえ、あんなのが王国にもうじゃうじゃいるの?」


 黄色い髪を揺らしながら、魔女が苛立つ。仲間を二人も殺されたのだから、至極まっとうな感情か。

 言われるがまま、マークは振り返る。久方ぶりに、瓦礫の山から視線を外した瞬間だ。


「彼……が?」

「そうだけどー? あんた、あいつのこと知ってんの?」


 魔女の問いかけに、男は即答出来ない。

 知らないからではない。

 知っているからだ。

 記憶の中の少年は今よりも幼く、別人のように小さい。着ている服はボロ雑巾のように劣化しており、細腕は木の枝を握っていた。


「あぁ、知っているとも。そうか、こんなにも立派に……」


 マークはハッキリと覚えている。

 髪は以前同様に緑色。

 優しそうなその顔は、本来殺し合いとは無縁のはずだった。

 当時は痩せこけていたが、今では最低限の筋肉をまとえている。

 その手は木の枝を投げ捨て、今日は鋼鉄の剣を握っていた。


「うわ、おっさんが急に泣き出した。まぁ、人質らしくていいけどねー」


 魔女がその涙を嘲笑うも、男は涙を止められない。

 十年以上も昔の思い出だ。

 その少年はまだ六歳ながらも、毎日のように軍区画を訪れては軍人達の訓練を盗み見ていた。

 強くなるために。

 傭兵試験に受かるために。

 その身なりから浮浪者であることは一目でわかった。

 とは言え、遠目から見られるだけなら邪魔にはならないため、追い返すような真似はせず、彼らは課せられたトレーニングに汗を流す。

 その少年の関心は、武器の扱い方だった。

 とりわけ素振りや模擬戦の際は、身を乗り出すように眺めていた。

 やがては木の枝を剣に見立てて素振りを始めるも、やせ細った体ではそれすらも重労働だったのだろう、あっという間に座り込む。

 それでも毎日のように通うのだから、軍人達もひっそりと手を差し伸べてしまう。

 ある者は素振りの仕方を教え、ある者は模擬戦用の短剣を手渡す。

 関係者ですらないこの少年を敷地の中に招くことは出来ないのだが、大人達は少しずつ、戦い方を伝授した。

 エウィン。貧困街に居つく、身寄りのない傭兵。

 この少年がスチールソードを使いこなせた理由こそが、幼少期に軍人達と積み上げた経験だ。

 マークはエウィンを知っている。

 正しくは、努力するその姿を覚えている。

 傭兵試験に合格して以降は、鍛錬ではなく実践に重きを置いたことから、その子供は姿を見せなくなるも、実に十二年の時を越えて再会を果たす。

 六歳だった浮浪者は、十八歳の傭兵へ。

 二十六歳の軍人は、三十八歳の隊長へ。

 重ねた年輪は同じなれど、歩んだ道のりは全く異なる。

 しかし、こうしてこの地に集ったのだから、男は運命を感じずにはいられなかった。

 こみ上げる感情が涙腺を刺激するも、やるべきことを自覚したことで涙は自然と止まってくれる。

 自暴自棄だった己とは、ここでお別れだ。


「お手本でいたいと、そう思うことは大人の傲慢か。しかし、オレは軍人だ。第四先制部隊を率いた軍人だ」

「あーん? 何を……、う⁉」


 この瞬間、魔女は異変に気付く。

 スチールソードの刃が握られたからだ。


「ならば、足を引っ張るわけにはいかん。オレがただの人質でないことを教えてやる」


 喉元に向けられていた灰色の剣を、マークは掴んで離さない。

 さらには、力比べでは勝っていると宣言するように、その刃を押し負かす。

 片手剣に血液が滴るも、涙代わりの流血ゆえ、手を離すことは決してない。

 この軍人と比較した場合、ケトレーは頭一個分は小柄な魔女だ。

 そうであろうと、腕力ですら上回っていると自負していた。

 その自信が思い込みだと、見せつけられた瞬間だ。


「く、やっぱりあんたも壁を越えかけてるってわけ⁉ あんのくそババア!」


 意味不明な言い回しで悔しがるも、彼女の本心であることは変わりない。

 この地へ派遣された理由を、当時者達は知っている。

 同時に、覚悟している。

 後退の二文字だけはありえないことから、選べる選択肢は前進だけだ。

 だからこそ、黄色いストレートヘアーを傾けながら歯を食いしばる。

 ひたすらに、王国の人間を殺さなければならない。

 そう命令され、義務付けられてきた。

 一年前の敗戦は許されたが、二度目はないと痛感している。

 戻って殺されるか?

 敗れて散るか?

 どちらを選んでも死ぬのなら、彼女は喜んで死の行進を選ぶ。

 ケトレーだけではない。他の二人も同意見だ。


「人質作戦、失敗。どうする?」

「戦う」


 ムセルは二本の短剣を構えながら。

 サラはその長身から見下すように眺めながら。

 同じ魔女でありながら敵であるエルディアを眼前に捉えつつ、最後の作戦会議を完了させる。


(うぅ、やっぱり二人相手はしんどそうだなぁ。もう少し、魔眼を解放しとけば……)


 そのエルディアだが、叩きつけるような斬撃を防がれたことから、避難するように後方へステップを刻んだ。

 彼女の魔眼は時間をかければかけるほど、肉体の強化を可能とする。

 しかし、今回はそのための時間を工面出来なかった。

 ゆえに、不十分なコンディションで迎え撃たなければならない。

 実は、彼女は既に気づいている。視界の隅に映り込む、死体のような二人を。

 血だまりに浸るパニスと、右手を失って伏しているミイトだ。

 残念ながら、どちらも動かない。

 生きているのか、死んでいるのか。それすらもわからないため、エルディアとしても気が気でない。

 だからこそ、無意識にその二人を眺めてしまう。

 一瞬の行為なのだが、眼前の魔女達は見逃さない。

 明らかな愚行だ。それをわかっているからこそ、当然のように仕掛ける。

 ムセルは二刀流らしく、踊るような二連撃を。

 サラはエルディアの顔を砕くために、自慢の右腕に力を。


(しまっ⁉)


 本来ならば、隙とすら呼べない猶予だ。

 しかし、この死闘においては事足りる。

 集中力を欠いたわけではないのだが、魔女の長として足をすくわれてしまった。

 こうなってしまっては、ミスの挽回はありえない。

 それよりも早く、命を刈り取られてしまうからだ。

 命が奪われる。

 彼女もまた、殺される。

 これはそういう次元の戦いであり、弱い者から死んでいく。

 しかし、例外は存在する。

 彼女は偶然にも、その少年を同行させていた。


「遅い!」


 誰かを庇うために。

 正しくは、自身が身代わりになるために。

 そういった思惑があろうと、守りたいという気持ちは本物だ。

 エウィンは走る。

 緑色の髪をたなびかせながら、誰よりも速く駆ける。

 もちろん、これは徒競走ではない。

 エルディアを守るため、跳ねるように敵を蹴り飛ばす。

 その結果、一人目は成す術なく吹き飛び、二人目も必然的に巻き込まれてしまう。


(ぐぅ⁉)

(サラ?)


 焼け焦げた大地にぶつかりながら、ムセルがサラを受け止めるように静止する。

 長身の魔女は、既に虫の息だ。殴りかかる瞬間のその隙を狙われたことから、受けた損傷は計り知れない。

 仲間に寄りかかるも、すぐさまうつ伏せに移行し、そのまま吐血する。

 多数の臓器が破壊された結果だ。

 その姿を見せつけられてもなお、ムセルは戦意を喪失しない。

 同時に、その魔眼をサラから敵の方へ向ける。

 その方角からは、緑髪の傭兵が接近中だ。右手には灰色の片手剣を握っており、次の一手が斬撃であることは想像に難くない。

 ゆえに、この魔女は迎え撃つ。

 立ち上がるよりも前に、短剣を一本、素早く放り投げる。

 その思い切りの良さと判断の速さは、エウィンを驚かせるには十分だった。


「うわっ⁉」


 前進していることも相まって、スチールダガーの体感速度は倍以上か。

 そうであろうと、この傭兵は対応してみせる。

 先ずは減速。この地への遠征で、靴は当然のように破れてしまった。

 ゆえに、素足で地面をこすりながら、自身の速度をゼロへ近づける。

 次いで、右腕だ。鋼鉄の刃が迫っているのだから、鋼鉄の剣で切り払う。

 その結果、エウィンは危機的状況を無傷で乗り切ってみせる。

 一方、二人の魔女は猶予を得た。緑髪の少年が脅威である以上、彼の急停止は延命に直結する。

 残念ながら、その思い込みは誤りだ。

 そうであると、次の瞬間に思い知る。

 無傷のムセルが立ち上がったその時だった。


「みんなの仇!」


 凛々しい声が響き渡る。

 声の主はエルディア。彼女は既に移動を終えており、大剣にいくつもの想いを乗せて、右から左へ振り抜く。

 狙うは、立ち上がったばかりの魔女だ。

 直進したエウィンとは異なり、エルディアはアゲハ達が待機している付近まで大きく迂回しながら、敵の死角へ回り込んでいた。

 その結果がこれだ。

 ムセルは左わき腹を深々と斬られ、そのついでに左腕も斬り落とされる。


「これで、死ねる?」


 そうつぶやくと、敗者は糸が切れた人形ように崩れ落ちる。

 遺言にしては奇怪だ。

 しかし、今から問いかけたところでもう遅い。

 それをわかっているからこそ、エルディアは悲しそうな表情で口をつむぐ。

 同情などしない。

 しかし、何かがおかしい。

 被害者でありながら、エルディアもそのことに気づく。

 一方、仲間の死体の隣で、サラは悶絶しながらも状況把握を終える。

 ムセルが殺された。それを理解した以上、泡を吹きながらも起き上がるしかない。


「ぐ、う……」


 もはや戦闘の継続は不可能だ。手当なしには歩くこともままならない。

 それでもお構いなしだ。

 ここが自分達の死に場所だと悟ったことから、恐れるものは何一つない。

 彼女の魔眼が前方を見渡すと、立ちはだかる二人の向こう側に最後の仲間を視認する。

 黄色い髪と黒一色の身なりはケトレーだ。先ほどは軍人に斬りかかるも、今はサンドバッグのように殴り返されている。

 つまりは防戦一方だ。力比べで敗れた結果、顔面を殴られスチールソードを手放してしまった。

 決着は秒読みだ。

 サラでさえ、贔屓目無しにそう察する。

 ゆえに、仲間の心配は必要ない。

 五人の内、三人が死亡した。

 残りの二人もまた、追い詰められている。

 どちらが先に死ぬのか?

 競う必要はなくとも、サラとしてはそうせざるを得ない。

 長身が安定せずに揺れようとも、最後の力を振り絞る。


「ふん」


 口癖のような声を漏らすと、切り札と言わんばかりに戦技を発動させた。

 彼女の全身を覆う、もやのような黒い闘気。

 それが何を意味するのか、エルディアは嬉しそうに言い当てる。


「あ、お揃いだ。だったら私も……。暗黒拳パワー、もとい、ネザーエナジー」


 正式名称はネザーエナジー。戦闘系統が魔防系の場合、習得可能な戦技だ。

 効果は腕力の向上ゆえ、上昇幅がわずかであろうと決して腐らない能力と言えよう。

 効果時間は三十秒と長くはなく、一方で再使用までは二分のインターバルを必要となる。

 ここぞというタイミングで、発動させるべきだろう。

 ゆえに、今だ。

 二人は闇をまといながら、一歩、二歩と歩み寄る。

 もっとも、結末は見届けるまでもない。

 よろめく魔女と、あえてスチールソードを手放した魔女。

 どちらの拳が相手にめり込むかなど、遠方のアゲハでさえハッキリとわかってしまった。

 同時に、もう一つの戦闘も終わりを告げる。


「オデッセニア女王、大変申し訳ありません。あなた様の人間宣言を、破ってしまいました」


 魔女は人間だ。手を取り合い、共存しなければならない。

 イダンリネア王国の現女王がそう宣言するも、軍人であるこの男は殺めてしまう。

 第四先制部隊の生存者として。

 一人の軍人として。

 マークの拳は、魔女の血で赤く染まる。

 殴り合いという過程をえて、生き残った瞬間だ。

 それだけのことだ。

 敗者の顔面は醜く腫れており、その顔を晒すように息絶える。

 決着だ。

 多大な被害を出しながらも、王国が襲撃者を退けた。

 エウィンは額の汗をぬぐいながら、小さく息を吐く。

 この戦闘も去ることながら、ジレット監視哨への移動で体力をかなり消耗してしまった。靴底は完全にすり減り、ついには履けないほどに破れた。

 だからこそ、野生児の如く素足なのだが、そんなことは気にしない。最低限ながらも生存者を守れたことに、今は静かに安堵する。

 そんな中、エルディアとマークだけは緊張感を保ったままだ。

 正確には、アゲハに救われた魔女も同様に警戒しているのだが、その理由をエウィンは即座に知ることとなる。


「五人があっさりと。まぁ、いいでしょう。収穫はありました」


 氷のような声だ。

 その発生源については、探すまでもない。居合わせた全員の視線が、瓦礫の頂上へ吸い寄せられる。

 そこには、最後の一人が立っていた。

 煙に撫でられ、揺れる赤い髪。

 他者を見下す、無機質な魔眼。

 喪服のような黒い服を着ており、両腕には色褪せた腕甲を装着している。

 その姿を目撃した瞬間、エウィンは眩暈のような感覚に晒されてしまう。


(い、いつの間に……。それに、なんだ、この圧迫感……)


 いつからそこにいたのか?

 音もなく、どうやって駆け上がったのか?

 何一つわからないにも関わらず、断言出来ることが二つだけある。


(そうか、こいつが六人目。エルディアさんが言ってた、危険な魔女……)


 エウィンの予想は正しい。

 謎の魔女は六人編成だった。

 現時点で仕留めた敵は五人。

 ならば、六人目が潜んでいると考えるべきだった。


(明らかに別格だ。まるで、あの時のアイツみたいな……。だけど!)


 少年の脳裏に、比較対象が浮かび上がる。

 美人でありながら、妖艶な笑みを絶やさないその顔。

 四肢もすらっと美しく、腕か脚だけでその性別が見て取れた。

 しかし、そこまでだ。

 それ以外の部位が人間ではない。

 長い髪はゆらゆらと燃えており、胴体は巨大な火球。

 まるで魔物と人間の融合体とも思えるそれは、自身をオーディエンと名乗った。

 これが人間の言葉を話す時点で、この世界の常識からは逸脱している。

 魔物は動物同様に、言葉を用いない。知能を持ち合わせていないからだ。

 例外はゴブリンと巨人。これらはそれぞれの言語を発達させており、文化さえも形成済みだ。

 しかし、人間の言葉は話せない。教えていないのだから当然と言えば当然か。

 ならば、炎の魔物と意思疎通が可能な理由は何なのか?

 エウィンとアゲハにはわからない。

 わかるはずもない。

 その強さも。

 行動原理も。

 その思惑も。

 そのどれもが異常だ。

 可能ならば関わりたくない相手なのだが、そうもいかない事情がある。

 なぜなら、オーディエンはハッキリと宣言した。

 ワタシを殺せたラ、ソのあかつきには異世界に招待しよウ。

 ここでの異世界とは地球であり、アゲハを故郷へ帰すためには、この魔物を倒さなければならない。

 あまりに険しい道のりだ。残念ながら、目途など立っていない。

 それほどに高い壁がオーディエンなのだが、エウィンは瓦礫の上にいるその魔女を見て、本能的に関連付けてしまう。

 少なくとも、この地を壊滅させた魔女達とは、明らかに異なる強者だ。

 もっとも、そうだとしても屈しない。

 なぜなら、敵が手ごわいほど、この少年にとっては好都合だからだ。


「おまえの相手はこの僕だ!」


 声高々に叫ぶと、エウィンは右手にスチールソードを握りながら一歩を踏み出す。

 守るために戦う以上、後手に回ることは悪手だ。後方にはアゲハや負傷者がいる以上、意思表示も兼ねて近づくことから始める。

 勝てるとは限らない。

 殺される可能性の方が、高いかもしれない。

 そうであろうとお構いなしだ。

 誰かを庇って死にたい。この願望こそがエウィンの根底である以上、相手が強ければ強いほど、本人の意志とは無関係に笑みがこぼれる。

 もしくは、わかっているからこそ、口角が上がるのか?

 どちらであれ、この機会を逃すつもりなどない。

 時間稼ぎくらいは出来るだろうという目算の元、この傭兵は嬉々として死地へ向かう。

 その時だった。


「少し、うるさい」


 孤高の魔女が口を開くや否や、その魔眼が赤色の円だけはそのままに青く輝く。

 これを合図に、エウィンの足が強制的に立ち止まってしまう。


「な、に……?」


 何が起きた?

 何をされた?

 残念ながら、まるでわからない。

 異変としては、足が進まない。この足はエウィンのものゆえ、命令を無視されるという経験は生まれて初めてだ。

 近い戦技や魔法なら存在する。

 例えば、ウォーボイス。攻撃対象を自身に固定されるこれは、行動を制限するという意味ではある程度近しい。

 対象をその場に縛る魔法も存在しており、弱体魔法のグラウンドボンドがそれに該当する。こちらに関しては一歩も動けなくなることから、瓜二つと言えよう。


(いや、殺気のようなプレッシャー……。あの人の魔眼!)


 驚きの余り、一歩後ずさる。

 しかし、再度前へ進もうとしても、それだけが出来ない。

 この異変が何なのか、実はエウィンとアゲハだけがわかっていない。

 この事態を受けて、エルディアが淡々と説明を開始する。


「これがあいつの魔眼。一年前、私の知り合いがあいつらを追い詰めてくれたのに、結局は逃げられた理由。前に進めなくなるの。あの目に見られてる間は……」


 エルディアと第四先制部隊が里の遺体を埋葬した直後の出来事だ。

 彼らは六人の魔女に襲われるも、護衛として同行していた元傭兵がリーダーを除く五人をたった一人で撃退してしまう。

 しかし、最終的には逃げられてしまった。

 この魔眼が追撃を阻止したためだ。


「パレード。これが私の魔眼。何人たりとも、私に近づくことは許さ……」


 赤髪の魔女が勝ち誇るも、異変は既に起きていた。

 彼女の言う通り、この魔眼は絶対だ。パレードという呼称とは裏腹に、前進は一切許されない。

 かつての里では母についで二番手の実力者だったエルディアも、恐れおののくようにこわばっている。

 軍人のマークも同様だ。エウィンとの再会で立ち直れたにも関わらず、今は一歩たりとも進めない。

 魔眼自体は虹彩に赤線の円が描かれただけの眼球だ。

 しかし、これを宿す者は極稀に、魔法とも戦技とも異なる能力を開花させる。

 前へ進ませないこれもまた、その内の一つ。

 行進させないのだからその名は不適切なのだが、彼女はだからこそ気に入っている。

 パレード。この魔眼に弱点などない。シンプルな能力ゆえに、突破口もまた存在しない。

 それこそが、五十三番という部隊のリーダーに選ばれた理由だ。少なくとも自身は確実に逃げられるからこそ、知り得た情報を持ち帰ることが出来る。

 彼女の名前はティットス。情熱的な髪色に反し、表情は氷のように冷たい。仲間を切り捨てる冷徹さは彼女の性格そのものと言えよう。

 冷静沈着な上、失敗とは無縁の人生だった。

 ゆえに、この事態には驚きを隠せない。


「気合で!」

「え?」


 少年の咆哮は左前方から。

 その方角にエウィンがいたのだが、この傭兵は敵との距離を詰め終えている。

 手を伸ばしても、まだ届かない。

 しかし、スチールソードを用いれば話は別だ。右腕を左肩より上へ持ち上げながら、振り下ろすように斬りかかる。

 ありえない。

 ありえないからこそ、奇襲だ。

 ティットスとしても、その意味を理解しかねる。

 にも関わらず、反応が間に合った理由は、それほどの強者ということか。

 彼女の右腕が、頭部を守るように持ちあがる。

 同時に、灰色の刃が腕甲ごと腕の切断を試みるも、今度はエウィンが目を丸くする。

 両耳を塞ぎたくなるほどの金属音。スチールソードの剣身が折れた結果、生み出された悲鳴だ。


(なんで⁉)

(私の魔眼を……)


 両者共に驚きを隠せない。

 エウィンの片手剣が、根負けしたように砕けてしまった。

 ティットスの魔眼が、生まれて初めて通用しなかった。

 どちらもありえないからこそ、二人は仕切り直すように一旦離れる。

 本来は接点のない彼らだが、この地で出会った以上、存在を問うように殺し合う。

 しかし、どちらもまだ手の内を明かしてはいない。

 もっとも、挨拶代わりの接敵は完了した。

 奇襲に失敗したエウィン。

 魔眼を破られたティットス。

 戦いは終わらない。

 魔物という緩衝材がいようと、王国と魔女は殺し合ってしまう。

 残念ながら、そのように仕組まれている。

戦場のウルフィエナ~その人は異世界から来たお姉さん~

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